第19話 焼き鳥屋とウイスキー


 「おい、バイト」


 「はいっす!」


 もうバイトでは無いんだけど、店長は未だに俺の事をそう呼ぶ。

 なんかもうその呼び名で馴染んでしまったらしい。

 まぁ俺自身も呼ばれ慣れているせいで、普通に返事を返してしまう訳だが。


 「そこ、ちょっと右に曲がれ」


 「へ? あ、はい。 了解っす」


 今は店長のワゴン車で肉の買い出しが終わった所。

 肉の見方や取引先なんかを色々と教えてもらい、更には俺の紹介を兼ねているらしい。

 そんな訳で、連日昼間から夜まで働かせてもらっている。

 拘束時間は結構長いが、休憩も多いし何よりマジで跡取りに考えてくれているらしいので、不満などある訳がない。

 そんでもって、運転はもっぱら俺の担当となった。

 何と俺でも運転できるように、保険まで変更してくれた徹底ぶり。

 あまり車の運転に慣れていないとは伝えたが、「これから必要になる、今から慣れとけ」って事でハンドルを握らせてもらっている。

 最初は店長の車を借りている事と、大袈裟かもしれないが店長の命を預かっている身になっているんだとガチガチに緊張していたが。


 「力抜け、そんなんじゃ余計あぶねぇぞ」


 とかなんとかフッと笑われてしまい、ノロノロ運転からスタート。

 今では普通に運転できる程度にはなって来たが、最初から今に至るまで店長は何も言わずに助手席に座り続けた。

 更にはたまに居眠りをするようになった。

 それだけ俺の運転を信用してもらっていると考えると、何かこう無性に嬉しくなってしまうのは、やはり俺が大袈裟なのだろうか?


 「んで、こっちに何かあるんですか? 新しい仕入先とか?」


 「いや、ちょっと知り合いの所に寄っていくだけだ。 バイト、焼き鳥は好きか?」


 「好きっす!」


 「なら、飯は買って帰るぞ」


 短い会話をしながら一軒の焼き鳥屋にたどり着くのであった。


 ――――


 「ほへぇ……綺麗な店っすねぇ。 焼き鳥屋っていうより、バーみたいな」


 「やけに見てくれを気にする奴でな。 まぁ味は良いから期待しろ」


 「はぁ」


 ドスドスと店内へと入って行けば、後ろからはやけに周囲をキョロキョロするバイトが付いてくる。

 まぁ、気持ちは分かる。

 俺もコレが全く知らない奴の店だったら気後れしてしまうかもしれないって程、拘った店内。

 バイトの言う通り、居酒屋ってよりはお高いバーのイメージがある。

 だが、安いのだココは。

 そこらの居酒屋で飲むよりずっと。

 それこそ、ウチの店の料金設定もココの店主に相談したくらいだ。

 しかし、問題が一つあるとするならば。


 「あらぁ、相変わらず時間通りねぇ焼き肉屋」


 カウンターの向こうから、やけにねちっこい言葉を投げかけてくるバーテン服の男性。

 メッシュ……で良いんだったか?

 前髪の一部だけ銀髪にしたオールバックスタイル。

 俺と同い年とは思えない程、若々しい見た目の男が身を乗り出していた。


 「おう、オカマ。 来たぞ」


 「オカマじゃなくてオネェだって言ってるでしょ?」


 「違うのか?」


 「違うわよ」


 俺が人の事を適当な名前で呼ぶためか、コイツは俺の事を“焼き肉屋”と呼ぶ。

 そんでもって男子校に居た時からの友人であり、今ではお互い店を持って色々と語り合える仲になっている訳だが。

 やはり見た目と性格の差が激しかったのか、後ろに付いて来たバイトはポカンと口を開けたまま固まってしまった。


 「一応紹介しておく、焼き鳥屋の店主のオカマだ。 一応高校の時からの顔見知りだ。 んで、こっちはこの前色々相談させてもらったウチの正社員のバイトだ」


 「アンタ、相変わらず適当に喋ってるわね?」


 「伝わらんか?」


 「いや、バイトって呼んでる正社員の子って事は分かったわ」


 「なら良い」


 なんて会話をしながらちょいちょいっと人差指で手招きしてみれば、相手は「はいはい」と言わんばかりのため息を溢しながらビニール袋をカウンターの奥から引っ張り出して来た。


 「焼き鳥詰め合わせ、いつも通りのを二人前。 まいどぉ」


 「おう」


 それだけ言って商品を受け取り、代金を払って帰ろうとしたその瞬間。


 「めっっちゃ格好良いですね! いや、この場合綺麗だって言った方が良いんでしょうか? 顔良し、スタイル良し、髪型も服装もバリッと決まってるっつうか! すげぇ、普通のバーに行ってもこんなビシッとした人見ないですよ!」


 やけに興奮した様子で、バイトが声を荒げていた。

 ふむ、バイトはこういうタイプに抵抗がないのか。

 普通なら引くか戸惑うかって反応が多いんだが。


 「あらぁ、ありがと。 随分良い子拾って来たじゃない、焼き肉屋。 ウチに欲しいわ」


 「やらん」


 向こうも向こうで気に入ったのか、おいでおいでと手招きしてカウンターに座らせている。


 「おい、早めに帰らねぇと肉が傷む」


 「すぐ終わるから待ってなさいよ。 この時間にアンタが来るなんて仕入れの帰りだって分かってんだから」


 なんて事を言いながらオカマは奥に引っ込んで、すぐさま戻って来た。

 その手に、二本の焼き鳥を持って。


 「はい、お試し品。 食べて見て? 評判が良いなら、今度店に出そうと思ってるの」


 そう言ってから、俺とバイトの手に一本ずつ串焼きが渡された。

 刺さっているのは、どう見ても肉厚の豚肉。

 “焼き鳥”屋の筈だったのだが? なんて首を傾げてみれば。


 「“友情出演”ってやつで、鳥以外が登場しても良いじゃない? 結局美味しく食べて、美味しいお酒が飲めればなんだって良いのよ」


 フフンッと笑みを作りながら、カウンターに肘をつくオカマ。

 まぁ、なんでも良いか。

 とりあえず食って感想を寄越せって事なのだろう。

 という訳で、まずは一口――。


 「うめぇぇ! 何すかコレ! 豚の照り焼きなのに、全然油がしつこくない無いって言うか。 変に口に残る感じもないのに、しっかり照り焼きの味がする!」


 俺が食う前に、バイトが食レポを始めてしまった。

 いつもの事か……なんて思いながら、こちらもバクリ。

 ふむ。


 「随分手間かけたみてぇだな。 いや、手を加える事はそこまででもねぇかもしれねぇが、時間は掛かってんだろ」


 そう呟てみると、オカマは満足そうにンフフーと気持ちの悪い笑みを浮かべた。


 「二人共良い感想残してくれるわねぇ、流石は焼き肉屋。 それからバイト君も、実に良い感想で。 それはね、干し肉みたいに表面の水分を落としてみたの」


 「干し肉? ビーフジャーキーとかっすか?」


 思いっ切りバイトが食い付いてしまった。

 いかん、コレは時間がかかるかもしれん。


 「大丈夫よ、すぐ終わるわ」


 考えている事が顔に出たのか、ニコッと笑みで返されてしまった。


 「普通の干し肉はココまで厚く切らないわ、ソレは中まで乾燥させる為。 調味料や、もっと初歩的な作り方だと塩のみ。 ソレをひたすら揉みこんで徹底的に乾かす。 バイト君が言っていたようなジャーキーは、その後燻製機に放り込むって工程があるんだけど。 まぁカラッカラになる程じゃない、普通の干し肉の一歩手前って感じかしら?」


 「ふむふむ」


 やけに熱心に耳を傾けるバイトにため息を溢してから、俺もカウンターに腰かけた。


 「今回はソレを中途半端に終わらせた状態で炭火に当ててみたの。 一見腐りそうとか思われるかもしれないけど、表面の水分を落とした状態で油は凝縮する。 でも中心には豚肉の水分も油もしっかり残った状態。 ソレを炭火で中まで火を通す。 下味は付いているしそのままでも美味しいんだけど、今回は照り焼きのタレを塗りながら焼いてみたって訳。 どう?」


 「滅茶苦茶うまかったっす!」


 全力で肯定するバイトに満足気な表情を浮かべるオカマだったが、俺としては一言いっておきたい。


 「それだと、手間が掛かる上に売れなかった場合の廃棄が結構な数になるんじゃないか? 乾かして一番良い状態で調理場に運んだとしても、その場で完売しない限りはキツイ。 放っておけば味は落ちるし、下手すりゃ腐る。 早い段階ではただの豚焼きと変わらなくなる気がするが」


 「そこなのよねぇ……だから、完全オーダーで作るとかにしょうかしら」


 「それ、手間しかなくねぇか?」


 「そう言われると思ったわ……」


 はぁぁ、と溜息を溢しながらオカマはカウンターに突っ伏した。

 やはり、俺が思いつく事くらいは予想済みだったらしい。

 だがまぁ、しかし。


 「旨いには旨いがな。 干し肉の工程のみを半端に取り入れるってのも面白い。 表面は変に脂っこくなく、照り焼きの香ばしい香りと味。 そんでもって噛みしめれば豚肉の旨味が出てくる。 酒には合うだろうな」


 「でしょう!?」


 ガバッと起き上がるが、結局商品化するには問題が多いという結果には変わらないので、再びグデッとカウンターに突っ伏した。

 魚の天ぷらとかが回転寿司で流せないのと一緒だな。

 鮮度と時間のバランスが非常にシビア過ぎるのだ。

 天ぷらならまだ注文が入ってから揚げる事は出来るが、こっちは完全に無理だ。

 注文が入って、一晩近く待てとは流石に言えないからな。


 「うーん……結構力作だと思ったんだけどねぇ」


 「商品化って考えると厳しいかもですけど、滅茶苦茶旨いっすよコレ!」


 「ありがと、バイト君。 コレは特別なお客様が来るときの裏メニューって事にしておくわ」


 やけにウチのバイトを気に入ったのか、オカマは緩い笑みを浮かべながらその他試作品をお土産に渡して来た。

 後で感想を聞かせろと言われたが、まぁ気が向いたら電話してやろう。

 味の感想だけなら、バイトがベラベラ喋るだろうしな。

 なんて事を考えながら、残りの串焼きも口に放り込む。

 あぁくそ、酒が飲みてぇ。

 コレに合わせるならなんだ?

 日本酒や焼酎も合いそうだが、変にねちっこくないし鼻に抜ける香りも悪くない。

 それこそ最近バイトがハマっているワインも、銘柄を選んでやればかなり合うだろうし。

 そんな事を思いながら、結局試作品を幾つか頬張る事になったのであった。


 ――――


 「ご馳走様でした!」


 「また来る」


 そんな台詞を残す二人を送り出してから、ふぅとため息を溢した。


 「あの仏頂面で不器用な“焼肉屋”が弟子を取ったかと思えば……なるほど納得って感じだわぁ」


 煙草に火をつけ、フゥーっと吐き出してからグラスに少量のウイスキーを注いだ。

 最初見た時は、正直戸惑った。

 外見的に。

 大丈夫なの? なんて思ってしまった訳だが。

 だというのに、食事……というよりおつまみを出した瞬間雰囲気が変わったのだ。

 同じような調子で旨い旨いと串焼きを頬張っていたが、アレはどこまでも味を研究しようとしていた様に思えた。

 どうしたら旨くなるのか、どういう工程を踏めばこういう味になるのか。

 ソレを探る為に、軽い調子で声を掛けてくる。

 なんともまぁ末恐ろしい子だ。


 「だからこそ、なんでしょうねぇ。 あそこまで熱心に技術を盗もうとされれば、作った側としては嬉しいわよね。 ホント、良い子見つけたじゃない。 焼き肉屋」


 今まで一人で店を支えて来た彼がバイトを取った事でさえ驚いたのに。

 今度は正社員にしたいと言い出したのだ。

 世間体や本人に催促された訳でも無く、自ら“コイツの人生を保証してやりたい”と言いだしたのだ。

 随分と驚かされたが、実際に見てもっと驚かされた。

 人は見た目じゃないってのを、まさに形にした様な男の子。

 あれは、非常に“面白い”。

 どこまでも真っすぐに“味”を探求し、他の店から“旨い”を奪う事に躊躇が無い。

 きっと、今日帰ってから私が作った串焼きなんかも試す事だろう。

 そしてきっと、アイツと一緒に合わせる酒でも選ぶのだろう。


 「あぁ~いいなぁ……私の店にも、あぁいう子欲しいぃ……」


 なんて事を呟きながら、今日も一人ウイスキーのグラスを傾けるのであった。

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