第17話 簡単和風パスタと休日の予定
「おぉ……こういう便利グッズってあんまり関心無かったんですけど、結構便利なモンですね。 一人分とか作るならコッチの方が楽かも」
電子レンジから茹で上がったパスタを取り出した先輩に声を掛ける。
そう、電子レンジから“茹で上がったパスタ”を取り出したのだ。
結構意味の分からない言葉ではあると思うが、事実ちゃんと食べられる柔らかさになっている。
縦長のタッパーの様な見た目。
100均で買ったという、レンジでパスタが出来るという代物。
「私にとってはこっちの方が間違い無いからねぇ、何だかんだ結構こういう道具買っちゃってる」
自信ありげに胸を張る先輩だったが、それは単純に普通に作るのが面倒なだけでは……。
「手遅れになる前に言っておきますけど、こういう道具は“使わないと”意味がないんですからね? 調子に乗って色々買いそろえて、結局使わないモノとか出て来てませんよね?」
「うっ……」
既に手遅れだったらしい。
便利グッズとか100均あるあるの落とし穴に、見事足を突っ込んでいる様だ。
あぁいうのって便利に見えて、用途が一つしかなかったりするので意外と使わない事が多いのだ。
そして買ってあった道具の事も忘れ、普通に料理しちゃったりなんて事も多々。
だからなるべくそういう道具には手を出さない様にしていたのだが……今度先輩に全部見せてもらおう。
それで、使えそうなやつだけはこっちで出来るだけ活用できるようにしよう。
「まぁ、良い勉強になった言う事で」
「……あぃ」
とりあえずソッチは一旦置いておくとして、今はちゃちゃっとご飯を作ってしまおう。
今日も今日とて残業であり、もう結構遅い時間になってしまったのだから。
「今日はパスタのみ?」
「ですね、どうせご飯の後にまたおつまみ欲しくなるでしょうから。 その時その時で食べた物作れば良いかなって」
「わぁ、料理出来る人の発想だ」
「先輩も最近料理してますよね? あ、バター出してもらって良いですか?」
なんて声を掛けてみれば、再び自信満々に冷蔵庫からタッパーを取り出し、ドヤ顔を浮かべる先輩。
開けてみれば、そこには綺麗に分割されたバターが入っていた。
「いつの間に……」
「こ、コレはちゃんと役に立ってるから良いでしょ!」
何でもバターを放り込んで蓋を閉めれば、丁度良い大きさにカットしてくれる便利グッズなんだとか。
うん、確かにコレは使えそうだから良いか。
そんな訳で、本格的に調理開始。
バターを一欠片フライパンに放り込み、ゆっくりと溶かしていく。
香りが広がって来た所で、一口大の鶏肉を皮の下に向けて並べる。
鳥皮がカリッとするくらいに火を通してからひっくり返し、醤油、みりん、酒、だし汁を大さじ一杯ずつ投入。
グツグツと煮立たせながら、砂糖を少々。
焦げない様にフライパンを振りながらも、隣をチラッと見てみれば。
「えっと、茎の方からまずは30秒で……あ、その前に塩だ」
一つ一つの行動を言葉にしながら、先輩が慎重な様子でほうれん草を茹でていく。
この人がウチに来るときは出来るだけ新しい料理を教える様にしている為、いつだって真剣なご様子。
もう少し肩の力を抜いても良いのに、なんて思う訳だがソレを言葉にするのは無粋だろう。
とはいえグツグツと煮立つ鍋を睨みながら、時間を数えている姿に思わず口元が綻んでしまう訳だが。
「30! よしっ、葉の方も茹で上がった!」
「それじゃザルに移して水を通しましょうか、火傷しない様に気を付けて下さいね」
「りょーかーい」
ザバーとお湯を捨てる際湯気をモロにくらったのか、「あちっあちっ!」なんて声が聞こえて来たが。
まあ火傷してない様なので良しとしよう。
後は絞って切るだけなので、任せてしまって問題なさそうだ。
という訳で、再びこっちはこっちで料理に取り掛かる。
未だグツグツと沸騰している調味料の中に、薄く切ったエリンギとしめじを放り込み鶏肉と一緒に火を通していく。
本当ならニンニクを入れても美味しいのだけれど、明日も仕事なので今日は止めておこう。
しかし、お酒は飲む訳だが。
「凄い良い香りだねぇ、ザ・和風って感じで」
「和風パスタですからね。 ザ・和風でございますよ」
なんて雑談をしながらも、絞り終わったほうれん草を一口大にカットして、こちらに差し出して来る先輩。
ソイツを受け取ってから、先ほど茹でたパスタと一緒にフライパンに放り込んだ。
「パスタちょっと硬くなっちゃった?」
「大丈夫ですよ、もう一回バターとオリーブオイル取って下さい」
「あいあいー」
茹で上がってから少し放置してしまったパスタは、ちょっとだけ固まって……というかくっ付いてしまっているが、特に問題はない。
上からバターを放り込み、オリーブオイルを馴染ませながら軽くトングで解してやれば、すぐさま元の状態へと戻る。
本当なら茹で上がってすぐの方が良いのだが、1Rのアパートのコンロなんて大概1口か2口。
いっぺんに料理しようとすると、どうしたって場所が足りなくなってしまうのだ。
「後追いバターって、香り凄いよね。 もうこの時点で美味しそう」
「分かります、分かりますけどまだ美味しくなります」
「まだ完成じゃないんだ?」
調味料とも絡み合い、もうこの時点で結構おいしいとは思うのだが。
もう少しだけ手を加えたい。
という訳で、取り出したるは。
「コンソメ?」
「口当たりが良くなるというか、結構良い味出してくれるんですよ? キューブタイプなら二人分で一つくらいの量で」
へ~なんて声を上げながら、隣から覗き込んでくる先輩。
その眼の前でパッパとコンソメを少量投入し、パスタを再び混ぜ合わせる。
すると。
「あっ、凄い。 ちゃんとコンソメの香りがする」
「でしょ? ガッツリ味が付いているのは鶏肉とキノコですから、パスタそのモノにはコレで味を付けるってイメージですかね」
「しょうゆベースの鶏肉とキノコ、ほうれん草とバター。 そんでもってパスタにもコンソメ……なんと贅沢な組み合わせか」
「でも、覚えちゃえば簡単に作れそうでしょ?」
「確かに難しい事はしてないかも」
そんな訳でパスタを二人分の皿に盛りつけ、最後に粗挽き黒コショウを上からパパッと。
お好みでって事で粉チーズも準備すれば、完成。
我が家の和風パスタ。
「見た目も良いねぇ」
「ほうれん草が入ってるだけでも、色合いが増しますからねぇ。 さ、食べましょうか」
二人していただきますと手を合わせ、パクリと一口食べてみれば。
「うっまぁ……コンソメ良いねホント。 和風パスタってお店によってはあっさり過ぎるというか、具材にしか味付けがないのが多いイメージあったけど。 こうもパスタそのモノが美味しいと止まらなくなりそう」
「この時間で、更には空腹状態ですからね。 ガツンと来た方が良いかと思って、鶏肉も大きめです」
「こっちも美味しいぃ……お肉にしっかり味が付いてるし、キノコがいっぱい入ってるのも嬉しい」
食べている時特有の、幸せそうなふにゃふにゃ笑顔を浮かべながら、先輩はパクパクと良い勢いでパスタを減らしていく。
そうだ、忘れる所だったけどお酒を飲もう。
「チューハイで良いですか?」
「あ、そうだった。 うん、よろしくー」
一旦キッチンへと引っ込み、二人分のグラスに氷、500缶を一本。
今日のお酒はちょっと強めの9%。
日々の残業でフラストレーションが溜まり、その鬱憤を晴らしてやろうという事でコイツを飲む事になった。
度数高めの癖に飲みやすい、しかし飲み過ぎると明日が地獄になるという危険な代物。
だが、今日は飲むと決めたのだ。
「ありがと、注ぐねぇ~」
「どうもどうも」
本来後輩である俺が注ぐべきなんだろうが、あんまりオフでそういう態度を取ると怒るのでされるがまま。
そんな訳で二人分のグラスに酎ハイが注がれ、その一つを渡された。
「ホイ、それじゃ乾杯~」
「ありがとうございます、乾杯。 お疲れさまです」
「明日もあるけどねぇ」
「今は忘れましょ……」
アハハと二人して乾いた笑いを浮かべながら、クイッとグラスを傾ける。
うん、やはりこのお酒は飲みやすい。
あんまり癖が無いし、変に甘ったるくもない。
だからこそグビグビいってしまうのだろうが。
そしてCMでも“食事に合う!”なんて謳っているくらいには、確かに合うのだ。
パスタに合わせるならワインだとかそういうイメージもあるが、こういったお酒は兎に角食事の“邪魔”をしない。
この料理にはコレ、とかを深く考えずに「とりあえずご飯と一緒に酒」という具合に飲める。
この場合特別“食事に合う”というより、やはり“食事の邪魔にならない”お酒。
という表現があっているのだろう。
しっかりとお酒の味を残しながらも、食事の味わいを殺さない。
だからこそ何にでも合わせる事が出来る、みたいな。
この味わいのままアルコール度数がもう少し優しかったり、翌日に響かなかったら最強の社畜のお供だったんだけどなぁ。
なんて事を考えながら食事を続けていると。
「ぷはっ」
「ちょ、先輩? 飲むの早くないですか?」
「いやぁ……食事が美味しいとお酒が進む進む」
「程々でお願いしますよ? 割と冗談抜きで」
「大丈夫大丈夫~もう一本持ってくるね」
言いながら冷蔵庫へと向かう先輩。
流石にまだ一杯目なので足がふらついたりはしていないが……大丈夫だろうか?
「はいただいまぁ。 今度はグレープフルーツのヤツ」
デンッと机に置かれる500mlの酎ハイ。
うん、なるべく食べ物を進めてゆっくり飲んでもらおう。
だとしたらすぐおつまみ用意した方が良いかな……?
う~んと首を捻っていると、その間にもトクトクトクとお酒を注いでく。
「そう言えばさぁ、後輩ちゃん居るじゃない」
「え、あ、はい。 アイツがどうかしました?」
急に投げかけられた話題は、珍しい事に俺の後輩の話。
少し前まで俺が一番下っ端だったというのに、もう先輩になってしまったのか……なんて色々感傷深いモノもあるが。
その彼女が、どうかしたのだろうか?
「最近生き生きしてるから、どうしたのかなぁって思って」
「確かに、前より残業の時死んでませんね。 若いってすげぇって思いながら見てましたけど。 あ、アレじゃないですか? 前に言ってた“推し”の生放送で良い事あったとか」
「アンタも大して歳変わんないでしょうに……まぁいいや。 なんかね、彼氏が出来たんだって」
「おうふ……そっちかぁ。 若いってすげぇなぁ……」
「おい、ソコのほぼ同い年」
ジロリと睨まれてしまい、ハハハと乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
なんかもうアイツの見た目と新人ってだけで、若い気がして仕方ないのだ。
先輩の言う様に、確かに俺と少ししか歳は違わないのだが……でも彼氏彼女が~とか言っていると、余計に若く感じてしまうのは何故だろうか。
アレか、疲れすぎて俺がおっさん化しているだけなのか。
「ジ~~」
「いや、そんな言葉にしなくても……」
ジトっとした眼差しをこちらに向けながら、チビチビとお酒を飲んでいる先輩。
色々と言いたい事は分かる……様な気もしないでもない、が。
しかし。
「えっと、それじゃぁってのも変ですけど。 今度の休みとか……どっか行きません?」
ヘタレた。
男らしくスパッと告白の一つでも出来る度胸があれば良かったのだが。
生憎とそんなモノはない。
今までの人生経験上、どうしても“そういう空気”になると気まずくなって話題をそらしてしまうのだ。
「まぁ、今はそれで良しとしましょう」
「うっす……」
そんな訳で次の休みの予定なんかを話し合いながら、食事とお酒を減らしていく。
というか、話題を逸らしたつもりではあったのだが……二人っきりで出かけるとなると、何を話せば良いのだろう?
ヤバイ、なんか今から緊張してきた。
モヤモヤと考えながらグラスを傾けていると、なんやかんや飲み過ぎてしまったらしい。
心配そうにする先輩を道向かいのマンションに見送ってから、フラフラしながら自室へと戻り、ベッドに倒れ込んだ。
「デートじゃん。 思いっ切りデートじゃん! どうすんの俺!」
うあぁぁ! と叫びながら、一人悶えてのたうち回るのであった。
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