第10話 大人のメロンソーダ


 「ていう訳でさ、俺来月から居ないっす」


 「あ、そうなんですね。 実は僕も来月から別の仕事をすることになりまして……」


 「え、二人共辞めるんですか? えぇぇ……」


 コンビニバイト。

 ソレは忙しい時もあるし、暇の時もある。

 だからこらこそ、世間一般でいう“不真面目”なヤツがやる仕事というイメージがあるのだろう。

 しかし、現実には普通に忙しいのだ。

 何だかんだやる事はあるし、いつくるかも分からないお客さんに対して常に構えてなきゃいけないし。

 色々とサービスは増えていくし。

 忙しいんだよ!?

 なんて叫びたくなる中、仲の良い先輩二人が来月から居ない事が判明した。

 あぁ、終った。

 私も別のバイト探そうかな……なんて思ったりもするが、生憎と個性なんぞというものとは無縁の生活を送って来た私には、他の仕事をする自分自身が想像出来なかった。

 学生の頃からボッチ、社会人になってからも社交的になれず、すぐさま退社。

 高卒で、働いたり働かなかったりしていた私は、結局コンビニバイトというありきたり“フリーター”に落ち付いた。


 「そっちは鰻だっけ? 頑張ってな! 俺も肉頑張るから!」


 「そっちは正社員ですもんね、頑張ってください。 なんかこっちは、跡取りとか何とか言われてますけど……大学どうしようかなぁ」


 一人の先輩は私と同じく高卒。

 でも、“師匠”なんて呼べる人を見つけ日々頑張っているらしい。

 そんでもってもう一人は大学生。

 だというのに、今から“跡継ぎ”なんて言われているくらいだ。

 将来が約束された様なモノだろう。

 そんな中、私はと言えば。


 「私、何にもやりたい事とかないんですよねぇ」


 二人に聞えない様に、小さく溜息と言葉を溢す。

 本当に、何もないのだ。

 好きな物、アニメとゲーム。

 そんでもって最近では、ネット配信者の動画やライブ放送の視聴。

 マジでどうしようもない。

 目の前の二人に比べると、どこまでも卑屈な存在に思えてくる。

 見ていて眩しいと感じるほどに、この二人は真っすぐだ。

 やりたい事に、出来る事にまっすぐに向かっている。

 雰囲気も、見た目も違うのに。

 二人は何処までも同類だった。

 でも、私は違う。

 はぁぁぁ、と深いため息を溢しながらバックヤードを出れば。


 「あ、あのすみません……」


 やけに小さな女の子に声を掛けられた。

 幼いという訳では無いが、ちっちゃい。

 目は不安そうに伏せられてはいるが、多分普段通りならパッチリとして可愛らしいのだろうと想像出来る程、整った顔。

 マスクをしているので顔の半分以上は見えないが、とにかく整っている、多分絶対可愛い。

 そんでもって、ヒラヒラした服にツインテール。

 何だこの子、滅茶苦茶可愛い系ガールじゃないか。

 なんて事を思いながら、彼女の耳に残る声を堪能していると。


 「分からなかったら、無理に調べようとしなくても良いんですけど……このゲームに使えるゲームマネーって、これであってますかね?」


 そう言いながら、スマホの画面とウェブマネーをチャージするカードをこちらに向けてくる少女。

 その瞬間、思わず目を見開いてしまった。


 「はいっ! ソレで大丈夫ですよ! そちらのカードでしたら、金額を指定できるのでお好きな金額をウェブマネーに変えられます。 ちなみにそのゲームですと、最初からドガッとお金を入れれば良い訳ではなく、最初に教育方針を決めてから自身にあった方向で伸ばすと言う方向で課金するとより効率が良いと言いますか――」


 なんて言い始めた所で、「あっ」と声を上げながら完全停止してしまった。

 これは良くない。

 ガツガツ食いつきすぎている上に、完全に余計なお節介だ。

 私はゲーマー。

 アーケードから家庭用、そしてソーシャルまで手を伸ばしている。

 とはいえプロの様に上手いかと聞かれれば、そうではない。

 ただのゲームオタクなのだ。

 先輩達もあんまりゲームとかしなさそうだし、語る相手が居ない。

 だからといって、お客様に何を食いついているんだ私は。

 なんて、思い始めた頃。


 「あ、あの! ソレ詳しく教えてもらっても良いですか!?」


 やけに可愛くて、やけに声の良い女の子は、私の話に食いついて来たのであった。


 ――――


 「あぁぁぁ、先輩達コンビニ辞めちゃうのかぁ」


 仲の良かった2人が、急に仕事を変える宣言を頂いて、非常にブルー。

 バイト終わりにやけに可愛い子と遭遇したが、単純にゲームの説明をしただけで終わった。

 まぁ、当たり前である。

 こんな冴えない女の話を聞いてくれただけ、あの子は天使だったのだろう。

 そんな事を思いながら、グラスにアイス〇実を放り込む。

 そんでもって、上から弱めの甘いチューハイを注ぐ。


 「コレ、絶対甘党じゃないと飲めないよね」


 そんな台詞が出てしまう程、甘い物に甘い物を重ねた一品。

 でも、商品化されるくらい美味しいのだ。

 氷の代わりにシャーベットアイスを放り込み、そして飲む。

 これが、最近のお気に入り。


 「はぁぁぁ、美味しい。 甘い物と甘い物ってやっぱうまぁぁぁ」


 なんて言ってしまうくらいに、私は甘い物が好きだ。

 でも、とにかく砂糖砂糖していれば良いという訳ではない。

 バランス、口当たり、そして後味。

 特に甘い物を食べるなら、最後の後味は大事だと思うんだ。

 その点、アイス〇実にお酒を注ぐと後味はアルコールだ。

 だからこそ、結構合う。

 あんまり強いお酒とか、辛いお酒には合わないだろうが。

 甘いものが好きな人であれば、この飲み方は全然アリだと思うんだ。

 そんな事を思いながらパソコンを起動させ、今日も“推し”の配信へとアクセスする。

 おぉ、丁度いい。

 今しがた始まった所の様だ。


 『タイトルにもあるんだけど、今日はこのゲームをやっていきたいと思います! それで、無課金初心者プレイを見ても面白くないだろうから、今回はこちら! どーん! なんと、初回から5千円分課金プレイで始めようかと思います! これ以上はちょっと色々不味いんで、5千円で出たアイテムとかを使って頑張ります!』


 画面に映るのは、2Dアバターの美少女。

 その彼女が、アニメの様に動きながら楽しそうに喋る喋る。

 もうそれを見ているだけで、お酒が進みそうだ。

 なんて事を考えながら、チーズクッキーを齧る。

 家に帰って来た後なのだ、見た目など知らん。

 そんな事を考えながらおつまみと甘い酒を呷っている内に、彼女はガチャを回し始める。


 『そうそう、このウェブマネーを買ったコンビニなんですけど。 店員さんが凄く丁寧に教えてくれたんですよ。 すごいですよね、最近のコンビニの店員さんって。 いや、知らんわって反応が返ってくるのかと思ってました』


 そんな事を言いながら、彼女はガチャを回す。


 『最初からガチャるんじゃなくて、自分の方向性を見つけてから課金してみて、とか。 だから今回、ちょっと練習してからの配信です。 練習モードでやったから、ストーリーとしては完全初見ですから、ご心配なく!』


 なんだろう。

 いつも通り可愛い声だし、反応も可愛い。

 だというのに、妙に親近感が沸くこの感情は何だ。


 『あ、そうですそうです。 お兄ちゃんが働いていたコンビニで買って来ました! 来月からは職場がガッツリ変わるので、お兄ちゃんの所とは言えなくなっちゃいますけど、それでも今後もお世話になるコンビニになると思います!』


 この子は、配信中に兄の話をよくする。

 どうにもフリーターで、やっと正社員として雇われる事となり、更にはソレが尊敬できる人の元へ就けたとの事。

 世の中、すげぇ人も居るモンだ。

 なんて、思ってしまったのだが。


 『あぁでも! そこのコンビニ本当にお勧めですよ! 流石に店名とか場所までは言えないんですが、今日もこのゲームの課金に対する注意事項とか、あとおつまみを教えてもらいました! 私はまだお酒が飲めないんですが、それでも美味しく食べられるよって!  ソレがこちら! ドーン! クラッカー&三角チーズ~。 お夜食としても、お酒にも合うって聞きました! 確かに合いそうですよね、コレ。 甘いのが好きならいちごジャムを付けても良いって言われました!』


 ブッと思わずお酒を噴き出してしまった。

 え、あれ?

 おかしいな。

 今日このゲームの課金云々を紹介したし、おすすめの軽食として同じ物を紹介したが……。

 いや、流石に無いだろう。

 私達からすれば雲の上の人みたいな感覚なのだ。

 たまたま、そうたまたま内容が被っただけ。

 あのめっちゃ可愛い子が、この配信者の“中身”な訳……。

 いや、ちょっと待て。

 この配信者にはお兄ちゃんが居て、焼肉屋で修行していて。

 そのお兄ちゃんは来月から正社員になって、更には他のバイトを辞めるとか何とか……。

 しかもあの先輩、確か妹が居るとか何とか……。


 「まて、考えるのを止めよう。 ヴァーチャルはヴァーチャル。 人は人。 例え“中身”であったとしても、アバターに負けず劣らず可愛かったわけだし。 気にするな私」


 無理やり思考をぶった切ってから、甘いお酒を喉の奥へと押し込んでいく。

 うん、酔ってしまおう。

 そうすれば、きっと忘れる。

 ファンの一人として、「もしかしてこの子の個人情報ゲット!?」とか思ってはいけないのだ。

 己が胸に秘め、“もしかしたら”と思いながら、誰にも話すべき内容ではない。

 これは、“推し”に対しての礼儀であり、鉄則なのだ。

 そんな事を思いながら、グイッとお酒を飲み切る。

 そして、次なるお酒は。


 「ちょっと贅沢だけども」


 アルコール度数3%、メロンソーダ味のお酒。

 未だグラスの中にアイスの溶け残りはあるが、別に良いか。

 そのままトクトクと緑色のお酒を注ぎ、更には。


 「一回やってみたかったんだよねぇ」


 お酒の入ったグラスの上から、アイスクリームディッシャーで掬ったバニラアイスをドーン。

 完成、大人のメロンソーダフロート。

 ストローを刺して飲むと酔いそうなので、唇にバニラアイスをくっ付けながらもチューハイをゴクリ。

 うむ、旨い。

 これこれ、子供の頃しか味わえない見た目の“フロート”。

 キャッキャしている女子なら普通に注文するのかもしれないが、私みたいな陰キャが注文して良いモノじゃない。

 だからこそ、家で飲もうと決めたのだ。

 しかも、アルコールで。


 「思った以上に美味しい。 というか、お酒が進み過ぎるかも」


 溶けたバニラアイスにより、よりマイルドになる口当たり。

 思わずゴクゴクと飲んでしまいそうだ。

 でも、これはお酒。

 しかも私は大してお酒に強い訳ではない。

 だからこそ、ゆっくりと呑まなければ。

 それだけはしっかりと心に残し、スプーンでバニラアイスとメロンソーダのお酒をパクつく。

 非常に美味。

 多分甘い物苦手な人とかに出したら、すんごい渋い顔されるんだろうなぁなんて思いながら、ひたすらにお酒&バニラアイスを堪能していく。


 『あ、そうそう。 見ているかどうか……というか私の放送じゃ見てる確率のほうが低いですけど。 今日のおススメしていただいた店員さーん! 滅茶苦茶コレ美味しいでーす! あとお兄ちゃんも食べてます。 今ピクルスとか挟んで食べてるみたいなんですけど、凄く合うって喜んでますよ!』


 度々ポリポリと音を鳴らす彼女が、急にそんな事を言いだした。

 あぁ、可愛い。

 モグモグする動作もヤバいが、美味しいって言っている時の満面の笑みがヤバイ。

 なんて、一人で悶えながらフルフルしていると。


 「ん? ピクルス? 合うのかソレ」


 私は甘党だ。

 だからこそ、某ハンバーガーショップで出てくるバーガーのピクルスもあんまり好きではないのだが……。


 『何でも食感と後味が良くなるそうです。 皆も試してみてね! えっと、ちょっと待ってね? 聞いてくる。 …………。 お待たせ! クラッカーの塩っ気と、濃厚なチーズ。 ソレの間に入るピクルスの酸っぱさが、結構癖になるって話です! ワインには合う、でも酎ハイとかでも合いそうって言ってます!』


 どうやら彼女の“お兄さん”に感想を聞きに行ったらしい。

 相変わらず、仲の良い事で。

 なんて感想を残しつつも、ウームと首を傾げてしまった。


 「なるほどなぁ……ピクルスが苦手な私でも、チーズとクラッカーに挟まれてたら確かに食べられるかも? チーズとクラッカーだけじゃ口に残るし、私が勧めたジャムだと甘さばっかりが口に残るだろうし……ふむ。 なんか面白そう、明日ピクルス買って来てみよう」


 とはいえ、今日のおつまみはチーズクッキーのみ。

 今すぐ食べたい気持ちはあるモノの、どうしようもないので明日に回す。

 明日はちょっと、スーパーに寄ってみよう。


 「この放送、お酒飲めないくせにおつまみとかご飯の話するから癖になるのよね……」


 あとは、微笑ましいとしか言いようのない兄妹愛だろうか。

 そんな事を考えながら、今日もグラスを傾ける。

 あぁ、旨い。

 でも、甘い物ばかりでは一緒に飲んでくれる相手が少ないのも事実だ。

 もう少し、お酒やおつまみの幅を広げてみようかな?


 『明日もコンビニに行く予定なので、もし今日の店員さんが居たら他のも聞いてみますね!』


 そんでもって、もう少しだけ。

 コンビニのバイト、続けてみようかな……なんて、そんな事を思いながら大人のメロンソーダを味わうのであった。

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