第13話 本の虫とメンチカツ


 「この本、予約をお願いします」


 「はいよ、いつもありがとね」


 ちょっと古い馴染みの本屋で、いつもながら予約シートを書いて店主のおっちゃんに差し出した。

 今時ならネット注文や、電子書籍でだって本は読める。

 しかし、僕は昔から紙の本が好きだった。

 ペラペラとめくる紙の感触も、指で文字をなぞりながら視線を動かす行動だって。

 もはや習慣になっていると言っても良い程、体に馴染んでいる。

 古い本なんかだと少しだけ昔の匂いがしたりして、今までどれだけの人がこの本を読んだのだろうか? なんて考えると、ちょっとだけ楽しいのだ。

 そして、本屋。

 大手のお店より、ココみたいなこぢんまりとした……と言ったら失礼だろうが。

 こういった店の方が、ずっと“本屋”だと感じられる。

 所狭しに並べられた数々の本。

 掘り出し物から、人気の作品まで。

 それら全てが自身の背より高い本棚に収まり、本棚の間は人ひとりが通れる程度のスペース。

 非常に窮屈。

 だが、本に囲まれているという満足感がある。

 何より、こういう場所で新刊を受け取る時の満足感は……結構癖になるのだ。

 

 「相変わらず、好きだねぇ。 ウチとしちゃ助かるけどさ」


 ガッハッハと豪快に笑う店主さん。

 もう顔を覚えられているし、“相変わらず”なんて言われるくらいには通っている。

 学生時代、そんな僕に付いたあだ名は“本の虫”。

 蔑称でも何でもなく、自他共に認める本の虫なのだ。

 高校を卒業してから仕事に就いたが、夜遅くまで本に熱中してしまい、寝ずに仕事へ向かった事なんて数知れず。

 そんな事を続けていれば、当然体がもつはずもなく数年で最初の仕事をクビになってしまった。

 幸い実家暮らしの影響もあって、すぐすぐ次の仕事につかないと死んでしまう! と言う所までは追い詰められなかったので、両親に許可を取り色々とお勉強。

 その後、無事に在宅の仕事を始められ今では安定してきている。

 なんて、かなり家族に甘えている僕も。

 今日で二十歳。


 「今回の本はっと……お、珍しい。 お菓子系の小説かい?」


 「はい、以前この人の本を読んでドハマりしちゃって。 その方の新作なんです」


 「作者にホレたって訳か。 ハハっ、ホント今どき珍しい」


 そう言いながら、ちょっと古いパソコンで予約を入れてくれる店主。

 そして僕の個人情報の入力ページで、ふと手が止まった。


 「あれ? もしかして今日誕生日かい?」


 「あ、はい。 おかげさまで、二十歳になりました」


 「おぉ! そりゃめでたい。 ちょっと待っててな」


 予約の入力を終わらせてから店主は店の奥へと引っ込み、そしてスーパー袋を持って再び登場。


 「ほい、おっちゃんからの誕生日プレゼント。 あと、大人になったから、そのお祝いにちょっと」


 「い、いえいえそんな! 悪いですよ!」


 「なぁに、いつも来てくれる常連さんにちょっとした胡麻摺りさ。 そんでもって、俺のおススメも入れて置いたから。 試しに飲んでみてくれよ。 あんまり調子に乗ってグイグイいかなきゃ大丈夫だろ」


 「は、はぁ……それじゃ遠慮なく。 ありがとうございます」


 なんだが意外な場所でお祝いされてしまった。

 そんでもって、多分袋の中身はお酒なのだろう。

 今日から二十歳、だから飲める。

 という訳で、店主さんからお祝いの品を頂いてしまったのであった。


 ――――


 「ただいまぁ~……って、まだ誰も返って来てないのか」


 玄関に両親の靴は無い。

 父親は最近残業が増えて大変そうだし、母親はパートに出掛けたまま帰って来てない。

 二人共凄いなぁ、ちゃんと外で仕事が出来て。

 なんて、社会不適合者の僕からしたら思う訳だ。

 そんな感謝の意を込めて、家事何かは結構僕がこなしている事が多い。

 家にお金も入れているので、母親からは手伝い程度で良いとは言われているが……。


 「やっぱりそれだと、肩身が狭いモノで」


 とりあえず頂いたお酒は冷蔵庫へ放り込み、いつも通りの家事を済ませる。

 洗濯物の取り込み、風呂掃除、そんでもって最後に晩御飯の準備。

 お仕事は午前中に終わらせる事を徹底しているので、ルーティン後は存分に本を読む事が出来るのだ。

 あぁ、なんと幸せな生活なんだろう。


 「なんて、アホな事言ってないでさっさと作っちゃおう」


 まずは玉ねぎを千切りにし、炒める。

 飴色になるまで炒める間に挽肉を解凍と、キャベツを細かく刻んでおく。

 ソレが終わったらお肉に塩胡椒と卵、先ほどの玉ねぎとキャベツのみじん切りも加え。

 その後醤油、みりん、酒、だし汁を加え更に混ぜ込んでから、お肉の真ん中穴を空ける。


 「こういうのも、結構好みによるんだけどねぇ」


 パン粉を真ん中に盛り、その上から牛乳を投下。

 ほんの少しだけ待って、パン粉が柔らかくなった頃合いで肉と一緒に混ぜ混ぜ。

 かなり緩い。

 何とか形が作れる程度には抑えているが、それでも緩い。

 でも、我が家ではこんなモノ。

 肉! っていうよりもマイルドさを求めた結果、コレに落ち付いた。


 「さてさて……窓開けておかないと」


 換気をいつも以上に強化し、揚げ物鍋の乗ったコンロスイッチオン!

 十分に油が熱くなれば、準備完了だ。

 先程のタネをキャッチボールして空気を多少抜き、肉の中にチーズを投入。

 おにぎりの具材の様に包み込んでから、片栗粉、溶き卵、パン粉の順に包んで油の中へ。


 「こんなに料理する様になったのも、あの本の影響だよなぁ」


 今日予約した本の作者。

 彼、または彼女? が書いた小説が、料理モノだったのだ。

 もう数年も前の話になるが……読んだその瞬間感動した。

 文章っていうモノはやはり凄い。

 何たって文字列から光景はもちろん、匂いや触感まで伝わって来そうだと思えてしまう程だったのだから。

 あの人の描く物語は凄い、表現も思わず唾を飲み込むほどに想像できた。

 そんな本に出合ってから、僕は料理を始めたんだ。


 「きっと本人も料理が凄く出来る人なんだろうなぁ……」


 何度呟いたか分からない感想をぼやきながら、良い色に染まったソイツを揚げ物鍋から引っ張り出す。

 完成。

 チーズインキャベツメンチ。

 下味もしっかり付けてあるので、正直ソースが無くてもそのまま食べられる。

 その後付け合わせを多少作りながら、残りのメンチも揚げている時。


 「ただいま~。 ごめんねぇ、遅くなって」


 「ただいまぁ! 今日は早く帰って来たぞ!」


 二人の声が、玄関から聞こえて来た。

 おや、二人揃って帰ってくるなんて珍しい。


 「おかえり~、ご飯出来てるよ~」


 そんな言葉を返しながら、出来立て料理を食卓へと運び始めるのであった。


 ――――


 「なんか、凄いね……どうしたの?」


 「どうもこうも、お前今日で二十歳だろうに。 お祝いしなきゃな」


 今日に限って随分早く帰宅した父が、ご機嫌な様子でチキンだのシャンパンだのを取り出している。

 そして、その隣に並ぶメンチ。

 非常に主役が喧嘩している気がする。


 「ケーキも買って来たから、後で食べましょ。 最近美味しいって話題の店で買って来たのよ? でも殆ど売り切れ状態でね? どうしようって思ってたら、店員の若い女の子と店長さんが慌てて作ってくれたの。 誕生日ケーキなら、すぐに必要でしょうって。 凄いわよねぇ」


 あぁなるほど、だからいつもより帰りが遅かったのか。

 というか……二人共、二十歳にもなった息子の為に、わざわざこんな事までしてくれたのか。

 申し訳ないような、気恥ずかしいような。


 「ありがとう、二人共。 でも、もう僕も子供じゃないんだから、こんな盛大にしなくても……」


 あははっ……なんて頬を搔きながら呟いてみれば。


 「何言ってるんだ! 親父ってのはな、自分の子供と酒を飲む時を今か今かと楽しみにしている生き物なんだぞ!?」


 「今日から一週間くらい定時で帰る為に、随分と頑張ってたものねぇアナタ。 でも、私だってそうなのよ? 最初仕事を辞めちゃった時は不安になったけど、今では立派に稼いでる上、家の事も私以上にしっかりしてるし。 お祝いくらいしてあげたいじゃない? なんたって今ではお父さんより稼いでるくらいなんだから」


 「か、母さんソレは言わないで頂けると……父の威厳が……」


 「あらあら、うふふ」


 楽しそうにそんな会話を交わしながら、2人はいつも以上ににこやかに笑っている。

 照れくさいが、良いモノだ。

 僕は、この二人の元に生まれて良かった。


 「ありがとう、父さん、母さん。 嬉しいよ」


 「えぇ、こちらこそ。 これで後はお嫁さんでも連れて来てくれれば、何もいうこと無いわねぇ」


 「母さん、そういうのは慌てるもんじゃないって。 さ、食べよう。 今日も家族が作ってくれた料理が食べられる俺は幸せだ」


 なんて、いつもの調子で言い合いながら全員で手を合わせる。


 「「「いただきます」」」


 目の前には豪華な食事、そしてお酒の数々。

 どれから手を付けようか迷ってしまう、なんて思っていたのに。

 二人は、サクッと良い音を立てながらメンチカツにかぶりついていた。


 「旨い……サクッとしていて、中身はしっとりとするメンチ。 ソースが無くてもコレだけ旨味があって、キャベツ多めだから変に油っぽくもない。 お、チーズが入ってるのか」


 「本当、最近腕が上がり過ぎて私の料理じゃ嫌だって言われないか心配になりそう。 でも美味しい。 付け合わせの野菜も色々あるし、私だったらキャベツの千切りだけにしちゃうかも。 あ、ブロッコリーに掛かってるドレッシングって新作? これも美味しい」


 「え、あ、うん。 というか、二人共ご馳走を前にしてまずメンチなんだ」


 思わず、ポカンと間抜け面を晒してしまった。

 普通見栄え的にも、チキンとかからガブッていかない?

 なんて事を思っていれば。


 「そりゃそうだろう、俺にとっちゃ一番のご馳走だ」


 「買って来たものも見栄えは良いけど、息子が作ってくれたご飯が一番美味しいわよねぇ」


 各々そんな事を言いながら、二人共メンチにかぶりつく。

 ほんと、良い家族を持ったよ僕は。

 という訳で、僕もメンチを一つ。

 ガブッと齧りついてみれば、サクッと触感の良い感触と噛みしめるごとに口内に広がる肉汁。

 野菜多めと、ソースを使わない事前提に味を濃い目で付けているので香りも良い。

 コレが挽肉オンリーとかだと、肉の臭みなども出てしまうのだが……今回は非常に上手くいった様だ。

 後味も良いし、鼻に抜ける香りもしつこくない。

 旨い。

 自分で作った料理にこんな事を言うと、まるで自惚れの様に聞こえてしまうかもしれないが。

 それでも、やはり旨い。

 柔らかい口当たりも好きだが、中に潜んだチーズが溶けだす時にはガラッと印象が変わるのも好きだ。

 これも、あの小説に描いてあったからこそ拘り始めた結果なのだが。


 「さて、それじゃ……初めてのお酒。 飲んでみるか? ゆっくりだぞ? 飲めそうだからって、ジュースみたいに飲むなよ?」


 やけに心配そうな顔をする父が、グラスを手に取ってこちらへ向けて来た。

 全員の手元に置かれているのは、グラスに入ったシャンパン。

 ソレを皆が手に取り、テーブルの真ん中で“チンッ!”と音がする程度に軽く合わせる。


 「えっと、乾杯」


 「息子の二十歳の誕生に、乾杯」


 「大人になったのね、おめでとう。 乾杯」


 再び気恥ずかしい空気に晒されながら、僕はグラスに口を付けた。

 そして、口内に広がるソレに思わず目を見開いた。


 「へぇ……なるほど。 コレがお酒か……確かに、描いていた表現と似てる。 でも、お酒の種類が違うからかな……? ちょっと思っていたのと違うな、意外と飲みやすい。 でもココで調子に乗ると二日酔いになるって書いてあったから……」


 「始まったな」


 「えぇ、いつもの事ね」


 二人から呆れた笑みを漏らされるも、再度少しだけ口にお酒を含み、味から香りまで研究していく。

 シャンパンだからこそ、舌の上で炭酸が躍る。

 その後に広がってくるのは葡萄の香り。

 しかしジュースの様な甘さではなく、奥深いと言って良いだろう深い味わい。

 でも、渋みもある。

 なるほど、“大人の飲み物”なんて言われる理由が分かった気がする。

 ジュースの様に“味を付けた甘い飲み物”ではなく、人によっては欠点にもなりかねない部分さえ残し、それすらも味わうのが“お酒”なのか。

 また一つ、お話しに綴られていた内容を理解出来た気がする。


 「だとすると、店主さんから貰ったお酒はどうなんだろう……」


 「え、何か頂いたのか?」


 「あ、うん。 いつも行っている本屋の店主さんから、二十歳のお祝いにってお酒もらった。 今度お礼持って行かないと」


 そんな返事を返しながら、冷蔵庫で冷やしてあったお酒をテーブルの上に並べた。


 「お、お前……これをいっぺんに試す気か? いやいやいや」


 父親が非常に困った顔を浮かべているが、気になって仕方がないのだ。

 本に描いてあったお酒の表現。

 アレがどう言った感情を、味わいを文字に起こしたモノなのか。

 こればかりは、試してみないと眠れる気がしない。


 「いただきます」


 「お、おーい……ちゃんぽんはあんまりお勧めしないぞぉ……?」


 「これは、その後の苦労も知る事になりそうねぇ」


 目の前に並んだのはビール、日本酒、焼酎などなど。

 缶などは飲み切らないといけないだろうが、瓶の物はありがたい。

 少しだけ試して、残りは後で飲める。

 そんな事を考えて、少しずつ色んなお酒を試しながら料理との組み合わせも試す。

 コレは旨い、コレと合う。

 こっちはあまり合わないかも、そう言えばそんな事が描いてあったな。

 なんて事を考えながら夕飯を食べ終えた僕は。

 バタッと倒れる様にテーブルに突っ伏した。

 その後の記憶はない。

 翌日。


 「ぐああぁぁぁぁ! なんじゃこりゃぁぁ!」


 「それが、二日酔いよ。 お母さん仕事行ってくるから、いっぱい水飲みながらちゃんと休むのよ? お仕事は今日お休みにしなさい」


 「い、いっでらっしゃぁぁぁい……」


 「全く、いつまで経っても世話が焼けるんだから。 何かあったら電話してね? すぐ帰ってくるから」


 「了解でずぅぅぅ、いってらっしゃぁぁぁい」


 「はいはい、行ってきます」


 寝て起きても、頭がグワングワンしていた。

 気持ち悪いし、頭痛いし。

 でも、水はとにかく飲んだ方が良いらしい。

 味噌汁も良いとの事で、母親が準備しておいてくれた訳だが……キッチンまで行ける気がしない。


 「くっそ……なるほど。 だから二日酔いに苦しむ人間は“二度と酒なんか飲まない”と口にするのか。 気持ちが良く分かった気がする……」


 そんな訳で、二十歳になった僕は。

 その日から翌日にかけての経験により、より一層本に描かれていた内容を理解出来たのであった。

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