第12話 クリームチーズとナッツ、生ハム包みのテリーヌモドキ


 「という事がありまして、最近ネットの生放送にハマってしまっているのですよ」


 「ラジオの様に放送しながらも、目の前ではキャラクターが動く。 凄いものですなぁ、時代の流れを感じます。 是非一度取材させて頂いて、話を描いてみたいモノです」


 昼下がり、結構暇になって来た時間。

 ウチはケーキ屋なので、午後のティータイムに訪れるお客様も居るが、それもまだ先だろう。

 そんな訳で、私は常連さんであるお爺ちゃんと喋っていた。

 先日見た、ネット配信について。


 「今どき珍しいですよねぇ、師匠なんて言ってその人に教えを乞うなんて。 しかも妹の為に深夜まで働く上に、美味しそうなおつまみの数々……アレは深夜に見ちゃ駄目なヤツです」


 「逞しい若者もいるもんですなぁ。 しかし、羨ましい。 自身で酒のつまみを作れるのもそうですが、若い女の子の舌を満足させられるとなれば、甘い物にも詳しいのでしょうな……」


 そう言いながら、お爺ちゃんはジッとテーブルの上のケーキを眺める。

 あぁなるほど。

 甘い物の話を書いているわりに、甘い物詳しくないですもんね。


 「甘いお酒とか飲まないんですか? もしくは甘いおつまみとか。 そういう所から話を広げるのも面白いと思いますけど」


 「生憎と、家では日本酒ばかりでして……合わせるにしてもようかんくらいしか……別に他の酒が苦手と言う訳ではないんですが」


 「あぁ~なるほど」


 たしかに日本酒と合わせるには、甘いものは結構選ばなくてはいけないかもしれない。

 そう考えるとケーキとかはちょっと……と思ってしまう訳だが。


 「あ、でもワインとかブランデーなら合うかも。 生地にも使ったりしますし、多分合わせても不味いって事は無いと思いますけど」


 「ワインにブランデーですか……ふむ。 して、合わせるつまみは?」


 まさに仕事をする漢の顔で、険しい顔を浮かべるお爺ちゃん。

 そんな彼に、満面の笑みを向けながら人差指を立ててみる。


 「甘さ控えめなケーキです。 チーズケーキとか良いんじゃないですか?」


 そんな訳で、今日のお爺ちゃんの購入分は増える結果となった。


 ――――


 「すまん、付き合ってくれ」


 「あぁ、うん。 良いんだけどさ、どうしたの。 これ」


 鰻屋で仕事を終えた僕は、帰って来てからの状況に困惑していた。

 目の前には、数多くのケーキとお酒。

 しかも普段は呑まないであろうワインだのブランデーやら。

 更には甘いお酒なんかも準備されていた。

 何があったのだろう。

 そんな事を思いながらも、席に着く。


 「まずはブランデーで馴染ませよう。 多分、儂らにとっちゃ一番馴染みやすい」


 という訳で、目の前にはチーズケーキとブランデー。

 ふむ、と首を傾げながらもチーズケーキを齧る。

 そして、差し出されたブランデーを口に含む。


 「うーむ」


 「どうじゃ?」


 感想を教えろ! とばかりに前のめりになる爺ちゃんを横目に、更にブランデーを口に含む。

 悪くない、悪くは無いが。


 「銘柄にもよるのかもしれないけどさ、多分このブランデーにはチョコとかの方が合うよ。 チーズケーキにはあんまり合わない。 あとコレ、ケーキ。 多分ちょっとだけレモン入ってるよね? だったらワインとかに合わせる方が良いんじゃないかなぁ……僕にはちょっと甘すぎるけど、甘い物が好きな子は好きかも」


 「待っとれ! いま白ワインを開ける!」


 そんな訳で、目の前には白ワインが準備される。

 さっきまでのブランデーは、爺ちゃんがチョコケーキと一緒に試している。

 やれやれ、仕事熱心な事だ。

 なんて事を思いながら再びチーズケーキを一口。

 柔らかい口溶けと、濃厚なチーズの香り。

 そして鼻に抜ける柑橘系の香りは、非常に美味。

 まさに口の中が満たされる、とでも言えば良いのだろうか。

 チーズケーキ特有の、口内が支配されそうなあの感覚。

 しかしほろ苦いレモンの味と香りがしつこい印象を残さず、スッと次の一口を運んでしまいそうな味わい。

 コレだけでも十分に満足出来そうだ。

 そこへ差し出された白ワインを流し込み、新たなる香りを楽しむ。

 あぁ、これは面白いかも。

 口の中で様々な香りが交差する。

 混じるのではなく、変わる。

 恐らく甘めのワインだったのだろう。

 甘い物+甘い物というのは、僕としてはちょっと頂けないと思っていたが。

 それでも、これは美味しいと感じる。


 「いいね。 濃厚なチーズケーキの味と仄かに香るレモンの香り。 でもワインが入って来た事により、味が“入れ替わる”。 それこそ、レモンがきっかけになったみたいに、違和感なくサラッと切り替わる。 このワインとこのケーキは合うよ。 甘いと甘いも悪くない。 というか、知らなかったからこそ遠ざけていたと思える味わいだよ」


 「まて、全部メモするから、待て」


 そんな事を言いながら、ガリガリと筆を走らせる祖父。

 ハハッ、相変わらずだ。

 なんて事を思いながらワインをもう一口。

 うん、悪くない。

 普段から甘い物を食べる訳じゃないけど、たまには食べたくなる。

 そして、たまに食べる甘い物がコレだったら“悪くない”と思える。

 そんな味。

 しつこくなく、甘ったるい後味を残す訳でもない。

 うん、この表現であっていると思う。

 さっぱりするのだ。

 甘いお菓子を食べた後だというのに、口内は非常にすっきりしているし、次の料理を待ち受け入れる準備が整っている。

 これなら次に肉料理が来ようともすぐさま受け入れられそうだ。

 それくらいに、“さっぱり”する。

 デザートではあるのだが、ソレを感じさせないくらい次を待ちわびる態勢を作ってくれる。

 うん、コレは好きだ。

 僕、結構ワイン好きかも。

 それから、甘い物も。


 「もっと色々と試したいんじゃが……良いだろうか?」


 「大丈夫だよ、爺ちゃん。 飲み過ぎない程度にするから」


 そう言って次に用意されたのは、甘納豆と日本酒。

 おや、これはまた。


 「すまんな、酒を色々変えてしまって。 儂は余り甘い物で酒を飲まないから……その、なんだ」


 「いいよ、大丈夫。 いただきます」


 そんな訳で甘納豆を口に含み、その後日本酒を口にする。

 今まで散々食べたであろう甘納豆。

 もはや説明する程でもないと思われるが、緩やかな甘さが口にひろがっていく。

 表面に付いた砂糖と、溶け込んだ砂糖と豆の甘さ。

 全てが違う甘味がジワリと口の中に広がる。

 そして、続けて口に含んだ日本酒は少々辛口。

 口内の甘さを洗い流す様に、キリッとした旨味が広がっていく。

 でも。


 「う~ん。 悪くはない。 でも、これじゃ甘納豆をつまみにしている意味がない気がするんだよな。 中和する、もしくはすっきりと洗い流して“次”の一口を期待させる。 そんな感動がない。 ただただ甘さを洗い流しただけだ。 だとすれば、もっと和菓子に合う日本酒を探して、ソレに合わせてみても面白いかと思うんだけど……でも、こればっかりは好みだね」


 「ふむふむ、良いぞ」


 う~んと考えながら甘納豆を口に含み、先ほどの白ワインを口に含む。


 「あ、悪くないかも。 甘い+甘いにはなるけど。 ワインには渋みもあるから、いい感じに中和してくれる。 ずっと食べて飲んでを繰り返したくなる組み合わせかも」


 「それはどれくらい続きそうじゃ?」


 「うーん……映画を見ながらずっとつまんでるのは辛いかな? 途中で塩辛い物が欲しくなるかも」


 そんな研究を重ねながら、僕たちは甘いおつまみを摘まみ続けた。

 最近祖父が買ってくるケーキを口に運ぶことは多かったので、結構舌が肥えている。

 といったら大袈裟かもしれないが、甘い物とお酒を合わせるのは結構難しい。

 甘い物が好きだ、という人なら問題は無かったのだろうが。

 僕達にとっては結構合うお酒を見つけるのは難しい。


 「店員さんにチョコレートと赤ワイン系統は合うと言われたが……ふぅむ。 確かに合うかもしれんが、儂らには甘すぎるな」


 爺ちゃんもちょっとだけ渋い顔をしながら、おつまみとお酒を見比べている。

 ふむ……だとすれば、着目する点を変えてみよう。

 最近ワインにハマり始めたという元同僚の話を思い出し、冷蔵庫を開く。

 後でつまもうとしていた生ハムなどなど、色々と残っている。

 よし、いけるかもしれない。


 「ちょっと待ってて」


 「おう、何か作るのか?」


 爺ちゃんの言葉を聞きながらキッチンに立つ。

 しかし、大した手間がある訳ではない。


 「まずは、ナッツ」


 ガツンガツンと盛大な打撃音を放ちながら、燻製ナッツを砕く。

 そしてクリームチーズを取り出し、砕かれたナッツと良く混ぜる。

 後はドライフルーツ何かがあると良いと聞いたが……残念ながら今は無いので、そのままブラックペッパーを少しだけ振りかけ、生ハムで包む。


 「お待たせ」


 「何じゃいこりゃ」


 テリーヌ、モドキ。

 本来なら色々固めたりとか、形作ったりと様々な工程がある訳だ、全てをすっ飛ばした。

 単純に甘めのクリームチーズにナッツを混ぜ、生ハムで綴んたツマミ。

 だが、多分これなら。


 「あぁ、なるほど。 甘いワインには合うな」


 「でしょ」


 先程の白ワインに合わせるツマミ。

 クリームチーズは甘め、とは言っても砂糖が突っ込まれている訳でも無く、“甘い”といってもチーズの中では口当たりが良い程度なモノ。

 用は口当たりが柔らかい、変な臭みがない。

 そういった柔らかいチーズに、燻製ナッツを砕いたモノを混ぜた。

 そして、最後に生ハム。

 塩っ気のあるハムに包まれる事により、最初の口当たりはピリッと、そして噛みしめればジワリと広がるマイルドな味。

 どれもコンビニやスーパーで揃えられる代物だが、合わせてみれば以外にも絶品のツマミに変わる。

 齧った先に黒コショウとか振っても良いかもしれない。

 それくらいに、ハマりそうな味だ。


 「うん、旨い。 教えてもらったお手軽ツマミだけど、これは悪くないね」


 「あぁ、確かに旨い。 だがな……コレは甘めの白ワインに合わせるツマミじゃ。 儂が描いているものとは、ちと違うかもしれんのう」


 「あ、ゴメン。 酒に合うツマミじゃなくて、甘い物と合わせるお酒だっけ。 話が入れ替わっちゃったね」


 「まぁ良いさ、ちょっとずつ分かって来た」


 クックックと笑いながら、祖父は白ワインを傾ける。

 その手元には、ケーキとテリーヌが。

 本当に、大丈夫だろうか?


 「えっと、原稿上げるのちょっとだけ待てる? 明日色々調べてくるよ」


 「おぉ、そりゃありがたい。 納期には気合いで間に合わせるから、色々買って来てみてくれ」


 そんな事を言いながら、ふにゃふにゃ状態の祖父が返事を返して来る。

 あぁやっぱり。

 この人は基本的にワインとかウイスキーとか、洋物はダメだ。

 ビールや酎ハイならまだしも、普段飲まないモノとなると……すぐこれだ。


 「それじゃ、明日色々調べてくるからさ。 今日はもう寝よう?」


 「ん~、そうだな。 今日はもう書ける気がせんなぁ」


 「でしょうね。 明日ケーキ屋さんとかも回って色々調べてくるからさ、寝よう?」


 「お~う」


 良く分からない返事を返す祖父を担ぎながら、寝室へと向かい布団に放り投げる。

 着地と同時に「フゴッ!」と声を上げるが、その後はスヤスヤと穏やかな寝息を上げ始めた。

 ……全く。


 「ほとんど日本酒以外飲めないんだから、無理しなければ良いのに」


 そんな事を呟きながらも、明日は祖父がお世話になっているケーキ屋さんに向かおうと心に決めた。

 あそこなら、多分専門的な意見が聞けることだろう。

 なんて事を思いながら、僕は飲み会の後片づけを始めるのであった。


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