第21話 手作りチャーシューと明日の味噌汁


 「いやぁすみません急に。 お爺さんの本読んでたらどうしても作りたくなってしまって」


 「いえいえ、これくらいならいつでも呼んで下さい」


 とか何とか緩い感じに会話をしている訳だが、現在いる場所はケーキ屋の店員のお家。

 今日のお昼、大学の食堂でまったりしていたら「見つけた!」という大声と共に走り寄って来た彼女。

 大学内で遭遇する事自体が珍しいので、思わずポカンと間抜け面を晒してしまった訳だが。


 「今日って暇ですか!?」


 「あ、はい。 仕事とかは特に入っていませんけど」


 「じゃぁ一緒に料理しましょう! コレ、コレ食べてみたいんです!」


 そういって突き出されたのは爺ちゃんが書いている小説。

 開かれたページには、調理中の描写が描かれていた。

 あぁなるほど、この辺りは確かに作ってみたくなるよね。

 なんて、一人納得しながら彼女の提案を承諾した訳なのだが。


 「すみませんホント……ブロック肉買って来たまでは良かったのですが、お高いお肉を失敗するのが怖くて……」


 「え、コレ高かったんですか?」


 彼女が用意したのは……まぁ普通のブロック肉。

 それなりに大きいが、驚く程ではない。

 それにそこまで高級肉って程でもなさそうなのだが……とは思った物の、パックに記された値段を見て納得した。


 「もしかして、普通のスーパーで買いました?」


 「え? それ以外にどこかで買える物なんですか? むしろこういうデッカイお肉が見つからなくて、何軒か梯子したくらいなんですけど」


 僕達が今から作ろうとしているのは、チャーシュー。

 おつまみで売られているヤツとか、ラーメンにちょびっと入っている様な薄っぺらいヤツではなく、とにかく分厚いモノ。

 ソレを豪快に食している描写が小説にあった為、是非とも食べてみたいとお呼ばれした訳なのだが。


 「確かに普通のスーパーだと、ブロック肉ってあんまり置いてないんですよね。 あったとしてももっと小ぶりとか」


 「うんうん。 なので見つけた瞬間即買いしました」


 「みたいですね。 でも、この近くにも業務用スーパーってあるじゃないですか」


 「あぁ~確かあったかな? 多分。 入った事ないけど。 業務用スーパーって一般人入って良いの?」


 その感覚も分からなくはない。

 正直、僕も最初はどうしたものかと悩んだことはあった。

 しかし。


 「昔は一見さんお断り、みたいな所も結構あったみたいですけど。 最近の業務スーパーは大抵大丈夫ですよ。 それに“一般のお客様歓迎”とか、どこかしらに書いてあると思います」


 「へぇ、そうなんだ? それで、業務スーパーって何が違うの? 量が多いイメージしかないんだけど」


 ふむふむと頷きながらも、可愛らしく小首を傾げる店員さん。

 ふっふっふ、驚愕するが良いさ。


 「ちなみにこのサイズの豚肉なら、多分五百円くらいで買えます」


 「ご、ごひゃっ!?」


 驚愕の余り目を見開く彼女に、思わず笑みが零れてしまう。

 そうだよね、そうなるよね。

 だって普通のスーパーのブロック肉って凄く高いんだもの。

 近くて色々な物が揃っていて便利、という安心はあれど。

 こういった普段使わないサイズの物や、まとめ買いして長期で使うという物に関しては業務用スーパーの方が断然お得なのだ。


 「この……お値段はもはや言いませんが、コレくらいのサイズだとむしろ小さいって売れ残る対象になるくらいですかね。 本当に世界が違うって気持ちになりますよ。 男数人でお腹いっぱい食べても、千円いかないとかザラですから」


 「私はオアシスを見逃していた……」


 ガックリと項垂れる彼女に対して、まぁまぁとばかりに肩を叩いてみれば。


 「お孫さん! 今度デートしましょう!」


 「……はい?」


 「業務用スーパーデートです! 正直に言いますと私一人だと混乱しそうなので、付いて来て下さいお願いします!」


 「……承りました?」


 良く分からないが、今度一緒に業務用スーパーに行く事になったらしい。

 これは、デートなんだろうか?

 まぁいいか。


 「さて、それじゃ早速作りましょうか」


 「お願いします!」


 そんな訳で、僕たちはおつまみチャーシュー作成に取り掛かるのであった。


 ――――


 まずはネギの青い部分を適当な大きさにカット。

 そしてニンニクを薄くスライス。

 次に、用意したデッカイお肉様にフォークや包丁などで表面にプスプスと穴を空ける。

 コレをやるかやらないかによって結構沁み込む味が違うと説明してみれば、彼女はフムフムと難しい顔をしながら頷いてくれた。


 「ちなみにこのお肉っていつ買って来ました?」


 「昨日の夜ですね。 冷凍保存して今日に至るって感じです」


 「ふむ」


 一週間程度凍らせたままとかって言う訳ではないので、問題はないとは思うが……。


 「ダメ元で聞きますけど、赤ワインとかってあります?」


 「ありますよ? お菓子作りによく使うので」


 「おぉ、流石ケーキ屋さん」


 そちらも用意してもらってから、ブロック肉をフライパンに放り込み。

 ジュージューと良い音を上げながら香り立つお肉様を、トングでクルッとひっくり返してみれば。

 うん、良い焼き色。


 「小説を読んでいる時も思いましたけど、チャーシューって最初焼き色をつけるんですねぇ。 角煮みたいに煮るだけかと思ってました」


 「どうしても表面をしっかりとさせておかないと、ラーメンとかの汁物と合わせた時に崩れちゃいますからね。 他にも理由があるのかも知れないですが、僕はそれくらいの認識です」


 「深く考えずにも美味しい料理が出来るって、もう才能の域ですよねぇ……」


 「いや、ホントに大したモノじゃないですよ? 僕程度なんて」


 なんて事を話しながら、表面に焼き色を付けたブロックにネギとニンニクを追加。

 軽く炒めながら、料理酒、チューブの擦り下ろし生姜、更には水を加える。

 後は煮立つまで放置。

 なのだが。


 「ガブッと食べられるチャーシューと、とにかく柔らかいチャーシュー。 どっちが好きですか?」


 「うっ……正直どっちも食べてみたいけど。 うぅ~ん」


 「了解です、両方作りましょうか」


 「そんな事出来るの!?」


 というわけで、ちょっと一手間加える事になった。

 水が沸騰し始めたらふたを閉め、弱火にして30分程煮込む。

 その後お肉を取り出し半分にカット。

 ここらから工程を変えて行こうではないか。

 片方は先程のお湯に戻し、火を消した状態のお湯の中で30分。

 もう片方は醤油、はちみつ、オイスターソースなんかを混ぜ合わせたタレをフライパンに投入。

 ゆで汁も加え、更には半分にカットしたブロック肉を投下し、中火で煮立たせる。

 一面だけ焦げ付かない様に、そして味が全体につく様にブロック肉をトングでひっくり返したりして、トロミが出るまでひたすらに転がせば。


 「はい、こっちは完成です」


 「いやぁ……思った以上に早く出来てしまった。 あ、カットしちゃって良い?」


 「お願いします、僕はコッチの面倒を見るので」


 彼女に片方をお願いしてから、放置していた方の鍋に再び火を入れた。

 煮立たせてからまたしばらく煮込み、また火を落として先程の工程を繰り返す。

 角煮と同じように、煮てから冷ます。

 コレをする事によって随分と肉の柔らかさが変わるのだ。

 そして水分を多少減らし、フライパンに移した方と同じ調味料を加えながら赤ワインも加える。

 そしてこのまま煮込めば、こっちも完成となる訳だが。

 

 「あ、あの……こっちの出来上がった方は……」


 「あ、すみません。 どうぞ摘まんでいて下さい、こっちもすぐ出来ますんで」


 食べたい! とばかりに目をキラキラさせている彼女はすぐさま冷蔵庫へと走り、二本のチューハイを持って帰って来た。

 そしてその片方を僕に渡して来る。


 「頂いちゃって良いのでしょうか?」


 「せっかく作ったんですもん。 一緒に飲んでくれなきゃ寂しいです」


 「では、遠慮なく」


 そんな訳でまだ調理中にも関わらず、僕たちはお酒を頂く事になってしまった。

 缶チューハイだから、乾杯してもあまり良い音は鳴らなかったが。

 二人して苦笑いしながらも、一口お酒を含みチャーシューを摘まむ。


 「ん~~! 美味しい! まさにお肉を食べてるって感じ!」


 「こっちのチャーシューは、もっとゆっくり飲める触感になると思うので楽しみにしていてください」


 そんなこんなで、作っている間から飲み会が始まってしまったのであった。


 ――――


 「ふぉぉぉぉ」


 「如何でしょう?」


 目の前に並んだ料理。

 ザ・チャーシュー。

 しかしながらラーメンに乗っているモノや、コンビニで買う様なおつまみとは程遠い姿をしている。

 分厚い。

 兎に角分厚いお肉様なのだ。

 お爺さんの書いている小説に描かれていた料理の数々。

 しかし特に涎が垂れそうになったのが、この肉厚チャーシュー。

 麺に合い、ご飯にも合い、そしておつまみとしてそのまま食べても良し。

 そんなの食べたくなるじゃないか、お酒が飲みたくなるじゃないか。

 そんな気持ちでお孫さんを急遽攫って来た訳だが、コレは……テロだ。

 視覚と嗅覚、そして小説の料理を再現したのではないかと思われる程の綺麗な焼き色と盛り付け方。

 つまり、記憶さえも揺さぶられる料理が目の前に並んでいた。


 「食べましょう! 飲みましょう!」


 「えぇ、そうしましょうか」


 やけに興奮気味な私に対し、お孫さんはヤレヤレと困り顔を浮かべながら微笑みながらグラスを合わせる。

 チンッ! と耳馴染みの良い音を残しながら、まずはお酒を一口。

 普段よりちょっと強めのお酒を買って来てしまったが、意外と美味しい。

 これなら無理なく飲めそうだ。

 なんて事を思いながらも、まずは先程もつまみ食いした方のチャーシューをパクリ。


 「んんん! お肉! まさにお肉を食べてるって感じがします!」


 「そっちはさくっと作った方ですから、少しお肉が固めなんですよね。 でもお酒やご飯と合わせるなら全然問題なく食べられますよね」


 落ち着いた様子でチャーシューを摘まみながらグラスを傾けるお孫さん。

 だがしかし、こっちはそれどころではないのだ。


 「さっきより味が染みている気がします!」


 「やはり冷ますと味が染みるって奴ですかね」


 厚めにカットしたお肉はぎゅっぎゅっと噛み応えのある触感。

 だが噛めば噛むほど口の中に旨味が広がり、油肉はプリップリのトロトロになっている。

 何だこのコラボレーションは、暴力的じゃないか。

 チャーシュー独特の口に残る甘さ。

 しかしコンビニなどで売られているモノ程しつこくなく、肉厚なお陰でお肉の旨味の方が後味としては優っているとも言える。

 そんな中に、お酒を流しこめば……。


 「あぁ、今私贅沢してる……」


 「業務用スーパーなら、もっとお安くもっと多く贅沢が出来ますよ」


 「是非、連れて行ってくださいませ」


 「了解しました」


 なんて会話をしながらも、お次はもっと煮込んだお肉様に箸を伸ばす。

 もうね、持っただけで分かる。

 プリップリなのだ、箸を揺らすとお肉もぷるぷると揺れるのだ。

 これだけでも美味しいヤツだ。

 さっきとはタイプが違うが、こっちはこっちで絶対美味しい。


 「いただきます」


 柔らかチャーシューを口の中に放り込んでみれば。

 “溶けた”と言ってもおかしくないと思う。

 それくらいに柔らかいのだ。

 噛んだ瞬間に口内にブワッと広がる甘ダレの香り。

 そしてすぐさま無くなっていくお肉は、噛むというよりも“ほぐす”に近い。

 トロトロの角煮の様な柔らかにを兼ね備え、味はしっかりとチャーシュー。

 油肉なんか、間違いなく口の中で“溶けた”と思える。

 色んな衝撃で偉い事になっているお口の中に、再びお酒をグビリ。

 すると。


 「あぁ、駄目です。 コレはダメな奴です。 ずっと食べちゃいそうな上に、お酒が進み過ぎます」


 「時間は掛かりますけど、簡単で良いですよね。 何か作業しながら作れますから」


 「心配になって何度も見に来てしまいそうです……」


 「そこはまぁ、慣れです」


 再びお孫さんに困った様に笑われてしまったが、箸が止まりそうにない。

 どっちも肉厚で、コッテリとしたお肉だというのに。

 兎に角止まらない。

 お肉も、お酒も。


 「お野菜もどうぞ」


 合間に作ってくれたほうれん草のおひたし。

 茹でて、絞って、冷まして。

 更には鰹節とすりごま、そして醤油を掛けただけの代物。

 だというのに……。


 「合う……今ウチのテーブルの上は皆仲良しだ……」


 「ソレは良かった。 今日は協調性がある子達ばかりでしたね」


 私の訳の分からない言い分に乗ってくれるお孫さんは、多分滅茶苦茶良い人なんだろう。

 他の人が今の私を見たら引くと思う。

 それくらいに、美味しい。

 なんて事をやっていれば。


 「あ、すみません。 ちょっと電話が」


 「……もしかして彼女さんとかですか?」


 「い、居ませんよ! というか女性とお付き合いとかしたこと無いので!」


 なんか偉く慌てた様子で廊下へと出て行くお孫さん。

 怪しい。

 とかなんとか、思いっきり興味本位だが聞き耳を立てながらチャーシューを摘まみ、お酒を呷る。


 「あ、もしもし? どうしたの? へ? 海鮮? うん、うん。 あぁ~なるほど。 へぇ、キャンプ。 いいね、それだったら貝とか良いかもね。 網焼きで簡単、しかも豪華。 あとは魚関係だけど……そのお客さんは料理出来る人? あ、かなり出来るんだ。 なら心配ないかな」


 何か、私が心配していた様な内容ではないらしい。

 というかもしかしたら仕事関係? なのかな?

 お客さんがどうとか言ってたし。

 だとしたら、聞き耳を立てるのも良くないか。

 あまり聞こえない様に意識を逸らし、チャーシューとお酒に集中し始めた。

 その時。


 「あら? あらら?」


 なんだか、感覚がゆらっとし始めた気がする。

 確かに今日はいつもよりちょっと強いお酒だし、普段よりもパカパカ飲んでいた気がする。

 でも、こんなにすぐ来るか?

 別に吐きそうとかそういうのではないが、妙にフワフワして気持ち良くなってきてしまった。

 ありゃ、こりゃぁ不味い。

 とかなんとか頭では分かっていても、箸とお酒が止まらないのが酒飲みというもの。

 まぁ多少酔ってもお孫さんが帰ってくるまでは普通に飲んでよ~なんて思ってしまったのが間違いだったのか。


 「すみません、お待たせしまし……た? えっと、大丈夫ですか?」


 「へーきですよー。 私結構お酒強いんでー」


 意外と電話が長くなったらしい彼が帰って来た頃には、なかなかどうして。

 自分でも分かるくらいふにゃふにゃしていた。


 「あ、あの。 結構はだけてますんで直して頂けると……」


 「別に見えてる訳じゃないんですから良いじゃないですかぁ。 お孫さんは結構スケベさんなんですかぁ? ふぅぅ……あっつ」


 「いえ直接は見えて無くても下着とか色々視えちゃってますから! ホラ脱がない! 冷房入れましょ!? ね!? 確かに貴女の家ですけどリラックスし過ぎですってば!」


 滅茶苦茶慌てたお孫さんに止められ、介抱されながらその日の飲み会は終わった。

 後半殆ど記憶が無いんだが、翌日目が覚めてみれば。


 『アルコール度数9%とは結構強いので、飲むとしてもゆっくりでお願いします』


 なんてメモと共に、テーブルの上に朝食が置いてあった。

 ほうれん草のおひたし、更には厚焼き玉子とカリカリベーコン。

 そして匂いからしてお味噌汁に、お米も炊けている様だ。

 やったぁ、今日は朝から豪華だぁ!

 とかなんとか思いながらベッドから起き上がってみれば。


 「……はぁぁ!?」


 布団を剥いだ私は、下着しか着ていなかった。

 うん、待て。

 マジで何があった。

 昨日の記憶、途中からブッツリ途切れているんだが……。


 「いやいやいや……流石にソレは無いと思いたい。 けども……朝食を作って帰ったって事は、“そういう”事なんじゃ……」


 色々と想像しながらベッドの上でビッタンビッタンと悶えていると。

 ポンッ! と間抜けな音を立てながら私のスマホが振動した。

 そして。


 『おはようございます、一応言っておきますけど何もしていませんのでご安心下さい。 朝食も作っておきましたので、食べられそうなら食べて下さい。 二日酔いに効くっていうしじみ汁も用意しました。 あまり無茶な飲み方はしないで下さいね? その、男性と飲む時は余計に注意してください。 正直、心配です』


 そんなメッセージが送られて来た。

 あぁ、なるほど。

 何も無かったのか。

 それは良かったような、残念な様……いや違くて。

 それだけ醜態を晒した事には他ならない訳でして。


 「昨日の私何やった!? 何を言った!? そして何故脱いだ!?」


 結局思い出せないので、悶えながら返事を返した。


 『ごめんなさい、全く覚えてないんですけど、ご迷惑おかけしたのは間違いないと思いますのでゴメンナサイ。 今後気を付けます、あとお孫さんと居る時以外は強いお酒飲まない様にします。 あと、男性と飲む事はないのでご安心下さい』


 送信っと。

 ふぅ……ん? まて。

 私今何を送った?


 ――ポンッ!


 『えっと、まぁ酔った時は色々ありますから気にしないで下さい。 あと、一応僕も男性ですので。 気を付けて下さい』


 すぐさま、そんな返事が返って来てしまった。

 とはいえ、思わず口元が吊り上がってしまった。

 うわ、なんだコレ。

 ニヤニヤする。

 違うんだよ、別にお孫さんの事を男として見てないとか、そういう訳じゃなくて。

 君なら信用してるって言いたかっただけで、他の男の人が居る飲み会にはいかないって意味であって。

 私の言葉選びが悪かったのだろうが、相手がちょっとムッとした感じが伝わってくるこの文章を見ていると。

 もう……なんというかもにょもにょする!


 「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁ。 とりあえず、ご飯食べよ」


 Tシャツを一枚被ってからベッドを降り、ご飯と味噌汁を盛ってからテーブルへと戻る。

 そして。


 「いただきます」


 手を合わせ、作って頂いた朝食を頂く。

 味噌汁、というかしじみ汁か。

 一口飲めば、ふぅぅっと深いため息が漏れる。

 美味しい、更に落ち着く。

 私はあまり二日酔いってのになった事が無いので分からないが、お酒を飲んだ次の日にはしじみ汁が良いって聞いた事はある。

 それが今、何となく分かった気がする。

 体に染み渡る様だ。

 とにかく、美味しい。


 「えっと、返事返さないと」


 行儀は悪いが、美味しい朝食をいただきならスマホをいじる。


 『ご飯、ありがとうござます。 すっごく美味しいです。 ご迷惑でなければ、というか昨日で嫌になってなければまた一緒にご飯作りたいです。 あとお味噌汁、すっごい美味しいです、毎日飲みたいくらい。 昨日は本当にご迷惑おかけしました、今度お詫びしますね! また大学で会いましょう!』


 ふぅ、とりあえずコレでOK。

 昨日の事は謝ったし、今後ともよろしくって送った。

 許してくれるかは相手次第だが、本当に怒っているのなら返事なんてくれないだろう。

 だからこそ、次の返事を待って様子を伺えば……伺えば?

 そこまで考えてから、私が今しがた送ったメッセージを見返した。

 そして、再び悶えた。


 「何送ってんの私はぁぁぁ!」


 ジタバタと暴れる中、ポンッ! とスマホが振動した。

 恐る恐る画面を覗き込んでみれば……。


 『貴女が望むなら、毎朝お作りしますよ』


 「ぬわあぁぁぁぁぁ!」


 二日酔いでも、現在酔っぱらってもいないのに。

 その日私はひたすらに悶え続けるのであった。

 何たって、“お返事”が来てしまったのだから。

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