第2話 焼き枝豆と、カリカリ豚トロ


 「はぁぁぁ」


 大きなため息を溢す帰り道。

 仕事の後新人歓迎会とやらが開催され、私達の部署は全員参加。

 もちろん、強制。

 いざ参加してみれば、お酒や食事を楽しむ暇なんてほとんどない。

 新人は兎に角上の者に頭を下げて回り、各々長ったらしいありがたいお言葉を頂戴する。

 それは、私の様な数年務めている会社員も同様。


 「ハーゲ……乳見ながら説教してんじゃないわよ……」


 新人は上司の隣に数十分は正座して話を聞いている為、私の様な者達が各席にどっかりと腰を下ろしているお禿げ様達にお酒なんかを注いで回る事になるのだ。

 これがまた、女の仕事だと言わんばかりに平然と押し付けられる。

 そして酒を注いで回れば、色んな所で捕まって新人と共にありがたいお話を聞かされるという訳だ。

 あぁもう、ほんっと。

 グラスが空いたら酒を注げ? だったらキャバクラにでも行ってくれ。

 全員で摘まみやすい様に取り分けろだの串を外せだの。

 食ってるのはお偉いさん連中ばかりだし、そもそも食いづらいと感じるなら串焼きを注文するな。

 串焼きは串のまま食べるから串焼きなんだ。

 バラバラにしてお前等が適当に箸をつけた物なんぞ食べられるか。

 なんて、頭の中は愚痴のオンパレード。

 結局お金を払っただけで、ろくに食べられず飲めずのまま帰る結果となってしまった。

 残ったのは疲労感とイライラのみ。

 当たり前だが、給料には全く反映されない飲み会な訳で。

 もうね、やってられるかと。


 「悪しき風習だよねぇ……」


 そして私が教育係に任命された男の子。

 その子もまた随分と疲れた様子で「帰って一人飲みします、今ならスーパー安いんで」と言い残し走り去ってしまった。

 奢るから二人で愚痴飲み会でもしようかとも思ったが、私は彼にとってはアレらと同じ“上司”に見えているのだろう。

 役職なんかついていないから、ただの先輩でしかないのだけれど。

 今までの行動を見る限り、随分と素直な新人君なのだ。

 私が誘えば、無理をしてでも付き合ってくれるだろう。

 でも、それじゃ彼は楽しめない。

 彼が本当に気兼ねなく私と飲めるようになってからでも、遅くはないのだろう。

 そんな事を思いながら、新人君の背中を見送った訳だが。

 結局私も一人飲みかぁ……。


 「いらっしゃいませー」


 という訳で、コンビニに立ち寄る。

 飲み会の後だというのに、お腹が空いているのだ。

 全く……仕事終わりからの数時間は一体なんだったのか。

 そんな事を思いながらも、籠に幾つもの商品を放り込んでいく。

 お酒、ご飯、おつまみ、お酒、お酒。

 もう呑まなきゃやってられない。

 イライラした様子を隠す事もせず、私は大量に商品の入った籠をレジに置いた。


 「有料になりますが、レジ袋は必要ですか?」


 「……はぁ、お願いします」


 なんかもう、簡単な会話さえするのも面倒くさい。

 大変失礼な事だとは分かっているが、思わずため息が零れてしまった。

 もしかしたら、面倒な客だと思われたかもしれない。

 そんな事を思いながら、チラッと店員の方へと視線を向けてみれば。


 「かしこまりました。 お疲れ様です」


 そう言って、大学生くらいの男の子がニコッと微笑んでいた。

 ……お疲れ様です?


 「えっと……?」


 「あ、すみません。 お仕事帰りで疲れているのかなって。 だからお疲れ様ですって」


 「ありがとう、ございます……? さっきまで会社の飲み会に付き合わされていまして……」


 「あ、この時期だと新人歓迎会とかですかね。 でもこれだけ買う所を見ると、あんまり楽しめなかったみたいですね」


 あははと困り顔を見せながら、彼は素早く商品をレジに通していく。

 コンビニ店員に話しかけられた事はあるが、こんなに普通に会話したのは初めてかもしれない。

 何となく警戒心が薄れたのか、何故かそのまま会話を続けてしまった。


 「そうですね、楽しくなかったです。 だから、一人で帰ってから飲もうかなって。 何か良いおつまみとかあります?」


 急にそんな事言われても困るよね。

 なんて、自分でも呆れながら「ハハッ」と乾いた笑いを洩らしてみれば。


 「あ、おつまみなら結構良いのありますよ。 僕好みになっちゃいますけど、コンビニご飯も結構おいしいの有るので」


 「え、あ、そうなんですか?」


 「ご迷惑でなければ、ご紹介しましょうか?」


 「あ、はい。 是非」


 幸い、と言って良いのか。

 レジには私しかいない。

 というか、店内には他のお客さんは見受けられない。


 「ちょっと待っていて下さいね、すぐ取ってきます!」


 そう言い残し、店員さんはレジを抜け出し店内へと走って行った。

 わぁお、こんな事ってあるんだ。

 なんて思いながら、しばらく待っていると。


 「大変お待たせいたしました、こちらになります」


 「えっと、冷凍食品?」


 彼が手に持っているのは、まごうこと無き冷凍食品。

 普段コンビニによる際、私としてはかなりの確率でスルーする品物だった。


 「冷凍食品なんですけど、少し手を加えると凄く美味しいんですよ? あとはこっちのパック商品のおつまみ。 こっちもそのままだと“コンビニだなぁ”って感じですけど、これもまた調理法次第でグッと美味しくなります。 コンビニだと、やっぱりお弁当とかパンおにぎりのイメージ強いと思うんですけど、こういうのも結構いけますよ」


 彼が手に持っているのは冷凍食品の枝豆と、ご飯のおかず、またはおつまみ! みたいな商品棚に一緒に並んでいる豚トロのパック。

 どちらもコンビニで購入した事の無かった商品だ。


 「その、調理法っていうのは?」


 「まずはですねぇ――」


 調理法を聞きながら、何だかんだ長い事レジに滞在してしまった。

 他のお客さんが入って来た事により話を切り上げ、結局両方とも購入する事になってしまった訳だが。

 なんだろう、もしかして売り方が上手い店員さんだったのかな。

 そんな事を思いながも、少しだけウキウキした気持ちでコンビニ袋を揺らすのであった。


 ――――


 「いよっし、やってみますか」


 自宅へと戻り、楽な格好へと着替えた後料理を開始。

 店員さんから教わったのは、非常に簡単な調理法だった。


 「まずは豚トロ。 フライパンのテフロンが剥げてなければそのままでも良いって言ってたけど……」


 生憎、長年使ってきた我が家のフライパンは若干最近調子が悪い。

 随分と油を敷いても焦げ付くし、大体はフライパンの決まった場所が焦げ付いている気がする。

 なので。


 「キッチンペーパーに油を垂らして、ソレを広げる程度で……」


 普段使っている油分より、ずっと少ない。

 本当に表面に薄く油を塗った程度。

 その上に、コンビニで買った豚トロを並べていく。

 豚トロの油が多いから、焦げ付きさえしなければ油も必要無い程なんだとか。

 そんでもって、レンチンしない事。

 冷めた状態のまま、熱したフライパンで温める感覚。

 そもそもコンビニ商品のおつまみは、ほとんどがそのままでも食べられる様に作られているらしい。

 そんな訳で、若干生焼け? みたいな状態でも、かなりお腹が弱い人でない限り下す事は無いのだとか。


 「更には……表面がカリカリになるくらいにジッと待つ」


 ここは好みが分かれる、と彼も言っていた。

 確かにそうだ。

 豚トロなんて、ぷりぷりの脂身を食うぜ! って人も居れば、脂のった個所をカリッと焼いて喰うぜ! って人も居る。

 正解がどちらかなのか、正直分からないが今回は店員さんの言葉に従ってみよう。

 そんな訳で、アルコール度数の低い酎ハイをプシュッと開ける。

 なんでも、行儀は悪いがキッチンで焼き上がり食べるのが美味しいらしい。

 軽くクイッとチューハイを傾けてから、豚トロをちょこちょこひっくり返す。

 そろそろ良いだろうか?

 表面に軽く焦げ目がつき始め、良い匂いも立ち上って来て居る。


 「それじゃ、いただきますっと」


 フライパンに並べたひとかけらを箸で掴み、そのまま口に放り込む。

 熱っ熱っ、とホフホフしながらも噛みしめれば。


 「うっま……」


 表面はパリッとした触感。

 そして中身は流石豚トロ。

 プリプリとした歯ごたえと、口の中には旨味が広がっていく。

 好みに合わせて塩胡椒や、アクセントで黒コショウって話もあったが、私はこのままが一番美味しい気がする。

 飽きてきたら、黒コショウもありかな?

 そんな事を考えながらも、豚トロとお酒は進んでいく。

 はぁぁ、コンビニで売っているモノって「コレが美味しい」とかは良く聞くけど、一手間かけるだけでこんなに変わるんだ。

 それだけで、“コンビニ飯”っていう雰囲気が無くなる。

 普通に美味しい、というかパクパク食べちゃう。


 「そんでもってお次は、枝豆」


 冷凍食品の枝豆。

 コンビニでもスーパーでも良く売られているソレだが、やはり手の加え方で化ける代物なんだとか。

 袋の後ろを見てみれば、レンジで何分と書かれている訳だが。

 あえて今回は全無視。


 「豚トロの油が残ったままのフライパンに、ドーン!」


 熱したフライパンに凍った枝豆なんぞを放り込めば、そりゃもう盛大に“ジュワァァ!”と音を上げてくれる。

 だが、ソレが良い。

 そして豚トロの油でギトギトになってしまったフライパンに、氷が残った枝豆を突っ込む事で、洗い物も楽になるんだとか。

 焦がさなければ、の話だが。


 「油分が足りない場合はごま油を追加っと、一応しておくか。 そんで氷が解けてきたら塩を全体にかけて、振る」


 まるでチャーハンでも作っている気分になるが、生憎と私が炒めているのは枝豆なのだ。

 枝豆と言えば煮るイメージだったが、焼くという調理法でもかなり美味しくなるのだとか。

 そしてこの際、塩を振り過ぎるとフライパンにくっ付くから気を付けろと言われた。

 まあ塩だから簡単に落ちるとも言われたが。

 そんな訳で、塩焼き枝豆に蓋をする。

 ここらかは蒸しの時間だ。


 「確か表面が焦げても気にするなって言ってたよね」


 皮つきなので、中身は問題ないという事なのだろう。

 あんまり焦がすと、後でフライパンがえらい事になりそうだが。

 なんて事を考えながら数分後、蓋を開けてみれば。


 「あっ、凄い。 良い匂い」


 枝豆の焼けた匂いって、こんな感じなんだ。

 そんな風に思ってしまう程、濃厚な匂いが漂ってきた。

 軽くかき混ぜ、ガッツリ焦げない様にだけ気を付けながらその一つを手に取る。

 焼いていた訳だから、当然熱い。

 しかし。


 「んんっ!?」


 皮の表面に軽く焦げ目の入った枝豆。

 ソイツをプチッと指で押しながら口の中に放り込んでみれば。


 「私、茹でた奴よりコッチの方が好きかも」


 口の中に枝豆の旨味と、香ばしい香り。

 何たって豚トロの油とごま油まで使用しているのだ、香らない訳が無い。

 茹での枝豆のサッパリっていうより、焼きの場合はとにかく香りが強い。

 そしてしっとりとした感覚というよりかは、ホクホクと食べられる印象。

 塩や肉油も合わさり、しっかり味が舌に残る様だ。

 これは、すごく美味しい。

 そしてなにより、間違いなくお酒に合う。


 「ちょっとコレは、止まらなくなるかも」


 とりあえず出来た分を皿に盛り、テーブルへと移動する。

 目の前には山盛りの焦げ目付き枝豆と、新たなるお酒。

 今回ばかりは、ちょっとだけアルコール度数の高い奴を持ってきた。

 そして。


 「いただきます」


 そこからは、もう止まらない。

 ひたすらプチプチと指で枝豆を押し出しながら、お酒を傾ける。

 枝豆なんて、居酒屋でたまに頼むくらいしかしていなかったのに。

 まさかこれ程までに美味しくなってしまうとは。

 そんな事を思いながら、ひたすらにプチプチプチプチと枝豆を口に運ぶ。

 もちろんお酒も忘れずに。

 グイッと缶を傾ければ、先ほどよりもガツンと来る味わいが口内を満たす。

 凄い、コイツは凄い。

 豚トロも美味しかった、出来れば今も一緒に食べたかったくらいだ。

 そしてその旨味が絡み合った枝豆。

 コレは凶器だ。

 コンビニ飯だとは思えない程に、非常にお酒が進む。

 というか、止まらない。


 「ふぅぅ……さっきまでの憂鬱な飲み会は、一体何だったのか」


 お酒を傾け、一人緩い息を吐きだしながら、トロンとした眼差しを窓の外へと向けてみる。

 明日も、あのコンビニに寄ろう。

 そんでもって、新人君にもコレを教えてやろう。

 結構料理する人だって言ってたから、こんな事を教えようとしたら笑われるかもしれないが……でも、おいしかったし。

 美味しいは正義だよ。

 むしろ料理が得意だというのなら、お手軽だからって言って教えて見ればもしかしたやってみてくれるかもしれないし。

 そうなれば、次の日の話題くらいにはなるだろう。

 そんな事を考えながら、チビチビとお酒でのどを潤し、おいしいおつまみを口に運ぶのであった。

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