第18話 コンビニおつまみを探そう


 「ふんふんふ~ん」


 鼻歌を歌いながら、いつものコンビニまで歩く。

 私の活動時間は、基本的に夕方から深夜にかけて。

 非常に不健康な生活をしているが、これでも結構稼いでいるので文句を言われる筋合いはない。

 というか私はお兄ちゃんと二人暮らしなので、文句を言ってくる人は居ない。

 お兄ちゃんも夜型の人間……というか夕方から深夜まで賑わう焼肉店で働いているので、致し方なくはあるのだが。

 そんな訳で、すっかりこの生活リズムに落ち付いてしまった訳だ。

 昔だったら考えられない。

 どこまでもキチッとしていて、門限も厳しく決められていて。

 ろくにテレビさえも見られなかったあの頃とは大違いだ。


 「お兄ちゃん今日は配信前に帰ってくるかなぁ? 一応おつまみ買って行こうかな、燻製ナッツと~チーズと。 後は生ハムとサラダ系統、かな?」


 呟きながらスマホに買う物をメモっていく。

 それだけで、何となく口元がにやけてしまう。

 今日は早く帰って来ないかな、なんて思いながらも。

 帰って来ない時は師匠の元で頑張ってるんだろうなぁ、なんて思えて結局ニヤケてしまう訳だが。


 「いつ帰って来ても、笑いながら帰ってくるから良いんだけどね」


 ニヘラっと表情を崩した所で今外に出ているという事を思い出し、顔を引き締める。

 いけないいけない、普段から家の中で過ごす事が多いから表情が滅茶苦茶表に出る。

 そんでもって、独り言も多くなってしまったかもしれない。


 「でも、早く帰って来て欲しいなぁ……」


 ポツリと呟きながら、私はいつものコンビニに足を踏みいれるのであった。


 ――――


 「不合格か」


 「はい、申し訳ありません」


 お兄ちゃんが家を出てから数年後。

 私は大学受験に失敗した。

 よくある話だ、しかも狙ったのは……というか、“受けろ”と言われたのはすんごくレベルの高い大学。

 だからこそ浪人する人がかなりの数が出る様な、名門といえる大学。

 そんな訳で、滑り止めの方へと進学するかと思っていたのだが。


 「はぁ……お前もアイツと同じ、“出来損ない”か」


 その言葉を聞いた瞬間、全てがキレた。

 別に私に対して落胆された事が悔しかった訳じゃない。

 でも、お兄ちゃんを“出来損ない”呼ばわりされるのがどこまでも気に入らなかったのだ。

 ずっと親の言う事に従って来た人生、両親によって作られた“私という人形”。

 そんな風に育てられた、そして私もその様に生きて来た。

 しかし、お兄ちゃんは違ったのだ。

 両親に反発し、やりたい事をやって、なりたい自分になる為にちゃんと努力する人だった。

 そんな兄が話してくれる内容は、いつだって私にとっては新鮮だったのだ。

 教えてくれる遊びは、いつだって私に“心”をくれたのだ。

 束縛ばかりの家庭の中で、こっそりと遊びを、息抜きを教えてくれる兄が。

 私にとっては救いだった、私にとっての憧れだったのだ。

 だからこそ、私は家を飛び出した。

 今までの全部を捨てて、勘当された兄の元へと手荷物一つで駆けこんだ。


 「今まで育ててやったのに、恩知らずめ! 恥を知れ!」


 父親が私に対して最後に放ったその一言が、悲しかったのか悔しかったのか。

 ボロボロと溢れ続ける涙を拭う事もせず、大雨の中兄の住むアパートの扉を叩いた。

 そして随分と疲れた顔をして扉を開いた兄は、私を見て目を見開いたのだ。


 「お兄ちゃん、私。 なんにも無くなっちゃった」


 本当に何もない。

 親の言う事に従う良い子でもないし、兄の所に転がり込んだとしても、お金の稼ぎ方すら知らない。

 大学にも合格出来なかったし、家事だってろくに出来ない。

 本当に、無い無いの私は。

 自分の荷物だけを持って、兄を頼ってしまった。

 ここに来て、初めて気づいた。

 私は、負担にしかならないんだ。

 兄を頼った所で、兄の負担にしかならない。

 私がココに来ても、何も返せない。

 今更過ぎるその感情が私を埋め尽くし、今すぐ引き返そうかと思ったその時。


 「ゴメン、ゴメンな。 俺がもっとちゃんとしてれば、お前だけに負担を掛ける事も無かっただろうに……本当にゴメン。 耐えきれなかったんだろ? 息が出来なくなるくらい、苦しかったんだろ? もういい、全部捨てろ。 全部全部無くしたって良い。 兄ちゃんが何とかしてやる。 だから、ココに居ろ。 泣いたって怒ったって良いんだ、全部兄ちゃんに教えてくれ、全部吐き出せ。 もう、我慢しなくて良い」


 兄は、私の為に泣いてくれた。

 必死に謝りながら、私以上に泣いてくれた。

 兄に抱きしめられた体が、徐々に熱を取り戻していく様だった。

 雨にうたれて冷えた体も、全てを失って冷え切っていた心さえも。

 私以上に涙を溢しながら、ひたすらに涙を流す兄を見て。


 「私は、お兄ちゃんの妹で良かったよ……」


 思わず、そんな言葉が漏れた。

 それくらいに私は今、幸せを感じているのだから。

 この人の妹で良かった。

 私の事を想って、私以上に泣いてくれる存在が居る。

 それだけで、“愛されている”のだと感じられる。

 頑張ろう、これから。

 何にも無くて、何にも知らない私だけど。

 それでも兄と共に生きていく為に、出来る事を探そう。

 そんな風に、一瞬で前を向けるくらいに。

 私にとっての“お兄ちゃん”は大きな存在だった事を、その時改めて再確認したのであった。


 ――――


 「しゃっせー」


 うぅむ、と思わず唸ってしまいたくなる様な非常にやる気のない声が聞こえてくる。

 ここの所、ずっとこんな感じだ。

 お兄ちゃんが勤めていた頃は、皆雰囲気良かったのになぁ……なんて思いながら店内を散策していると。


 「先輩達、今日も飲むんですか?」


 「飲まなければ、生き残れない」


 「いや、色々とおかしいでしょうに……程々でお願いしますよ?」


 自動ドアの開く音と共に、そんな声が聞こえて来た。

 そしてその一人は、いつか聞いた事のある声。

 というか、私にとっては馴染み深いその声だった。


 「あっ! 店員さん!」


 「え?」


 商品棚を眺めて居た私は、思わずそちらに向かって声を上げてしまった。

 それこそ、いつもの店員さんがバックヤードから出て来たのかと思って。

 しかし、目の前にはスーツ姿のお三方が。


 「あ、あれ?」


 でも、間違いなく目の前にいる一人は私の知っているコンビニの店員さんだったのだ。

 髪は短くなり、かなりキチッとした格好をしているが。


 「あっ、久しぶり! まさかまた会えるとは思わなかった!」


 「えっと、えっと? アレ? 店員さんですけど、もう店員さんではない?」


 私の事を覚えていてくれたのか、彼女は笑顔で私の声に答えてくれた。

 後ろの二人は、不思議そうな顔を浮かべているけど。


 「あはは、ゴメンね? 先輩二人が……あぁ、コンビニの時のね? 二人共やけに格好良く去っていくもんだからさ、私も頑張らなきゃなぁって思って就活した結果、見事正社員になれましたのでコンビニ辞めちゃいました」


 「おめでとうございます! 凄いです!」


 「ありがとね。 やっぱり結構黒いけど、何だかんだ楽しんでやってますよ」


 ニシシッと笑う店員さんに称賛の声を送りながら、チラッと後ろの2人を覗き見れば。

 先輩さんか、同僚さんなんだろうか?

 二人共私の事を興味深そうに見つめている。


 「気のせいかな……聞いた事ある声の様な気が……」


 「めっちゃ可愛いじゃん、すっご。 モデルさんとかなのかな?」


 ヒソヒソと話している訳だが、普通に内容が聞こえてくる。

 カァァっと顔を赤らめながら視線を逸らし、再び店員さん……元店員さんを見上げてみれば。


 「今日はどうしたの? って聞くのもおかしいか、コンビニだし。 また何か課金とか?」


 昔みたいに、“怖く無い”笑みを浮かべてくれる店員さん。

 あぁやっぱり良いな。

 お兄ちゃんと良く一緒のシフトに入っていたというこの人と、もう一人の男性。

 この二人は、年上だったとしても全然怖く無い。

 むしろ話が弾むくらいだ。


 「えっと、今日はそういうのじゃなくて。 お兄ちゃんが夜に摘まめそうなおつまみを買おうかなって。 何かお勧めあります?」


 もう店員さんではないのに、こんな事聞かれても迷惑かもしれない。

 そんな事も思って見る訳だが、彼女は笑みを浮かべながらスッと背後に視線を送った。


 「そう言う事なら、それこそ適任の方がいらっしゃますよ?」


 「へ? 俺?」


 私達からの視線を受けた男性が、自身を指差しながら「マジか」と言わんばかりの驚いた表情を浮かべておられる。

 そして。


 「えっと、初めまして。 コイツの先輩です」


 「初めまして、通りすがりのお客さんです」


 なんて、良く分からない挨拶を交わした後。


 「ちなみに、君のお兄さんは何を飲むのかな?」


 随分と柔らかい雰囲気の男性から、夜のおつまみと作り方を教えてもらうのであった。


 ――――


 「という訳で、本日は~」


 なんて、マイクに向かって話していると。

 玄関から“カチャッ”とガキの開く音が聞こえた。

 私の配信を始まっている時は、基本的に声を上げずに帰ってくる兄。

 だからこそ。


 「帰って来たぁ! 帰って来ましたよぉ皆さま! お兄ちゃんおかえりー!」


 ブンブンとリビングから手を振ってみれば、扉から顔を出した兄がシーッとばかりに人差し指を口元に当てている。

 とはいえ、今日はそれどころでは無いのだ。


 「はい、という訳でですね。 今日は私が買って来た&作ったおつまみを兄上に食して頂こうかと思います! リアルタイムで中継だぜっ! ちょっとマイクから遠くなるから、少しだけ待っててねぇ。 すぐ戻って来るよん」


 そんな言葉を吐きながら、困惑している兄を迎えに行きキッチンへと向かわせる。

 ジェスチャーだけで手を洗えと伝え、私はフライパンやら冷蔵庫から色々と取り出し、パソコン近くのテーブルへと戻っていく。

 そんでもって。


 「はいはい皆さまお待たせしましたぁ。 結構買って来ただけってモノは多いんですけど、ちゃんと選んで買って来ましたよ? 今日初めて聞いたんですけど、ワインにも色々あるんですね。 白、赤、ロゼとかだけなのかと思ってましたけど。 フルボディ、ライト、ミディアムと色々あるみたいです。 そんで、今日は甘めの……というか軽めって言ってたかな? とにかく渋みが薄い赤ワインに合う物を聞いて来たので、これからお兄ちゃんに実食してもらおうかと思います!」


 そう言ってから振り返れば、お兄ちゃんはポカンとした表情のまま席についてくれた。

 目の前には、様々なおつまみ。

 そして、最近お兄ちゃんが「甘めだし軽いから、これくらいが丁度良いかも」って言っていたワインが一本。

 コルクを抜いて、ワイングラスに注いであげる事も忘れずに。

 フッフッフ、一回やってみたかったんだよねコレ。

 ソムリエにでもなった気分だ。


 「それではですねぇ、まずはどんなワインにでも合うという定番カマンベールチーズ! しかし、ソレだけではつまらない。 なので今回は少しだけ温めた後にバジルを少々、あと粗挽き黒コショウ! なんでも冷蔵庫から出してすぐよりも、常温に戻した方が香りが段違いなんだそうです」


 なんて事を語りながら、どうぞとばかりに掌を向けてみれば。

 お兄ちゃんは困惑顔のままチーズをパクリ。

 掴むと凄く柔らかそうにムニ~って広がるチーズが、実に美味しそうだ。

 そして、すぐさま赤ワイン。

 結果。


 「おぉっ、グッ! って返事が来た、美味しかったみたい!」


 本当に調味料を振っただけの簡単おつまみではあるが、掛け過ぎるとしょっぱいしチーズの温度も気を付けないとしつこくなってしまうんだとか。

 その辺りの注意事項をメモらせてもらった結果、かなり良い状態のおつまみに仕上がった様だ。

 さてさて、お次に行こうではないか。


 「お次はこちら、焼き鳥です! かな~り意外だったんですけど、ライトボディやミディアムボディのワインってタレ系の料理と合うらしいですね? 飲んだ事がないのでイメージしにくかったんですけど、なんでもお好み焼きとか焼きそばみたいな粉物でも合うって言われました。 でもこの辺りは好みによるらしいので、今回は“一品軽く”って時に合うらしい焼き鳥です! コンビニの冷凍食品なんですけど、油を使わないでフライパンで作る方法を伝授されたので、今回はソレで焼いてみました!」


 結構表面はパリッって感じに焼けたと思うのだが、あまり料理をしないので自信はない。

 それこそ配信が始まる前までじっくり焼いていたので、試食する時間が無かった。

 はてさて、どうなるか……。

 なんて不安そうな表情を浮かべる私に対して。


 「んまっ……ぁ、ごめ」


 掌を合わせながら、いつも通りスマホに文字を並べこちらに向けてくる。


 『意外だったけど、かなり合う。 いつも乾きモノで飲んでたけど、こういうのも悪くないわ』


 その文章を見て、思わずガッツポーズを浮かべた。


 「うっしゃぁ! 皆さま聞えました!? 思わず声が出るくらいに上手くいったみたいです!」


 コメント欄に『お兄さんの声久々に聴いたわ』とか『旨そう、というか飲みてぇ』なんて言葉が大量に流れ始め、思わずニヤニヤしてしまう。

 ハッハッハ、今日も飯テロを喰らうが良いさ。

 ちなみに、料理の写真は当然放送画面に乗っけている。


 「そんでは最後に~コチラ! ドン!」


 最後の写真を乗っけてみれば、リスナーからは様々な反応が。

 うん、教えてもらった通りだけどやはり好みがかなり分かれる代物の様だ。

 好き嫌いというか、合わせるワイン云々の問題で。


 「はい、色々とコメント貰っていますコチラ。 “鉄火巻”でございますが……やっぱり賛否両論分かれますよねぇ。 私もお魚には白ワインを飲んでいるイメージがあって、かなり意外でした」


 何でもこちらの鉄火巻、本来ならミディアムボディ以上のワインと合う代物らしい。

 そもそも新鮮な魚とワインを合わせるイメージがあんまり無いのだが、そこは私の浅知恵ゆえなのだろう。

 なんたって、マグロとワインは合うと断言されてしまった程なのだから。

 そんでもって、この鉄火巻。

 今お兄ちゃんが呑んでいるライトボディのワインに何故合わせようかと思ったかと言えば。


 「なんとですね……あ、コレも聞いた話なんで自慢げに語ってごめんなさい。 えっと、お寿司屋さんなんかで食べる鉄火巻にはミディアムボディ以上が抜群に合う、らしいです。 でもコンビニで売ってる鉄火巻って……こう言っては何ですけど、新鮮さや濃厚さって意味では色々と劣りますよね? だからこそ、ライトボディの方が合うらしいんですよ」


 コレも個人の感想だし、人にもよるって釘は刺されたが。

 それでも確かに納得してしまった。

 どうしたって専門業と比べれば劣ってしまうコンビニ系料理。

 そして中でも、お魚系というかお寿司系統はどうしたって陳列してから時間が経ってしまう為、色々と“浅い”。

 しかしながら、だからこそライトに合わせるならコレ。

 あっさりと飲みやすく、サラッと飲めてしまうライトボディ。

 本来は“濃い”ワインと合うとされる赤身魚だが、コンビニに並んでいるモノではどうしても“負けてしまう”んだとか。

 だからこそ、ワインも“軽い”モノを選ぶ。

 そうする事で、お互いに邪魔をしない味わいが楽しめるんだとか。

 勿論銘柄によっても変わって来るからと、色々注意事項を教わったが……やっぱりワインって難しい。

 なんて事を語りながら、再び兄の方を振り返ってみれば。


 「……っ!」


 グッと親指を立てながら、ムシャムシャ食べていた。

 とんでもなく良いリアクションをするとか、良し悪しの文章を見せてくるのではなく。

 普通に食べて飲んでを繰り返していた。

 どうやら、非常に気に入ったご様子。

 そうだよね。

 気に入っちゃえば言葉を発したり文章を残したりする前に、とにかく食べちゃうよね。

 思わず微笑みを浮かべながら、こちらもグッと親指を立てて返事を返すのであった。


 「凄いですよ! 言われた通り、コンビニ鉄火巻とは結構合うみたいです! 銘柄にもよるんでしょうが……お兄ちゃんちょっとワイン見せて? ソレなんてヤツ?」


 そんなこんなありながら、今日も私の“お仕事”は進んでいく。

 本当に、昔じゃ考えられなかった生活だ。

 何たって、喋って、楽しんで、好きな事をしながらお金を稼いでいるのだから。

 こんな世界があるなんて想像も出来なかった、私なんかに出来るとは思ってもみなかった。

 でも今、私はその世界に身を置いている。

 どれもこれも、何をやるにしても応援してくれたお兄ちゃんのお陰だ。

 時には大変な事もあるけど、それでも。


 「あぁもう! 私も早くお酒飲めるようになりたーい!」


 楽しいんだ、生きている事が。

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