第20話 旅の予定
「いらっせいませぇぇい!」
「らっしゃい。 カウンター、空いてるぞ」
行きつけの焼き肉屋に顔を出してみれば、見慣れない顔の若い子が元気にいらっしゃいませしてくれた。
はて? 誰だろう。
いや、店長と同じエプロン着ているから店員さんだという事は分かるんだが。
この店で店長以外の店員を初めて見た気がする。
なんて事をしながら、先輩と一緒に店員さんをガン見していると。
「あ、もしかして常連さんですか? はじめまして! 今まで片付けとかだけだったんすけど、最近店にも立たせてもらえる様になりました。 今後ともよろしくお願いいたします!」
随分と元気に挨拶しながら、サラリーマンもビックリな綺麗なお辞儀をかます店員さん。
やけに派手な見た目はしているが、礼儀正しい雰囲気が伝わってくる。
「~~っす!」というのは多分癖なのだろう、まさに若い店員さんって雰囲気で全然嫌な感じも受けないし、むしろ焼き肉屋としては合っている気さえしてくるから不思議だ。
「今後はソイツも注文を取りに行ったり、飯を作ったりすることもあるだろうよ。 覚えてやってくれ、ウチのバイトだ」
「あ、バイトさん雇ったんですか」
へ~っと興味深そうに視線を投げる先輩に対し。
「はい! この度正社員にして頂いた“バイト”っす! お見知りおきを!」
再びビシッとお辞儀を返して来るバイト……正社員? ん?
どっち?
俺も先輩と一緒に首を傾げながら、二人に対し交互に視線を送っていると。
「ではでは、こちらの席へどうぞ。 カウンター二名様ご案内でーす!」
「おう」
結局詳しい説明を頂けないまま、俺達は店長の目の前のカウンターへと案内された。
腰を下ろしてみれば、何だか隣で嬉しそうにしている先輩が。
「どうしました?」
「ん? いやぁ、私もカウンターにご案内されるくらい馴染んだんだなぁって」
あぁ、なるほど。
この店の店長は、気に入ったお客さん以外カウンターに座らせない。
それを気にしていたのか、初めてのカウンター席にご機嫌な訳だ。
「良かったですね、先輩。 今日は店長も機嫌が良いみたいですし」
「そうなの?」
「えぇ、ちょっと雰囲気が柔らかいですよ?」
「う~む、わからん。 私もまだまだという事か……」
なんて事を喋っていると、目の前にコトッと小さな音を立てて二人分の皿が並べられた。
あれ? まだ何も頼んでないんだけど。
「今日は馴染みの店から色々“試作”を貰って来てな。 感想を聞かせてくれ」
そんな事を言ってから、まるでお通しとばかりに俺達の前には“串焼き”が並べられた。
一皿三本ずつ、更には全て種類が違う。
いいのだろうか? と店長の事を見上げてみれば。
「構わねぇよ、こっちも意見が欲しくて出してるんだ。 金は取らねぇ。 あと、お前さん達好みの酒とか選んでみてくれ。 サービスはする」
フンッと鼻を鳴らしながら、店長は店長で他のお客さんに提供するのであろうお肉様を準備し始めてしまった。
まぁ、頂いて良いという事ならご馳走になりましょう。
という訳で、一本目。
「豚串? で良いんだよね?」
そう呟きながら、俺が手に持った物と同じ品を先輩が先にパクリ。
そして、カッと目を見開いた。
「美味しい! なにこれ! ギュッと旨さが凝縮してる感じがするのに、噛めば噛むほどじわーってくる!」
ほうほう、では俺も。
ガブリと齧りついてみれば、先輩の言う通り凝縮されたかのような旨味と炭火の良い香りが鼻に抜ける。
更に噛みしめてみれば、肉の中心からはジューシーとも言える肉油が舌を満足させてくれる様だ。
旨い、この一言に尽きる。
「珍しいですね、乾燥肉試したんですか? 表面だけ乾かしてる気がするんですけど」
「へぇ」
感心したように店長が呟いた後、スッと名刺を差し出して来た。
「コイツが作ったんだよ。 ただ品を出すタイミングが難しいモンだから、食いたけりゃ予約してから行け」
「あ、どうも」
そんな訳で、やけに高そうな見た目の名刺を頂いてしまった。
店長のお知り合いの店……って事で良いのだろうか?
名刺からして、既にお高そうな雰囲気なのだが。
などと思いながら名刺をまじまじと眺めて居ると。
「あのぉ、どうでした? まだ最初の一本目で聞くのもなんですけど、何と合いそうって思います?」
先程のバイト君が、俺達の横から顔を出した。
見た目からしてグイグイ来そうなタイプだなぁとは思っていたが、目がマジだ。
なんか、探求心の塊みたいにギラギラした眼をしている。
「えぇっと、そうだなぁ……まず間違いなくビールには合う、あと焼酎やチューハイなら邪魔をしないからガツガツいっちゃいそうかな? ただゆっくり楽しむならワインとか、甘口の日本酒なら合う気がするなぁ……変に脂っこくもないし。 口の中に変に残らない油って言ったら良いのかな?」
「ですよね! 串焼きなんで何にでも合うって言っちゃえばソレだけですけど、サラッと飲める系の方が合いそうっすよね!」
やけに嬉しそうにしているバイト君が、俺の隣でウンウンと頷いておられる。
「ただ、そうだなぁ」
「ほい?」
う~むとコチラも首を傾げて、もう一口串肉をパクリ。
うむ、旨い。
しかしながら。
「タレを塗って焼く前に、一度燻製機に入れたらどうなるんだろうなぁって。 本当に香り付け程度でも良いんだけどさ。 あの香ばしい香りとかが口に広がって、この肉の旨味が出せるなら……ウイスキーとか飲みたくなりそう」
そんな事を呟きながら最初の串肉を頬張る。
照り焼きのタレを焼きながら塗っているので、非常に香ばしい。
旨い、旨いんだが。
もう少し別の味も出せそうな気がする串焼きなのだ。
好みは別れてしまうかもしれないけど、燻製肉のあの香りがジワリと残る様なら……うん、やはりウイスキーが呑みたくなりそうだ。
「お客さん、お酒に詳しそうっすね……」
「いやいや、俺なんか知ったかぶりなだけだよ。 基本安酒ばっかりだし、好きな酒に料理を合わせるのが趣味ってだけ」
何故か凄く期待の籠った瞳を向けられてしまい、思わず両手を振って否定した訳だが。
「ねぇねぇ、何頼む?」
早く次が食べたいらしい先輩が、メニュー表をこちらに押し付けて来た。
とはいえ、次の串は……。
「コレは……なんというか。 女性向け?」
「これならどんなの頼む?」
「サワー……と良いたい所ですけど、これは甘い物慣れしてない人がとりあえずコーヒー頼むみたいな“逃げ”ですかね」
二本目の串焼き。
見るからにさっぱりしている。
しゃぶしゃぶの様な見た目の薄い豚肉にシソと共にトマト、アスパラ。
更にはアボカドなどなど各種が一本になっている。
これは、何を合わせれば良いのだろう?
一度食べて見てから決めれば良いかとばかりに齧ってみれば、やはり口の中にはさっぱりとした味わい。
肉自体もただ煮て油を落とすだけではなく、出汁などで火を通しているのだろう。
更には調味料を付け、炭火で軽く炙っている。
非常に旨い、旨いのだが。
「う、う~ん。 日本酒? いやでもそれだと味が負けるか? こういうのあんまり頼まないからなぁ……」
なんて頭を抱えはじめた頃。
「店長、グレープサワー下さいな」
「あいよ」
先輩が、俺よりも先に注文し始めた。
しかも、随分と甘いお酒を。
「グレープサワーですか」
「ん、多分甘い系の方が合うかなって」
そんな事を言いながら店長からグレープサワーを受け取り、また一口齧ってからチビリとお酒を傾ける。
そして。
「うん、んまい。 確かに女性向けって言って良いのかもしれないね、ジュースみたいに飲めるお酒とよく合う。 後に引く甘さをおつまみでさっぱりさせる感じ。 いつもとは逆だね」
なんて事を言いながらグラスを傾け、再び串焼きを齧る先輩。
なるほど、そういう飲み方もあるのか。
料理にお酒を合わせるのではなく、お酒に対して料理で後味を調えるというか。
ちょっと面白そうだ。
「店長、俺ラムコークで」
「あいよ。 ……俺も試してみるか」
そんな訳で、皆して甘いお酒を飲み始めてしまった。
結果。
「いいですね、口に残る甘さが食べる事でさっぱりする感じ。 確かにいつもとは逆のイメージです」
「でしょでしょ?」
口の中に残る甘さ、ソレをさっぱりとした豚肉と野菜各種が洗い流す感じ。
コッテリ系からのお酒で口内をスッキリさせる飲み方を繰り返していた俺としては、この食べ方……というか飲み方? は非常に面白い。
そんな訳で色々と感想を言い合いながら、残る串焼きは最後の一本。
コレは、どう見ても……。
「「日本酒で」」
「だよな」
「イメージとしちゃ分かりますけど、ワインとも合いますよ?」
各々口を開いては居るものの、目の前にあるのはどう見ても角煮。
しかも非常に美味しそうなプリップリの角煮様が串に突き刺さっているのだ。
もう色んなお酒に合いそうだね、何に合わせて食べても美味しそうだよ。
なんて事を思いながら、俺たちは“焼き肉屋”で何故か“串焼き”を楽しんだ。
これは、店長さんの紹介された店に行ってみるのも悪くないかもしれない。
色んな串焼きが食べられそうだ。
とか何とか考えている間に、結局食事は焼肉へと進んでいく。
以前同様のメニューを頼みながら、また違うお酒を注文して行く。
安くて旨い。
このコンボはもう、最強だよね。
「そういえばさ、週末どこ行く? もうすぐそこなんですが」
「うっ……」
思わず唸り声を上げてしまった。
週末に出かけると約束したものの、全くプランが出来ていない。
色々調べては見たものの、今まで大した経験がある訳でもない俺には、会社で作る企画書以上に難関の作業だった。
「お、どこか行くんですか?」
無言の圧に苦しめられている俺を救ってくれたのは、先ほどから忙しく配膳作業を繰り返しながら、暇が出来るとこちらに顔を出すバイト君。
「どこか行こうって話してはいるんだけど……行き先が決まらなくてですね……」
「あぁ~なるほど。 デートプランに苦戦していると」
「い、いやデートというか……」
「であれば、キャンプとかどうです? とは言っても、本格的な奴じゃなくてコテージとか借りる奴なんですけど。 お客さん料理とお酒には詳しそうだし。 遊びに行くのとゆっくりするの間って感じですかね? 日帰りで電車とタクシーで行ける様な所、結構ありますよ?」
「ちょっと詳しく」
そんな訳で、バイト君に近場……と言って良いのか分からないが。
日帰りで行けそうなスポットをご教授願う事になった。
「妹に色々経験させてやりたくって、結構回ったんですよ。 お勧めっすよ、特にここ。 材料さえ持って行けば、後は手ぶらで問題なしっす」
「おぉ……これはまた、大自然」
「でもちゃんと整備されてるんですよ? 周りはマジで森っすけど、過ごす範囲はちゃんと手入れされた環境っす」
スマホ片手に色々紹介してくれる彼に、店長は呆れたような笑みを浮かべ、先輩は俺と一緒に画面に釘付けになっていた。
「ココ! ここ行こう! バーベキューというか、外で炭火で自分達で焼く! いいじゃん!」
「であれば、ネット予約なら今からでも出来ますよ。 肉ならウチでも用意できますし……良いですよね? 店長」
「おう、その日の朝に買いに来い。 色々用意しておいてやる。 あぁいや、現地に送ってやるから住所寄越せ、手ぶらの方が楽だろ。 野菜も一緒に送っておいてやるよ」
なんだか、偉い事になってしまった。
行きつけのお店まで巻き込んで、週末はキャンプに決定。
色々と申し訳ない感じになってしまったが、バイト君がイキイキした様子でどんな肉が良いかを選び始めてしまった。
そして店長さえも、合わせる酒やら何やら選び始めている始末。
そんでもって「これくらいになるが、良いか?」と渡された請求書には、随分と安い金額が記されていた。
それこそ、普通の居酒屋に2~3人程度で行った時くらいの金額。
しかも、送料込み。
「ヨロシクオネガイシマス……」
という訳で、週末は田舎に日帰りバーベキュー。
良いのかコレで? せっかくのデートなんだけど、コレで良いのか!?
なんて思いながらも、楽しそうに予定を考える先輩を見ていたらどうでも良くなった。
こういうのは結局、楽しんだ者勝ちなのだろう。
それに、俺達にはこっちの方が合っているのかもしれない。
自分で作って、美味しいご飯を食べて。
そんでもってお酒なんか飲めたら最高じゃないか。
「日帰りにはなりますけど、楽しみましょうか」
「だね!」
高級ホテルでディナーだとか色々考えたけど、俺達みたいな金無し暇なしにはこっちの方が合っているのかもしれない。
たまの休日、ちょっとだけ贅沢しながら普段とは違う環境で美味しいモノを食べる。
うん、想像しただけで楽しそうだ。
それに俺達の場合、無理して高い物を食べるより、自然体で美味しい物を“作る”方が性に合っている気がする。
変に無理して高い所へ連れて行っても、先輩も困惑するかも……というか怒られるかもしれないし。
という訳で、次の休みには大自然の中でバーベキュー。
多分俺達の場合、炭火で色々なおつまみを作る感じにはなりそうだが。
「これで良かったですか?」
「大満足です」
「なら良かった」
そんな事を言い合いながら、俺たちはグラスを傾けた。
やはり、この店は旨い。
ご飯もお酒も、何の気兼ねなく食べられるし飲む事が出来る。
こういうのをきっと、庶民の味方って言ういのだろう。
「何が届くかは楽しみにしておけ」
「色々選りすぐり送っちゃいますから、楽しんできてください!」
二人に笑みを送られながら、俺たちはいつものメニューを注文するのであった。
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