第25話 その後 2
「いいか? 数千人も居た中から、数十人に絞られるまでお前の作品は残り続けた。それは立派な事だ。なんて台詞を言った所で、単なる励ましに他ならないだろうな。だからあえて言おう。その数十人に絞られるまで、お前と同じ気持ちの人間は何人居た?」
「……ぁ」
何となく、賞を貰えればラッキー。
他に実績があって、こっちでも賞が取れれば。
なんて色々な事を考えていた奴も居るだろう。
しかしながら応募者の大半は、コイツと同じズブの素人なのだ。
コンテストなんてそんなものだ。
夢を追いかける連中が集まり、実績のある奴が妙に注目を集め。
ソイツが受賞すれば、ただの茶番の様に感じてしまう。
だが違うのだ。
実績があると言うのは、それだけで有利。
言葉にしてしまえば当たり前の事だ。
読者に見せても恥ずかしくない作品、商売できるだけの力がある。
更には商品化に踏み込んでいる作家なら、“仕事として”しっかりとこなして来たという証拠に他ならないのだから。
「イラストや小説のコンテスト。主催側は何を求めていると思う?」
「話題と、売れそうな作品?」
「確かにその通りだ。今の話題を掻っ攫う様な人気急上昇中のランキング上位、コレは売れると確信できる作品。一番欲しいだろうな、俺でも簡単に予想が付く」
「だから、私は選ばれないって訳ですよね? 絵も普通だし、内容も普通。流行に完全に乗っかっている訳でもなく、話題性も無い。分かってますよ、そんな事……」
再びしょぼくれる後輩の口の中に、塩キャベツを突っ込んだ。
今の貴様は草食動物だ。
逃げる事ばかり、怯える事ばかりに特化しおって。
「いいか、良く聞け。クリエイターという仕事は厳しい、誰にでも認められる作品なんてモノが存在しない以上、理解してくれる読者を増やす必要がある。しかもお前が本を出したら、買ってくれる程の読者をだ。そこに必要なのは作品の面白さ、内容の深さ、手に取りやすい見た目とキャッチコピー。本当に様々だ」
「あ、はい……」
「出版社が何を求めるか、それが分かるか? 売上だ。何を置いても、そこが一番重要になる。一部の人間から素晴らしいと言われようと、売上が伸びなければ打ち切りになる。逆に多くの人間から叩かれようと、売上さえ伸びれば続きが出る。クリエイト業界というのは、そういう物だ。お前はそんな殺伐とした世界に片足を突っ込もうとしているんだ。そして情けなくテーブルに突っ伏していた貴様の後ろには、お前が辿り着いた場所にさえ辿り着けなかった“本気”の奴らが居るという事を忘れるな。貴様が落ち込むも仕方ないが、ここまで来られなかった人物からすれば、そこは“高み”であると知れ。そんな場所に今のお前が居たら、示しがつかん」
「えっと………」
「ごめんねぇ、コイツ分かりずらくて」
残念絵師である絵具女は、今度は拳を此方の頬にめり込ませてくるが。
もう少しマイルドな愛情表現が出来ないのかこの女は。
「文字書きや絵描きというのは、正直腐る程いる。しかしそのほとんどが“生き残る為に”血反吐を吐きながらも筆を動かすんだ。生き残っている奴等全員が全員、肉食獣の様な奴らだ。SNSでひたすら媚びを売っても、いけ好かない感想が来ても、全て笑みを浮かべながら対応しなければいけないんだ。そうしないと、“売れなくなる”からだ。我を通しても、罵詈雑言を吐いても面白ければ売れる。そんな時代は終わったんだよ。叩きのめされても、唾を吐かれても。笑顔で自分の作った世界を売れる人間じゃないと、世に出しても続かない。それが現実だ」
「はい、ちなみに最初の作品が打ち切りになりかけている作家がこちらです」
「うるさい絵具女! 次巻も出る、担当さんにそう言って貰った!」
二人してギャーギャーと騒ぎながらも、ある程度落ち着いてからため息を溢した。
そんでもって、後輩の頭にポンッと手を置く。
「まぁ何だ、残念に思う気持ちも分かる。俺も腐る程コンテストには落ちて来たからな。しかし一つだけ忘れるな。俺達はお前の描く世界を気に入った、本が出たら間違いなく買うファンの二人だということだ。出版社が今どんな作品が欲しいかで結果は決まるのかもしれない、だが次がある。お前の技術も、センスも。最後まで食いつけるだけの実力もある。だから後は向こうが求めるか、お前が一人でも人気を集めるか。それだけで結果は大きく変わると思うぞ。自信を持て、自ら生み出した作品のファン一号が、お前自身じゃなくてどうする。だから、あまり情けない姿を見せるもんじゃない。お前の作品は、最後の最後まで喰らい付いたんだから」
大きなため息を漏らしながら、彼女の皿に焼き上がったカルビを乗せていく。
ウチの後輩は才能の塊だ、そして漫画家だ。
描くイラストは活き活きと動き回るし、何より細部まで丁寧だ。
手を抜いたり、俗にいう“作画崩壊”って奴が見受けられない。
コンテストだからこそ力を入れたのかもしれないが、商業化前だからこそ陥りやすいミスでもある。
全てのコマに力を入れ、全てのコマを左右反転も含めしっかりと見直す。
コレは中々、当たり前であっても個人では出来ない事だ。
はっきり言ってしまえば手間が掛かるし時間も掛かる。
更には、“飽きてしまう”行為の一つ。
だからこそ、重要なコマ以外は流し見てしまうアマチュアが多い。
だがそういう部分さえ、コイツはしっかりとチェックし手直しが入れられる人間なのだ。
俺にはない才能であり、更にはストーリーの構成も上手いと来た。
だからこそ、嫉妬と共にこんな感情を浮かべてしまうのは……クリエイターとして、仕方ない事だと思う。
コイツには、才能がある。
「今日は食え、腹いっぱい食って次に備えろ。クリエイターってのは肉食じゃないと生き残れないぞ、いつまでめそめそしながら草を食っているんだ。……だがしかし、あの会社は見る眼が無いな。結局受賞したのはありきたいな物語だ、確かに一巻辺りは読者受けが良いかもしれないが続くかと言われれば正直分からん。全く度し難い」
「えっと……」
「ごめんね。コイツものすっごく分かりにくいけど、君の作品大好きだから。むしろ受賞出来なかった事を一番怒ってるのコイツだから。全く、小説作家って面倒くさいよね」
「そこっ! 余計な事を言うな! そもそもおかしいだろ! 何故あんなにもしっかりと伏線が張られ、先を期待させるストーリーを描いたコイツの作品が落とされる!? 受賞したのは沢山の女の子とちょっとお色気があれば良しと言わんばかりの作品、そこに需要があるのは分かる。しかしそれで続刊が出ないのなら、深いストーリーの物語など存在しなく――」
「はいはい。ソレを担当さんに語ったら現実を見ろって言われたの誰だっけ? 事実自分も言ってたじゃない、売り上げが全てだって。まずは生き残るための目先の売り上げが必要なんじゃないの?」
「うぐっ!? し、しかしな……」
思わず立ち上がり、熱弁してやろうかと思った矢先。
俺達の目の前には、やけにデカい肉が登場した。
「ま、何はともあれ頑張んな若いの。コレは向こうのお客さんと、俺達からの奢りだ。しっかり食え」
ニッと極悪人みたいな表情で笑う店主から、ドデカイ肉を頂いてしまった。
そんでもって、向こうのお客様というのは一体?
なんて、視線を向けた先には。
「わぁ……順風満帆を絵に描いた様な」
「娘さん可愛い……」
さっきまで突っ伏していた後輩含め、女性陣がそんな事を言いながらフニャッと表情を崩し始めた。
たしかに、分かる。
いかにも“普通”というものを体現したかのような、幸せ家族がそこに居た。
と言っても、馬鹿にしている訳じゃない。
“普通”というのは、得難いモノだと良く知っている。
だからこそ、その光景を美しいと感じる事が出来る。
あの家族は、たくさんの苦労の上に“普通”という特別を勝ち取っているのだろう。
「ちょっとお礼言ってくる」
「あ、え? うん。私たちも行った方が良いよね?」
「いらん。家族が楽しく食事をしている最中、大人数で押し掛けるのは失礼だ。軽く頭でも下げておけ、下手に畏まられれば相手にとっても気まずくなる原因に繋がる」
「よっ、流石は人の心情を描く小説家」
「お前はもう少し感情を色に乗せる練習をしろ、絵具女」
「専属イラストレーター様に対して喧嘩売ってるのか、猫背作家」
そんな訳で俺は一人、やけに豪華なお肉を奢って頂いたご家族に挨拶に向かうのであった。
――――
「やぁ、凄いねぇ。最近は高校生でも作家や画家になれる時代かぁ」
おっさんくさい台詞を吐きながら、先程少年達に奢った物と同じ“ドラゴンステーキ”をつまむ。
やけに大きく、手元の鉄板では綺麗に焼く事が難しそうだった為、店長に頼んで焼いて頂いた代物。
実に柔らかく、噛みしめればジュワッと肉脂が溢れ出す。
コレはとても良いお肉だ。
そんな感想を漏らさずにはいられない程、豪華なお肉様。
だと言うのに、お値段はそこそこ。
ほんと、凄い店を見つけてしまったものだ。
なんて事を考えながらビールジョッキを傾けていれば。
「こんばんはー! お兄ちゃん、きたよー!」
また一人、カウンターに座るお客さんが増え。
「お久し振りです、空いてますか? 二人なんですけど。あ、コレ鰻なんですけど、良かったら」
どんどんと知った顔が増えていく。
「お邪魔します! この本の作者様がいらっしゃっていたと聞いて急いで来たんですが、あれ!? もう帰っちゃいました!?」
「ごめんなさいねぇー二人でーす」
誰も彼も、やはりこの店の常連になっている御様子で。
「ういっすー。って、あ。皆揃ってるじゃん」
「いらっしゃい“
そりゃもう、どんどんと増えていく。
知った声はカウンターに集まり、それぞれ挨拶を交わす程の仲になってしまった。
本当に人生ってのは不思議なもんだ。
見ず知らずの他人がどこかしらで繋がって、今みたいな空間が出来上がる。
誰も彼もほんの少し関わっただけなのに、今では皆の名前を呼びあえる程の関係になっているのだから。
社会人になると色あせる“友人”という言葉。
その色が一気に戻って来たような、不思議な感覚だった。
「邪魔するぞいっと、孫に呼ばれて来てしもうた。」
ニヤニヤ顔のお爺ちゃんが登場して、バイト君と一緒にウチの娘を構い始める。
ほんと、人の縁ってのは不思議なもんだ。
「さっきの子達も、頑張ってくれると良いね」
「だね、あの子達が描いた世界ってヤツを。読んでみたいよ」
そんな事を言いながら、ジョッキを傾けていれば。
「何だったら読んでみるか? 貸してやるぞ?」
そう言いながら、店主は壁に飾られた一冊の本を親指で指した。
こういうお店だから、油で変色しないようにラップで保護されながら飾られた本。
ソイツはここ最近本屋でちょくちょく見かける様な、ネットではそれなりに有名なライトノベルだった。
表紙に可愛らしいキャラクターが描いてある訳でもなく、最近の流行に合わせたとも考えづらい内容のソレ。
でも、とにかく表紙が目を引くのだ。
ただの風景、まるで純文学コーナーにでも置いてありそうな見た目のソレ。
それでも、内容は高校生男女の恋愛物語。
軽い表現だったり、ギャグもあったりとまさにライトノベルな訳だが。
「……店長? さっきの子達って」
「作者と、絵を描いた子と。それからその後輩だな。面白いぞ、アイツ等。サインも貰った」
「この店には相変わらずとんでもねぇお客さんが来ますねぇ!?」
「爺さん、呼ばれてるぞ」
「ん? どした?」
ポコポコ書籍を出す実力を持っているお爺ちゃんが、今はウチの娘と遊んでますよ。
コレで良いのか? いや普通違うだろう。
そんな事を思いながら、諦めてジョッキを傾けた。
俺達からすれば本を世に出したってだけで凄いと思ってしまうのに、その先の方が問題だと語る少年。
その問題を跳ねのけながら、未だに本を出し続けている老人。
ソレ以外だって色々だ。
昔だったら想像出来ない様な仕事に就いて、今を生きている人たちがココには揃っている。
でも、今の社会ってのはそういうモノなのかもしれない。
コンビニに行けばネットのアイドルと出会ったり、居酒屋に行ったら気づかぬ内に大物小説家に出合っていたり。
はたまた仕事に行った先で婚約者を見つけたりと、色々だ。
ほんと、探してみるとあるモノだ。
人生の刺激ってのは、そこら中に転がっている。
「あらぁ、私を忘れて貰っちゃ困るわよ? みんなぁ~? 焼き鳥食べたい人居る~? 来たわよぉ~!」
「「はぁーい!」」
新たな刺激的な来客に、皆揃って手を上げた。
本当に、人生って奴は面白い
そんな事を思いながら、今日も今日とて旨い肉と旨い酒を味わうのであった。
現代庶民飯 ~旨い酒と肴を求めて~ くろぬか @kuronuka
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