第11話 豚シソ巻きと生放送


 「おつかれさまでしたぁ」


 今日は珍しくスタジオで収録。

 普段は家の中で全て完結しているので、やはりちょっと疲れる。

 それに、周囲に人が大勢いる状態っていうのは少しだけ苦手だ。

 なんて、そんな感想を思い浮かべていれば。


 「お疲れ様、今日も凄く良かったよ」


 私の所属する事務所の先輩が、声を掛けて来た。

 普段そこまで話す訳でもないし、あまり接点のない先輩。

 本当にたまたま、というか今回の企画で珍しく一緒になった。


 「お疲れ様でした、ありがとうございます!」


 とにかく、元気いっぱいに頭を下げておいた。

 こういう格差社会には、コレが一番。

 チャンネル登録数が上だろうと下だろうと、業界に踏み込んだのが先だろうと後だろうと。

 とにかく全員に敬語を使って、元気よく返事をしていれば、問題は少なくなる。

 ヒューマントラブルは一番避けたいので、私の場合はコレで乗り切っている。

 今回だって、これで何事もなく……なんて思っていると。


 「あの、さ。 今日ってこの後時間ある? もしよかったらちょっとご飯でも行かない? あ、もちろん私が奢るからさ!」


 「え、あ、はぃ……」


 何だか今日は、妙に引き留められてしまうのであった。


 ――――


 私は、ライブ配信者だ。

 企業の影響もあってそれなりに登録者数は居るし、普段から“投げ銭”をしてくれているユーザーも居る。

 でも、目の前の少女には色々な意味で敵わない。

 ファンの数も、トークの旨さも、見た目さえも。

 いくら先輩だからといえ、そこまで大きな顔は出来ないだろう。

 なんて、思っていたのに。


 「あ、あのさ……大丈夫?」


 「は、はい……平気、です」


 妙に震えている少女が、目の前の席に座っている。

 どう見ても大丈夫には見えないんだが……えっと?

 居酒屋に来てから、目の前の少女は非常に不安定な感情を浮かべている。


 「あのさ……もしかして、怖い?」


 「ヒッ! い、いえ、全然……私は先輩の事を尊敬してますし。 それに、その……」


 言葉に詰まる後輩は、ひたすらに震え始めた。

 あぁ、違う。

 この反応は商業的なモノや、社会的なアレではなく。

 単純に“人間”が苦手なんだ。

 多分、私と同じ様に。


 「あのさ、私。 人間が苦手なんだ」


 「え?」


 「目の前ではニコニコしてても、裏では何を言っているか分からない。 だから、ネットの世界に逃げたの。 それこそ気軽に話せるのなんて、昔馴染みの友達くらいだよ。 アハハ、情けないでしょ」


 「い、いえ。 そんな……」


 どうにか言葉を選ぼうとしているこの子も、結局かける言葉が見つからなかったのか。

 黙ったまま、ジュースを口に運び始める。


 「だから配信者になったの、必要以上に人に関わらなくて済むし。 人の言葉はいくらでも嘘を隠すけど、コメントじゃ人はボロを出す。 なんたって、考えて考えて、それで言葉に出来た文章を打ち込む訳だから。 それがその人の想いなんだなって思って見てるんだけど……貴女はどう?」


 そう切り出してみれば、彼女は首を傾げながら“う~ん”と唸り始めた。

 そして。


 「多分、違うと思います。 考えた先に自分の“綺麗事”を正当化しようとするコメントとか結構ありますし。 だから、多分。 変わらないですよ、“リアル”も“ネット”も。 見てくれる人が多い、多くの意見が聞けるってだけで、多分そこまで変わりは無いんだと思います」


 「え?」


 予想外の台詞に、思わずポカンと間抜けな顔を返してしまった。

 すると彼女は何を勘違いしたのか、慌てた様子で頭を下げ始めた。


 「す、すみません! 私偉そうに変な事言っちゃって!」


 「あ、いや。 別に怒ってないから。 ホント、マジで。 えっとさ、さっき言った事もう少し掘り下げても良い? ちょっと詳しく聞きたい」


 ズイッと身を乗り出しながら彼女に接近してみれば、彼女はその分後ろに下がる。

 とはいえ、背後には壁が有るので一定以上は離れられないが。

 すると彼女は困った様子で視線を逸らしながらも。


 「えっと……“人間が苦手”というのは、私も確かにその通りなんです。 ちょっと昔に色々あって、両親が急に私を見る眼を変えたというか。 失望したからいらない、みたいな。 そんな事がありまして。 だから私の場合は、“大人の人”がちょっと怖いんです。 特に、狭い場所で大人の人と少人数で一緒に居るのが……その」


 「あぁ……なんか、ゴメンね?」


 「い、いえ。 私こそスミマセン……」


 お互いに頭を下げる事態になってしまった。

 なるほど、彼女が怯えていたのは私自身にって言うより“この環境”に、なのか。

 これは非常に申し訳ない事をしてしまった。

 彼女のトラウマに、知らず知らずのうちに触れてしまったのだから。

 なんて、気まずくなりながらもチビチビとお酒で喉を潤していると。


 「それで、“言葉とコメント”の件なんですけど。 私も最初はそう感じました、変な事ばかり言う人はブロックすれば良いし。 だから、配信の方が楽だなぁって。 そう、思っていたんですけど」


 「けど?」


 「お兄ちゃんに言われたんです。 顔が見えるからって信用出来る訳じゃないけど、“絶対に信用出来る”と思う相手以外の言葉は疑っても良いくらいだって。 だから流されるんじゃなくて、流れは自分で作るくらいが丁度良い、これはお前の放送だろって。 だから、基本的に放送の良し悪しはリスナーに任せるんじゃなくて、私自身がやりたいように……あと、お兄ちゃんが“良かった”って言ってくれた方針で進めてます……ハハッ、情けないですよね。 私も」


 そんな事を言いながら、困った様に笑う目の前の彼女。

 “アバター”に負けないくらい可愛い、緩い笑みを浮かべている。


 「か、格好良い事言うねお兄さん……」


 「はいっ! 普段はその、ちょっと軽いんですけど。 でもしっかり“自分”を持ってるんです! まぁ、そのせいで最初に就いた会社で色々衝突しちゃって、フリーターになっちゃったんですけどね……あっ、でも!」


 「もう師匠の元で正社員なんでしょ? その放送見てたよ、凄いよね」


 「ハイッ! ありがとうございます!」


 “お兄さん”の話になったら急に饒舌になった彼女。

 よっぽどお兄さんの事が好きなのだろう。

 ソレが見ただけでも分かるくらいに、“兄”を語る彼女はどこまでも楽しそうだ。

 そして、さっきまでの警戒心は綺麗さっぱり霧散した様だ。


 「でも、凄いなぁ……お兄さんの言う通りかも。 私もさ、コメントでこうしろあぁしろっていっぱい来ると、嫌だなぁって思いながらもそっちに流れを調整しちゃうもん」


 結構多いのだ、そう言う事は。

 無理して楽しくもない放送をしてみたり、企画をやってみたり。

 これもユーザーが求めている事だから。

 そんな風に考えて実行した事は、それこそ数知れず。

 だというのに、“そういう放送”では余り良い成果を収められなかった。


 「流されて“放送”としても“仕事”としても楽しめないんじゃ、そもそも意味がない。 本当にお前の事が好きで見てる奴は、それくらい見れば気づく。 それで一千万くらい月々入って来るなら我慢するけど、そうじゃないなら俺はやらない。 どうせ言われた通りにやっても、そういう奴ほどろくな反応を示さないからって」


 「それも、お兄さん?」


 「はい。 お兄ちゃんは、とにかく私自身が楽しむ事を最優先に考えろって言ってくれるので。 不思議と、そうした方がリスナーさんの反応も良いんです」


 ちょっと格好良すぎませんかね。

 しかも、それでこの子は“成功”しているのだ。

 私みたいなのとは違って、どこまでも好き勝手にやって、更には“受け入れられている”のだ。

 若さ故、トーク力故。

 そんな“言い訳”は並べれば、キリがないだろう。

 だが彼女の配信は、確かにいつだって楽しそうだ。

 どこまでも純粋に楽しんで、見ている側もソレに感化される。

 きっと彼女は、“悪い所”を見つけるより“良い所”を見つけるのが上手い人物なのだろう。

 その理由が、ちょっとだけ分かった気がする。

 楽しむ為に仕事をする。

 仕事をする為に楽しむ。

 この二つはこの業界にとって、最もたる力に変わる事だろう。

 そして彼女には、絶対と言って良い程支えてくれる人が居る。

 羨ましい、とは正直思うが。

 こればっかりは昔からの積み重ねだろう。

 私にも妹は居る、それでも彼女の様に“愛している”と言える程の感情はないかもしれない。

 度々遊びには行くし、それなりに仲は良いと思っているのだが……それでも、だ。


 「失礼しまーす」


 そんな声を上げながら、頼んでいたおつまみが運ばれて来た。

 相手が若い子だから、軽くつまめるモノの方が良いだろうと注文したフライドポテトと唐揚げの盛り合わせ。

 美味しそう、美味しそうではあるが。

 非常にありきたりだ。

 こんな話を聞いた後では、どこまでも私は普通だなぁ……なんて思ってしまう。


 「はぁ……私、向いてないのかなぁ」


 目の前のおつまみを摘まみながら、ボソッと呟いてみれば。


 「え? 滅茶苦茶向いていると思いますけど。 お兄ちゃん、先輩のファンですし」


 「……は? はいい!?」


 何か、凄く聞き捨てならない台詞が聞こえたんだが!?


 「えっと、ごめんなさい。 私では何を悩んでるのかいまいち分からないので……ウチ、来ますか? そしたら、お兄ちゃんに相談出来るので。 多分その方が分かりやすいと思います。 もちろんこの業界の人じゃないので、一般的というかユーザー目線にはなってしまいますけど」


 「行きます! お邪魔させてください!」


 そんな訳で、フライドポテトと唐揚げはお持ち帰りする事になったのであった。


 ――――


 後輩の家で、ちょっとだけドキドキワクワクしながら待たせてもらっていると。


 「たっだたいまぁ」


 「おかえりぃ~」


 「お、おかえりなさい!」


 深夜、その人は帰って来た。

 後輩と一緒に立ち上がり、玄関までお迎えに行ってみれば……そこには、チャラ男が立っていた。

 やけに派手な服、派手な髪色。

 そんでもって、ピアス。

 え? あれ? コレが格好良い台詞を言って、後輩を導いていた“お兄さん”?

 だいぶイメージと違うのだが……。


 「紹介するね、この人は私お世話になっている事務所の――」


 「ま、まさか“あねさん”!?」


 年齢がちょっと行っている事もあって、私はリスナーから“あねさん”と呼ばれている。

 最初は「嫌味か!」なんて思ったが、最近では普通に馴染んで来た通り名だった訳だが。

 まさかリアルで呼ばれると思わなかった。


 「初めまして! 飲酒雑談とか飲酒ゲーム実況とかめっちゃ見てます! 滅茶苦茶面白いっす!」


 「は、はぁ。 どうも……」


 そんな調子で、喋る喋る。

 後輩のトーク力は、お兄さん譲りというか……彼の影響が大きそうだ。

 とは言えいつまでも玄関に立たせて置くわけにもいかず、彼は一旦キッチンへ。

 まずキッチンなのか、その時点で意外だ。

 なんて事を思っていると。


 「へぇ? それじゃ今日二人で配信してみたら? かなり面白いと思うけど」


 事情を聴いたお兄さんが、後輩に向かってそんな台詞を吐いている。

 へ? は? マジで?

 確かにオフコラボとかあるけど、そういうのって気の置けない仲というか、ほぼ初会話でやる事じゃないよね?

 とかなんとか思っている内に後輩は配信準備を始め、お兄さんは料理の準備を始める。

 ……マジで?

 私は、唖然としたままその光景を眺めるしかなかったのであった。


 ――――


 「はい、皆様こんばんはー! 突然ですけど、コラボ配信です! のんびりゆったりな雑談配信ですけど、ゆっくりまったり楽しんで頂ければなって思います! そんでもって~今日のゲストはこちら!」


 「えっと、どうも。 突然後輩の家にお邪魔した“姉さん”です」


 本当に始まってしまった。

 思いっ切りペースをかき乱されっぱなしなんだが、これは非常によろしくない。

 未だに頭の中真っ白だよ。

 そんな事を思いながらもどうにか会話を繋ぎ、何とか“放送らしく”していると。

 コトッと音を立てて、目の前に料理が出て来た。

 そんでもって後輩にはジュース、私にはグラスに注がれたお酒が。


 『豚シソ巻とトントロです、お酒はグレフルチューハイ。 苦手だったら変えますんで言ってください』


 そんな言葉をスマホに表示させたお兄さんが、声を上げることなく下がっていく。

 えっと、うん? これは食べても良いのかな?

 凄く美味しそうだし、深夜にはテロみたいな見た目をしているが。

 あと、後輩ちゃんが配信中にたまに明後日の方角へ視線を向ける理由が分かった気がする。


 「おぉぉ! 今日は凄いよ! 豚シソ巻とトントロが出て来た! 味良し、香り良し。 トントロは深夜に食べると危険かもしれないけど、その分喋ってカロリー消費させますよぉ! ちなみに私がジュースで、先輩がグレープフルーツの酎ハイでーす」


 「あ、えっと、なんか頂いちゃってます。 良いのかな? でも凄く美味しそう。 豚シソ巻とか、香りが凄いの。 シソってどうやったらココまで香らせる事が出来るのってくらい、良い匂いがする」


 「お兄ちゃんの作った豚シソはおススメですよ~、何たって最近師匠に教えてもらったらしいですから。 焼き鳥屋では無いんですけど、何か色々教えてくれるみたいです」


 「凄いなお兄さん。 本当に何でも作れるじゃん」


 そんな事を言いながらも、一口。

 香ばしくも柔らかい豚肉と、一緒に焼いたタレの香り。

 そして程よい塩っ気と、ピリッとくる唐辛子の辛み。

 噛みしめれば口の中に広がっていくお肉の旨味に、青じそのさっぱりした香りが鼻に抜ける。


 「うっま! なにこれ!? え!? 居酒屋より全然美味しいんだけど!?」


 「でもすっごく簡単だって言ってましたよ? あと、お酒にも合うって。 お兄ちゃーん、どう飲めばよいんだっけー?」


 後輩が声を上げれば、慌ててこちらに帰ってくるお兄さん。

 そして。


 『邪道とか言われるかもしれないですが、チューハイを少しだけ舌の上で味わってください。 炭酸の影響もあって、ガブガブ呑むよりも“変わる”はずです』


 再びスマホを向けられたので、その通りにしてみる。

 すると、どうだろうか。

 先程まで暴力的だと感じられていたおつまみの味わい、それがゆっくりと中和されていく。

 あのままだったらガツガツ行ってしまいそうな雰囲気だったが、舌の上に乗せたチューハイがシュワシュワと音を上げている内に気持ちが落ち着いてくる。

 舌がリセットされたというか、今はしっかりとお酒を飲んでいるんだって気持ちにさせてくれた。

 こんなに美味しいのに、これならゆっくり食べられそうだ。

 もう一口お肉を齧れば、先ほどの幸福感。

 そして、お酒。

 これは凄い、少ないおつまみでもじっくり楽しめる飲み方かもしれない。


 「やぁ、相変わらず美味しい……皆さん飯テロ注意ですよぉ? 今からお兄ちゃんの作った豚シソ巻とトントロの写真載せますね? はいドーン! どうよ!? しかもすんごく香りが良いの。 あははは、皆飯テロくらってますねぇ」


 コメントを見ながら、後輩が楽しそうにキャッキャと笑っている。

 あぁ、こういう事なのか。

 私一人の時は、こんな風には行かない。

 どこまでも業務的で、どうにか楽しんでもらおうと必死に頭を回している。

 だというのにこの子は、何処までも純粋に楽しんでいるのだ。

 リスナーさえも巻き込んで、全て自身が楽しむ環境に引っ張り込んでいる。

 あぁ、敵わないなぁ。

 そんな事を思った、次の瞬間。

 コトッと小さな音を立てて、目の前におつまみとお酒のお代わりが用意された。

 そして。


 『姉さんは自分を曝け出している時が一番魅力的ですよ。 聞いていて気持ち良いっす。 人によっちゃ汚い言葉遣いに聞えても、真っすぐなのは好きっすよ。 それに――』


 スマホに再び文字列を表示させながら、お兄さんはニカッと笑みを浮かべて去っていく。

 目の前には新鮮そうな瑞々しいサラダと、チーズとピクルスをクラッカーで挟んだ代物が登場しなされた。

 そして、今度はスパークリングワイン。

 これはもう、ね。


 「よし、今日は飲みますか! 新しいおつまみは、新鮮サラダとチーズピクルスのクラッカー包み! 凄い、もはやここに住みたい!」


 「あぁ、私の台詞が! というか酷いです! 私飲めないのに、先輩だけそんなに堪能して!」


 後輩と一緒に、その後の配信は盛り上がる。

 食べて飲んで、そんでもって騒いで。

 とにかく楽しかった。

 今までのオフコラボの中でも、一番ってくらいに。

 多分、その理由は。


 “それに、無理してると見てる側にも分かるもんですよ。 だから、自分が楽しむ事最優先で。 その方が、本当に好きな人は嬉しいモンですから。 そういう人の為だけに喋ってみても良いんじゃないっすか? 俺は、酔っぱらった時の姉さんの放送が好きっす”


 お兄さんのスマホには、そう書かれていた。

 私を好きになってくれた人は、無理している私を好きにならない。

 どこまでも、自分であれ。

 そんな風に言われた気がした。

 あぁ、くそ。

 良いお兄ちゃんを持っているじゃないか、後輩。

 そして、良い男じゃないか。

 人は見た目じゃない、なんて。

 分かっていたつもりだったが、今日改めて思い知らされた。

 妹を支えながら、自らも努力し師匠の元へたどり着いた兄。

 そして、自らも楽しみながら“兄との生活”を支える妹。

 どこまでも完成されていて、互いに互いを尊重しあった関係。

 きっとこれが、“共存”というものなのだろう。

 どちらかがどちらかに依存する訳でもなく、互いに依存しながらも良い方向へ進む“共依存”。

 どちらも相手の幸せを望んでいるからこそ生まれたこの関係は、どこまでも美しいと感じられた。


 「あぁもう、本当に美味しいなぁ……お兄さんの料理は」


 「でしょう? ふっふーん、ウチの自慢なんです」


 「はてさて、それでは後輩ちゃんの料理はっと」


 「……聞かないで頂けると助かりまーす」


 そんな訳で、無事にオフコラボは進んで行く。

 今までにない、どこまでも曝け出した“飲み会”みたいなモノだったが。

 それでも、気分としては最高だった。

 美味しい料理に、美味しいお酒。

 後輩も相変わらずのトーク力で、場が静かになる暇なんてない。

 その勢いは、私も負けていられないなんて久々に思ってしまったくらいだ。

 全てが、新鮮だった。

 あぁ、こんなにも楽しく仕事が出来るだって。

 自然とそう思い浮かべてしまう程、ただただ“楽しかった”のだ


 「はい、という訳で。 今日はこの辺りでお開きにしたいと思います! 見て下さった皆様、ありがとうございました!」


 とはいえ、やはり終わりは訪れる。

 こんなにも楽しく喋れた放送が、今まであっただろうか?

 そんな事を思っている内に、放送終了の文字が表示された。

 終り、そう終わりなのだ。

 今日の事は目標というか、今後私もこうなろうって思える良い見本になった。

 だからこそ、残念に思う必要なんて……。


 「二人共お疲れ様でした。 はい、まずは水。 特に姉さんはお酒飲んでたんで、いっぱい飲んでくださいね? それで、次はいつコラボっすか? 前もって教えといてもらえば、次はもっと良い物作れるんで」


 え?


 「今日はありがとうございました、凄く楽しかったです! ご迷惑でなければ、近い内にまたやりましょうよ!」


 兄妹二人して、眩しい笑顔を向けてくる。

 あぁもう、敵わないな。

 そんな事を思う、一日であった。


 ――――


 「あ、もしもし? 次の週末遊びに行っても良い?」


 『え、また? 別に良いけど。 前は私が焼きおにぎり作ったんだから、今度はお姉ちゃんが作ってよ?』


 「任しておきなさいな。 旨いお肉の焼き方を教わったから」


 『不安だなぁ……火事にはしないでよ?』


 「お前も結構失礼だなオイ」


 ちなみにその日の放送の影響で、その後やけにファンが増えたのはまた別のお話。

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