第16話 縁とお酒と甘納豆
「うっすー」
「あ、久しぶり。 今日は休み?」
鰻を焼きながら、お店に訪れた友人に軽く挨拶を交わす。
以前は一緒にコンビニで働いていた仲。
二人してそれぞれ違う場所で働き始めても、今の様な友人関係が続いていた。
「そそ、でもこれから店長と飲みなんさ。 だから蒲焼き頂戴な、二人分ね」
「はいはーい、しばらくお待ちくださいな」
相変わらず職場での人間関係は良好なご様子で、休みの日でも店長さんに会いに行く様だ。
そんな友人はカウンターについて、鰻を焼いている所を覗き込んでくる。
「こっちもこっちで“焼き加減”が難しそうな仕事っすなぁ」
「お互いにね。 でも任されられるくらいには慣れて来たよ」
「相変わらず仕事覚えるの早いよなぁ」
「それこそ、お互いにね」
ハハッと軽い笑いを浮かべながら作業に集中していく。
香ばしい匂いを放つ鰻にタレを塗り、更に焼く。
先程とは違う良い匂いが一気に広がり、作っている側であっても涎が出てくる勢いだ。
やはり、炭焼きは良い。
鰻に限らず他の食材だって断然香りが違うし、じっくりと火を通す事で旨味が増す。
「そういえばさぁ、アッチの方は大丈夫なんかねぇ~」
「アッチ?」
友人も此方の手元をガン見しながら、ポツリと呟いて来た。
「コンビニコンビニ、一気に二人辞めちゃったし。 ホラ、夕方から夜にかけては俺ら3人が中心で回してたじゃん?」
あぁなるほど、前の職場の話か。
明るい理由で転職した訳だが、なにぶん急な話だったのでやはり心残りはある様だ。
「もう一人も辞めちゃったからねぇ。 でも随分とバイト増やしたって聞いたよ?」
「え? あの子も辞めちゃったの? ありゃりゃ、やっぱ俺らいっぺんに辞めたのは不味かったかな」
軽い見た目をしている割に、随分と情に厚い友人に思わずに思わず顔がほころぶ。
人付き合いも旨いし、誰とでも仲良くなれる才能が素直に羨ましい。
「いやいや、あっちも明るい理由での退職みたいだよ? なんでも正社員決まったんだって、今度はスーツ着てOLさんだってさ。 もうしばらく経つんじゃないかな? そっちにもまた挨拶に行くって言ってたけど、まだ来てない?」
「来てないっすなぁ……。 って、“また”?」
「うん。 先にそっちに挨拶に行ったけど定休日だったって言ってたから、そのまま仕事始まって忙しくなっちゃったのかな?」
「無理してなけりゃ良いけど。 たまには飲みに来て欲しいなぁ」
「だね、今度また三人で集まってみようか」
そんな雑談を交わしながらも焼き上がった鰻の蒲焼きを友人に渡し、その日はそのまま店じまい。
暖簾を下げ、キッチンを片付けてから帰り支度を始めた時。
「お疲れ様、もう立派な跡継ぎっぷりだねぇ。 おかげで客足も増えたし、いつもありがとね。 コレ、持って行って?」
店長の奥さんが、そんな事を言いながら余った鰻を手渡して来た。
どうやら今日は、爺ちゃんにお土産にお土産が出来た様だ。
「すみません、いつもありがとうございます。 それじゃまた明日来ますね」
「はいお疲れ様、また明日ねぇ~」
軽い頭を下げながら、奥さんに見送られて帰路に着く。
暗くなって来てはいるが、まだ夜というには少しだけ早い時間帯。
もしなら帰り道にどこか寄って、もう少しおつまみを増やして帰ろうか……なんて考え始めた所で。
「あ、お孫さんだ」
「はい?」
急に後ろから声を掛けられ、振り返ったその先には。
「あ、どうも」
そこには一時期爺ちゃんが通っていたケーキ屋の店員さんが立っていた。
お菓子の話を書くために連日取材に行っていたのだが、その本も書き終え為今はそこまで頻繁に足を運んでいる訳でない。
とはいえ、僕の事も覚えてもらえるくらいには顔を出している訳だが。
「今帰りですか? お疲れ様です」
「いえいえ、そちらこそ。 お孫さんもお仕事帰りの様で。 というか、同じ大学だっていうのにソッチでは全然会いませんねぇ」
「まぁ選んでいる授業が違えばなかなかバッタリ、とはいきませんよね」
「う~む、たまにはゆっくり料理の話とか聞きたいのに……」
そんな雑談を交わしながら、僕たちは並んで歩く。
ご近所さんって程じゃないが、帰る方向は同じらしくたまに仕事帰りに遭遇する事がある。
「あ、そういえばお爺さん甘納豆とか好きですか? ようかんとかは食べるって言ってましたよね?」
そう言って彼女は、バッグからビニール袋を取り出した。
その中には、スーパーなんかで売られている袋詰めの甘納豆が大量に。
しかし何故甘納豆? ケーキ屋さんに勤めている彼女とはちょっと遠いイメージがあるのだが。
「なんかお姉ちゃんが職場……って言って良いのかな? まぁそんな感じの所で、和菓子のイベントやったらしくて。 その余り物を大量に持ってきたんですよ、わざわざバイト先まで」
「それはなんというか……凄いですね。 しかし何故甘納豆ばかりが……」
「スタッフが御発注して、集まった全員に持ち帰らせたそうです……」
「あらら……あっ、それじゃありがたく頂きますね。 それからお返しにコレどうぞ」
貰ってばかりではなんなので、こちらも先程もらった鰻の蒲焼きを一つ。
お持ち帰り用に、一つずつパック詰めされていたヤツで良かった。
「えっ、良いんですか? 今日のご飯になるのでは?」
「今日はちょっと多めに貰ってしまったので、御裾分けと言う事で」
「そう言う事なら、遠慮なく。 ありがとうございます」
お互いに貰い物を交換する形になってしまったが、お土産が増えたので二人してホクホク顔。
それからしばらく並んで歩き、いつもの分かれ道で手を振った。
「それじゃ、今度は大学で一緒にご飯でも食べましょ」
「はい、僕で良ければ是非」
そんな訳で、改めて一人で歩きはじめた。
大学で女性と二人、一体何を話せば良いのだろう? なんて、ボンヤリと考えながら。
いや、よく考えれば普段通り料理とかの話になりそうだが。
というか……。
爺ちゃんが取材の為にあの店に行かなければ、多分彼女と話す事など無かったのだろう。
その小さな繋がりから、今では気兼ねなく話す友人の一人になっている。
「ひょんなことから知り合いになって、しかも同じ大学だもんなぁ。 縁ってのは不思議なもんだ」
そのぼやき声は、誰の耳にも届くことなく空気に溶けていくのであった。
――――
「ほぉ、甘納豆とは。しかも普段食べている物よりもお洒落な感じじゃのぉ。今風って所か?」
「うん、ケーキ屋の店員さん覚えてるでしょ? あの人に帰り偶然会ってね、頂いちゃった」
「今日は色んな人から頂き物をしたもんだな。 今度ちゃんとお礼しておくんじゃぞ?」
もう後は寝るだけという状態になってから、僕たちは縁側に腰かけ酒盛りを始めた。
飲むのはいつも通り日本酒。
そして、おつまみには今日頂いた甘納豆。
「でもこの甘納豆と日本酒って合うのかな? いつものより甘そうだし、お茶とか飲みたくなりそう」
「いくら甘くても豆じゃからな、意外と合うんじゃないか? 酒の辛さによっても違ってくるから、少し試してみよう」
お皿に盛られたのは様々な色をした、見るからに甘そうなおつまみ。
だったら、結構辛口の方が合うのだろうか?
なんて事を思いながら一つ口に入れる。
「うん、見た目はいつものよりカラフルだけど。味はあまり変わらないかな? 普通に美味しい」
「はははっ。 儂が買って来ない限り、お前は普段甘い物を食わんからな」
最近まで知らなかったが、甘納豆の色ってわざわざ着色している訳ではなく種類によって色が違っていたらしい。
緑色のうぐいす豆、茶色い金時、白っぽい白花、そして黒いのが小豆などなど。
見た目をよくするために、同じ豆を様々な色に着色しているのだと思っていた。
知っている人からすれば「当たり前だろ」なんて言われてしまいそうだが、甘い物を自ら率先して食べようとしない身としては、結構衝撃を受けたのだ。
ソレを聞いてからじっくりと味わってみれば、確かに。
甘い砂糖の味の他に、それぞれの豆の味が口に残る。
舌触りも良く、噛み応えも柔らかいソレは、ボーッとしながらいつまでも黙々と食べてしまいそうだ。
「結構豆によって合う酒なんかも変わってくるが……まぁ、とりあえず飲んでみろ」
爺ちゃんに促され、甘くなった口の中に日本酒を軽く流しこむ。
良く冷えたキリッとする様な辛口。
すると。
「あぁ~なるほど。 “こうなる”のか」
「あまり好みと合わなかったか?」
首を傾げる爺ちゃんに対して、う~んと唸りながらこちらも首をひねる。
「合わない事は無いよ、結構好き。 でもなんだろう? もう少し甘口の日本酒と合わせるとか、主張がそこまで強くないお酒と合わせても良いのかなって」
「そうか? 口の中に広がる甘さに、柔らかい豆の味。 ソレを辛口の日本酒で洗い流し、次の一口を楽しむ。 この流れが結構好きなんじゃがな」
「うん、それは分かる。 確かに次につまむ甘納豆の味を、もう一度最初からしっかり味わう事が出来るなって思う」
爺ちゃんの言う通り一粒一粒しっかりと味わい、最後に日本酒で口内を洗い流す。
多分飲み方としては間違っていないのだろう。
それこそ鰻なんかの味の濃い物と合わせる時は、僕自身もそういう飲み方は好きだ。
だがしかし、こう……甘い物と合わせるなら。
「なんて言えば良いのかな。 甘納豆って表面にも砂糖が振ってあるし、最初は兎に角甘いよね。 それから噛みしめていく内に、徐々に豆の味がじんわり広がってくる。 であれば、その豆の味とか風味を殺さないくらいのお酒でも良いのかなぁって」
前にも一度甘納豆と日本酒で合わせたが、確かに悪くは無かった。
しかしあの時は洋菓子も食べていた為、ワインを合わせてしまったが。
この甘納豆だけで味わうとするなら、また色々と選択肢が増えて来そうだと思える。
「あぁ、なるほど。 確かにソレは旨い飲み方かもしれんな。 どれ、ちょっと試してみるか」
そんな事を言いながら立ち上がった爺ちゃんは冷蔵庫へと向かい、一本の日本酒と缶チューハイを持ってきた。
何故缶チューハイ。
「ホレ、お前はこっち」
小さな瓶の日本酒を受け取ってから、蓋を開けてみれば。
「あ、良い香り」
「じゃろ? 安いわりに香りが良くてな、結構気に入っておる」
そんな事を言いながら、隣でプシュッと缶チューハイをあける爺ちゃん。
コンビニでよく見かけるちょっと強めのアレだ。
グイグイ行ってしまう程飲みやすく、更には度数高め。
普段なら絶対呑まないであろうソレを、何故か今日に限って傾けている。
「なんで、ソレ?」
「ん? あぁ、今度の書いている話にちょっとな。 “あまり良くない会社に勤めてしまった苦労している若者”、が飲みそうな酒という事で勧められた。 だから買ってみた」
「一本だけにしておきなよ?」
「わーっとる」
そんな事を言いながら、随分とグビグビいっている気がするが。
まぁ、良いか。
という訳で、僕は改めて甘納豆を一つ。
やはり、甘い。
しかし口の中で砂糖が溶け、その後に広がってくる豆の旨味。
もちろん表面の砂糖だけはなく、砂糖と一緒に煮詰めてあるわけだから豆もかなり甘い味付けにはなっているのだが。
だがそれでも、それぞれの豆の味が残っている。
ソレをゆっくりと味わい、口の中で楽しむ。
これをパクパク食べていたら、きっと口の中は砂糖の味しかしないのだろう。
そして、爺ちゃんが持って来てくれた日本酒を口に含むと。
「うん、こっちの方がしっかりと“合ってる”気がする」
柔らかい香りを放つ日本酒に、残っている豆の後味が非常に馴染む。
互いに邪魔しない上、柔らかく交じり合う。
両方の旨味を残しつつ、徐々に薄れていく甘さ。
この方が僕は好きかもしれない。
「とはいえ、ずっとこの二つで飲んでたら口の中が甘さに飽きちゃいそうだけど。 爺ちゃんも試してみ……る? 爺ちゃん?」
「いかん、飲みやすかったから二本目にいったら……クラクラしてきた……」
「それが駄目なんだってば!」
袖にでも隠していたのか、いつの間にか二本目に突入し既にそれも空。
更に言えば、500ml缶なのだ。
飲みなれないお酒を飲むとすぐ酔っぱらう癖に、なんで勢いに任せて飲むかな。
「すまん、後で感想を改めて教えてくれ。 あと、この酒もちと飲んでみて……感想を……」
「爺ちゃーん!」
叫び声空しく、爺ちゃんはパタッとその場に横になった。
あぁもう、誰が運ぶと思ってんのさ。
ハァ……と盛大にため息を溢しながら、今日も片付けを始めるのであった。
今度新作を書き始める時は、日本酒がメインの話にしようって言ってみよう。
そうすれば、きっと本人の筆も進むだろう。
そして、こうして酔いつぶれる機会も少なる事だろう。
「もう……なんで自分の知らない事ばっかり本にしたがるんだろう爺ちゃんは。 まぁ、物書きって人種はそういう人ばかりなのかもしれないけど」
そんな訳で、今日も僕は爺ちゃんを担いで寝室へと運ぶのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます