第15話 肉厚テリヤキチキンと、甘いお酒


 「ヘロー、来たよぉ」


 「あいあい」


 そんな会話をしながら、幼馴染の部屋へと侵入していく。

 コイツの部屋は、ホントに変わらない。

 いつ来たって、そこら中に本がある。

 とはいえ、乱雑には絶対置かない訳だが。


 「相変わらず本多いねぇ」


 「また増えちゃったからねぇ、隣の部屋書庫になっちゃった」


 言いながら、幼馴染はヘラヘラと笑っている。

 それで良いのか、と言いたくなる所だがコイツらしいといえばそれまでなのだろう。


 「お酒は買って来たけど、今日は飲める?」


 「ヘーキヘーキ、仕事は午前中に終わらせてるし。 最近慣れて来た」


 なんて事を言って、テーブルの上を空ける彼。

 その上に、買って来たお酒を並べ始める。


 「どれ飲む? すぐ飲まない奴は冷やしておこうよ。 あ、おばさんとおじさんにも呑んで~って言って来ないと」


 「あ、それなら一回全部冷やしちゃおうか。 今からおつまみ作ろうかなって。 父さん達には声掛けてあるから、勝手に飲むと思うよ。 もしなら呼ぶ?」


 「おじさん達、何か凄く遠慮するんだもん。 “若い子達だけで~”って。 なんか無理矢理誘ってるみたいで悪くなっちゃって」


 「ま、確かに。 んじゃおつまみ作ってから戻ってくれば良いか」


 「あいあーい」


 適当な慣れた会話を交わし、私達はキッチンに降りた。

 幼馴染は既に準備してあったらしい具材を冷蔵庫から取り出し、私はその空いたスペースにお酒を詰める。


 「いや、数か月前までコンビニバイトしながら毎日愚痴ってたのが立派になったもんで」


 「うっさいな。 でも会社の愚痴は腐る程ある……けど、良い報告もある」


 「ソレは楽しみです。 あ、お気に入りの配信者の放送って何時だっけ? 今日はウチで見るんでしょ?」


 「見る! 普段残業ばっかりだから生で見れないけど、今日は見る!」


 「ハハッ、んじゃその配信見ながら飲む感じになりそうだね」


 そんな訳で、幼馴染との初めての飲み会が開催された。

 勿論、おつまみを作ってもらってからなのだが。

 なんだろう、最近の男の人って皆料理できるのかな?


 ――――


 という訳で、始まりました。

 休日前の飲み会。

 イエェーイ! なんて言った所で、休みなのは私だけなんですけどね。

 幼馴染は自営業だから、休みとか無いんですけどね。


 「それじゃ、乾杯。 一週間、お疲れ様でした」


 「お疲れぇ、乾杯。 日曜だけでも決まった休みがあるって良いね……」


 そんな事を言いながらグラスを合わせ、クイッとお酒の喉に流しこむ。

 染みる、身に染みる。

 とはいっても、私は甘いお酒しか飲めない訳だが。

 家に居る時とかはメロンソーダフロートとか作っちゃうし。

 なんて事を思って隣を見てみれば、ビールを傾ける幼馴染。

 むぅ、大人になってしまったなぁ。


 「さて、そろそろ配信も始まるかな?」


 「その前に、いただきます。 だね」


 二人して手を合わせ、目の前の料理にかぶりつく。

 本日のおつまみは、分厚い鶏肉を使った照り焼き。

 もうね、香りがヤバイ。

 本が多い部屋だから、換気はしっかりとしている訳だが。

 それでも、凄い良い匂いだ。

 噛みしめてみれば、表面はパリッと焼き上がり、甘辛ダレが口の中に広がる。

 特に皮だ。

 コレは絶対癖になる。

 調理中も“まずは皮の方から~”なんて言っていたが、それくらいに気を使ったのだろう。

 カリッとする食感に、口の中で噛み応えのある弾力。

 そして噛みしめれば噛みしめるほどに香る調味料の香り。

 更には最後に振りかけた一味唐辛子がアクセントになり、口の中から次々と唾液が溢れ来る。

 あぁ、こいつはヤバイ。


 「うんまぁ……」


 これだけでお酒が進んでしまいそうだ。

 なんて、至福のひと時を味わっていると。


 「お、始まったみたいだね」


 幼馴染の一言と同時に、待っていた生放送が始まった。


 『皆さんスミマセン! おまたせしましたぁ! ご飯食べていてちょっと遅れちゃいました!』


 そんな言葉と共に、画面上には可愛らしいアバターが動いている。

 あぁ、非常に良い。

 可愛い子の放送を見ながら美味しいモノを食べ、そしてお酒を飲む。

 更には、明日は休日。

 なんという贅沢だろうか。


 『今日は雑談放送なので、まったりゆったり語ろうかと思っているのですが……いつもの通り飯テロ注意ですよぉ! 今日はですね、先ほどまで食べていた物を語ろうかと思います。 なんと今日は“鳥の照り焼き”でーす! しかもしかも、滅茶苦茶肉厚なんですよ! 凄いんですよコレが! 今写真出しますね?』


 いつも通りのテンションで喋る彼女が写した料理は、なんと。

 本日私達が頂いている料理と一緒だったようだ。

 映し出される写真には、目の前の料理と似たようなモノが写し出される。

 こっちも美味しいが、向こうも非常に美味しそうだ。

 なんて事を思っていれば。


 「あぁなるほど……表面を、というか皮をガスバーナーで炙ってるのかな? 確かにソレなら綺麗な焦げ目がつくのも分かる」


 ふむふむと頷きながら、隣に座る幼馴染は真剣な顔でお酒の入ったグラスを傾けている。

 やれやれ、この状況になるとしばらく止まらなくなりそうだ。

 拘りがある事に対してどこまでも真っすぐな彼。

 ソレを眺めて居るのは結構好きだが、隣に座っている身としては、もう少し此方に気を回してほしいとも思える。


 「十分美味しいですよぉー」


 「ありがと。 でも、もっと上手くなりたいんだ」


 「そーですかー」


 画面に食らいつく勢いで料理の写真を見つめる彼を横目に、私はテリヤキチキンを頬張りながらお酒を頂く。

 美味、非常に美味。

 思わず“ぷはぁ”って言いたくなるくらいに、旨い。

 噛み応えのある皮に、香ばしい甘辛ダレ。

 そしてホクホクとほぐれていく鶏肉。

 どれも美味しい。

 付け合わせの野菜なんかを口に含めば、すぐさま口内がさっぱりするのだ。

 いやぁ……凄い。

 テリヤキと名の付くモノは多いが、こうもさっぱりと食べられる物は中々ない。

 これならいくらでも食べられそうだ。

 普段のイメージとして、テリヤキと言ったらハンバーガーとかの濃い味を思い浮かべてしまうが、そんな事は決してない。

 とにかくご飯が進みそうだし、ファーストフードの様に口の中にタレの味しか残らないなんて事は絶対にない。

 最初にタレの風味と香り、そして次に食感と旨味。

 最後に鶏肉のさっぱりとした後味と、次が欲しくなる欲求が生れる。

 コレが照り焼きか。

 そんな風に思ってしまうくらい、美味しかった。

 何より、お酒に合う。


 「ちょっとコメントしてみよっか」


 「え? この放送に? えっと、どうすれば良いんだろ……というか、なんて送る?」


 「パソコン貸して、私が何かコメするわ」


 そんな訳で、カタカタとキーボードを叩きながらコメントを送ってみれば。


 『お、おっ!? すんごいタイミングで同じ物食べてる方がいらっしゃる様で。 美味しいですよねぇ照り焼きチキン。 さっきご飯食べたばかりですけど、今もお兄ちゃんにおつまみとして用意してもらっちゃってます。 ご飯の時は新鮮キャベツと一緒に食べたんですけど、お酒と一緒だったらピクルスとか、塩もみのお野菜なんかも合うらしいですよ? え? なに、お兄ちゃん。 お酒によるの? えっと、合わせるお酒によるらしいので、付け合わせは色々変えてみて下さい! ちなみにお兄ちゃんが今飲んでいるのはワインです!』


 珍しく、コメントが拾って貰えた様だ。

 思わずガッツポーズをしている私に対し、幼馴染は難しい顔でモニターを睨んでいる。


 「ピクルスと照り焼きチキン、あとワインかぁ……合うのかな?」


 「別にいっぺんに食べる訳じゃないでしょ。 チキン食べて、ワイン飲んで。 そんでピクルス齧ってさっぱり、みたいな感じじゃない?」


 「あぁ、なるほど。 そりゃそうだよね。 試してみたいなぁ……」


 「また二日酔いにならないようにね?」


 そんな事を言いながらも、次々と紹介されるおつまみに興味津々の幼馴染。

 全く、私が楽しみにしていた放送なのに私以上に楽しんでいるじゃないか。

 なんて事を思いながら、私もグラスを傾けた。

 “美味しい”。

 その感情が、じんわりと胸に広がる。

 多分人ってのは、この瞬間が一番心が安らぐんだと思う。

 誰かと一緒にご飯を食べながら、お酒とか飲んじゃって。

 更には楽しいと思える放送とか、人によっては映画とか見ちゃったりして。

 何より、隣に居る誰かが。

 そこに居てくれる事で、非常に安心できる人物なら。

 これ以上至福の時は無いだろう。

 休日前には、贅沢過ぎる夜だ。

 そんな贅沢な時間を、私の我儘を。

 彼はいつだって叶えてくれる。


 「ねぇねぇ」


 「ん? ちょっと待って、今このおつまみの作り方メモってるから」


 「後でも見直せるから、メモる必要ないよ?」


 「すぐ作りたいんだよ。 作って、食べてもらいたい」


 「私に?」


 「今それ以外に誰かいる?」


 「ふーん」


 やけにモニターをガン見している幼馴染が、こちらを向かずに言葉を返して来る。

 その横顔は、何処までも真剣だった。


 「ねぇ、私達。 そろそろ付き合わない?」


 「あぁ、そうだね。 だからちょっと待っ……え?」


 ガリガリとペンを走らせていた幼馴染が、ポロッとボールペンを取り落としてこちらに向き直った。


 「やっとこっち向いた」


 「だって、え? は? うんと?」


 「付き合おうよ、嫌?」


 パクパクと金魚みたいに口を開閉させる幼馴染は、スッと姿勢を正してから、私に向かって頭を下げて来た。


 「不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します」


 「プッ。 それ普通コッチが言う台詞だから」


 色々大変な仕事について、待ちに待った休日の前夜。

 結構遅い時間帯。

 大好きな配信者の放送を聞きながら、美味しいご飯とお酒を頂きながら。

 私達は、恋人同士になったのであった。

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