第4話 簡単焼きおにぎりをおつまみに


 私のバイト先のケーキ屋さん。

 持ち帰りはもちろんの事、店内やテラスで食べられるカフェという形のお店。

 そのお店に、最近変わったお客さんが頻繁に訪れる様になった。

 何と、和装のお爺ちゃん。

 浴衣姿であったり甚平だったりと色々だが、基本的にそういう物を着ている。

 店内が洋風というか、小洒落た雰囲気なので余りにも浮いてしまう。

 そして何と、お持ち帰りじゃなくて店内で食べていくのだ。

 何やら真剣な表情をしながら、たまにケーキの写真なんかを撮ったりもしている。

 結構歳も行ってそうなので、SNSって雰囲気ではないが……。


 「店長、今日もあの人来てますね」


 「だねぇ。 今日も一つだけ食べて、後は持ち帰りかな?」


 あの人は変わった注文の仕方をする。

 一度に三つほどのケーキを注文し、ひとまず皿に乗った状態の三つをテーブルの上で観察する。

 ひとつはその場で食してから、あと二つはお持ち帰りの箱に入れて帰る。

 最初は手間な事をするなぁ、なんて思っていた訳だが。

 当の本人は話しかけてみればとても柔らかい雰囲気で、逐一お礼を言ってくるようなタイプなので嫌な気はしない。

 なので、余計に謎なのだ。


 「もう暇な時間に入ったし、もしだったら声掛けてくる?」


 「う~ん、でもアレだけ真剣な顔をされてるとお仕事中って可能性も……」


 「かもねぇ。 あ、だったらさ取材とかなら受け付けるよって声かけてみよっかな」


 「店長、どんだけ気になってるんですか……まぁ私も他人の事言えませんけど」


 そんなこんなで雑談していると、例の御爺さんの席から呼び出しが。

 普段通りならお茶のお代わりとかだろうか。


 「お待たせ致しました」


 オーダーを取りに向かえば、いつもながらにこやかな表情でペコリと頭を下げるお爺さん。

 思わずこちらもペコリにお辞儀してからニコリと笑う。


 「お忙しい所失礼します、持ち帰り用の箱を頂いてもよろしいですか? あと、お茶のお代わりを頂けますか? 今日も大変美味しかったです」


 「ありがとうございます、すぐにお持ちしますね」


 一旦カウンターに戻ってから、箱とお茶を持ってすぐに戻る。

 いつも似たような注文をされるので、もはや準備されているという。


 「お待たせいたしました、お茶のお代わりを入れさせて頂きますね」


 「ありがとうございます」


 そんな会話をしながらお茶を注いでいる間に、お爺ちゃんはケーキを箱に詰めていく。

 崩れない様に慎重に扱っているその姿は、いつ見ても微笑ましい。


 「甘い物、お好きなんですか?」


 今だとばかりに声を掛けてみると、お爺ちゃんは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。


 「甘党という程ではありませんが、それなりには。 こんなに沢山は食べられませんので、孫のお土産にさせて頂いてます」


 「あ、そうだったんですね。 てっきり帰ってから食べる分だとばかり」


 「あははっ、確かにこんな頻繁にいくつも買って帰っていればそう思われますよね。 一応、仕事の一環です。 今書いている話が、お菓子を作る男の子の話でして」


 「え、小説家さんなんですか!? すごい!」


 「いえいえ、私なんてそんな大したモノじゃありませんよ」


 そんな会話をしながら、随分と長い事その場に張り付いてしまった。

 何でもお孫さんは大学生。

 しかもなんと、私が通っている大学と同じだったのはビックリだ。

 写真を見せてもらったから、今度見かけたら声を掛けてみよう。

 大学に通う為、お爺さんと二人で暮しているらしい。

 そしてお爺さんは先程聞いた通り小説家、お話し作りの取材の為に訪れているとの事。

 店の雰囲気、お菓子の種類、味、店員の態度、その他諸々。


 「もしかして、作り方というか……ここが苦労する、とか。 そういう現場のお話が聞きたいとかあります? 今ならお店も暇な時間なので、私でも店長でもお話できますけど」


 「よろしいのですか? 是非ともお願いしたい所ですが、お店に迷惑が掛かってしまうのでは……」


 「いえいえ全然、ちょっと待ってて下さいね。 店長呼んできますので」


 という訳で、お菓子作りから店番するときの苦労などなど。

 様々な話を語って聞かせた。

 最後に店内の写真を取らせてほしい、と遠慮がちにお願いされたので。

 店内はもちろん、カメラを預かって厨房の写真なども撮影して返すと。


 「本当にありがとうございました。 今度、何かお礼をお持ち致しますね」


 「いえいえいえ、気にしないで下さい。 また食べに来てくれれば、それだけでウチとしてはありがたいですから」


 満足そうなお爺さんと、仲良くなれた事により上機嫌な店長が、お互いにペコペコしている。

 そんなこんなありながら、お爺さんはいつもより遅い時間に店を出て行った。

 そして私も定時を迎え、帰路に着く。

 何だか今日は色々あったなぁ、なんてニヤニヤしながら歩いていると。


 「爺ちゃん、他に何か食べたいモノある?」


 「ん~焼きおにぎりが食いたいのぉ」


 ん? 何か聞いた事がある声が。

 というか、つい先ほどまで聞いていた気がする声が聞こえた。

 でも、何だか口調が物凄く違うのだが。

 まさかと思って覗き込んでみれば。


 「あ、やっぱり」


 そこにはやはりあのお爺さんが。

 そしてその隣には、写真で見せてもらったお孫さんが歩いていた。

 まさかの帰り道でエンカウント。


 「おや、店員さん。 今お帰りですか? お疲れ様です」


 「ん? あ、もしかして爺ちゃんが取材に行ってる店の人? はじめまして、いつも祖父がお世話になっております」


 私が声を上げた事により、普通に気づかれてしまった。

 そんでもって、お孫さんの方もお爺さんと似た雰囲気。

 何だか優しそうというか、人当たりの良さの様なモノを感じる。


 「こちらこそはじめまして。 すみません、急に声掛けちゃって」


 「いえいえ、お気になさらず。 爺ちゃんと晩飯の材料を買いに来ただけですから」


 そう言って買い物袋を開いて見せるお孫さん。

 入っている材料を見て、思わず「うっ」と唸りそうになってしまった。

 野菜各種は当たり前、調味料やだし昆布なんかも入っているあたり、結構本格的に自炊しているようだ。

 それに比べて私は……不味い、男性に女子力で負けた。


 「凄いですね……男性二人だと、失礼ながらもっと簡単なモノとか食べているのかなって思ってましたけど……本格的なラインナップだぁ……」


 「料理は孫に任せておりまして、私はてんで駄目ですよ」


 はっはっはと愉快そうに笑うお爺ちゃんだが、その顔は何処か誇らしそう。

 仲良いんだなぁ、二人共。


 「私も本当に簡単なモノしか作れなくて。 お菓子作りは好きなんですけどねぇ……料理上手の方が羨ましいです。 しかも一人暮らしだと冷凍のお米がドンドン増えて……」


 なんて、雑談をしていると。


 「あ、冷凍のお米があるなら焼きおにぎりが簡単で良いですよ? 多少時間が経っていても火を通しちゃうわけですし。 味付けも簡単で、何より速いですから」


 「でもウチ、網焼き用のフライパンとか無いんですよね。 アパートだから七輪とかはもちろん使えませんし」


 「いえ、普通のフライパンでいけますよ?」


 「え、うそ」


 ――――


 その後二人にお買い物を付き合ってもらい、いくつか商品を購入してから家に到着。

 なんだか会ったその日に色々と迷惑をかけてしまった。

 今度大学であったらお礼しないと。

 なんて事を考えながら、材料を並べていく。

 とはいえ、そこまで多い訳でも無い。


 「ふむ、一応言われた通りに準備したけども……ホントに出来るのかな?」


 とりあえず冷凍ご飯を食べられる分だけレンチンして、その後ボウルへ。

 その中に醤油、酒、みりんを加えよく混ぜる。

 ご飯の量にもよるが、醤油は少し多めで構わないとの事。

 ご飯にちゃんと色がつくくらいに投入しないと、結構薄味になるんだとか。

 そして何と、天かすを入れると触感や風味が増すらしい。

 その他にも好みで青のりやふりかけ、鰹節や胡麻。

はたまた焼いている途中に味噌を塗っても旨いと言っていた。

 とりあえず今回は天かすと鰹節入れてみよう。

 本当に焼くだけだから、味を変えたければ追加すれば良い。


 「聞いてはいたけど、結構緩いなぁ……握ってもあんまり固まらないや。 崩れないのかな」


 色々と疑わしい点もあるが、とにかくやってみよう。

 まずは熱したフライパンに、クッキングシートを敷く。

 安いモノを使ったりすると張り付く事があるので、その時はキッチンペーパーにごま油なんかを少し垂らし、薄く、本当にうす~く広げるんだとか。

 しかしながら私の趣味はお菓子作り。

 クッキングシートなら、それなりの物が揃っているのだ。

 そんな訳で、その上に未だ緩いおにぎりを並べていく。

 小さく、もしくは薄く作れば中火。

 でっかいのを作るなら弱火でじっくり、だそうです。


 「お、お? 何かいい匂いして来た」


 ジューっと、静かな音を立てているおにぎりたち。

 油を使わずにお米をフライパンに放り込むっていう発想が無かったが、クッキングシートとはこんなにも便利な物だったのか。

 やるやないか。

 なんてアホな事を考えている間に時間は経ち、フライ返しで底の方を突いてみれば、少しだけ固い感触が返ってくる。

 これは、もう良いのだろうか。


 「ま、モノは試しと言う事で……」


 ほいっ! と声を上げながら、一個目をひっくり返してみた。

 すると。


 「え、うそ!? マジで焼きおにぎりだ!」


 コンビニに売っている様な焼きおにぎりになりますよって言われたけど、マジでそっくり。

 冷凍食品やコンビニおむすびにある、“あの”焼きおにぎりが目の前にある。

 一個100円くらいではあるものの、冷凍ご飯の量を考えると今後は自分で作った方が良いかも……なんて思わせられる光景。

 これくらいなら普通に作れるし、しかも量だって出来る。

 うおわぁぁ、マジですか。

 網が無いから諦めていたけど、焼きおにぎりってこんな簡単に作れるんだ。


 「そろそろ良いかな?」


 とりあえず両面とも焼き終わり、一つ目を皿に乗せる。

 そして今日は、お酒を飲む事にした。

 あの二人がお酒に合うつまみの話とかし始めたので、思わず買って来てしまった。

 とはいえ、度数の低いチューハイではあるが。


 「それじゃ試作品、いただきます」


 手を合わせてから、パクッと齧りついてみれば。


 「お、おぉ……マジか、普通に焼きおにぎりだ」


 表面はカリッとしたあの触感、そして中はしっとりと柔らかい。

 焼いたばかりだから当たり前なのだが、あちっあちっなんて声を上げながら食べる焼きおにぎり。

 冷凍食品やコンビニおにぎりではこうはいかない。

 そして何より、しっかりと味が染みている。

 香ばしい焼き醤油の風味、海老入り天かすを入れた事により海老天みたいな味わいがふんわりと乗っている所も良い。

 2~3個ならペロリと食べられてしまいそうだ。


 「次は味変えてみようかな。 いや、その前に味噌塗ってみよう」


 そんな訳で一つ目を食べ切り、すぐさまキッチンへと戻る。

 先程同様の手順でお米を握り、フライパンの中へイン。

 今回は二個いっぺんに。

 更には忘れていたチューハイのプルタブを開き、クイッと缶を傾ける。


 「ぷはっ、何か久々に飲んだ気がする」


 普段は飲み会でもない限り、あまり飲む方ではない。

 でもこの焼きおにぎり、普通にお酒に合うんだが。

 今回は甘めのお酒を買って来たが、酸っぱい系とかビールとかも味としては合うかもしれない。

 あんまりビールは飲まないけど。

 なんて事をして居る内に焼きおにぎりの片面が焼き上がり、ひっくり返してみれば良い焼き色が入っていた。


 「一回焼いた側に味噌を塗って、最後に味噌を塗った側も軽く焼く、と。 焦げやすいって言ってから、気を付けないと」


 裏面にも火が通った事を確認してから、もう一度ひっくり返して味噌の面を下にする。

 するとジューという静かな音と共に、今までとは違う味噌の焼ける香りが漂ってくる。

 こんなに簡単なのに、匂いがもう美味しそう。

 焦げない様にちょこちょこ観察しながら、そろそろかなって所で試しにひっくり返してみた。


 「ありゃ、片方ちょっと焦げちゃった」


 ま、これくらいなんでもないだろう。

 むしろコゲがあった方が好きって人もいるくらいだし。

 そんな訳で、二回目の焼きおにぎりが完成。

 先程の物も美味しかったが、今回はプラスαがあるのだ。

 非常に楽しみ。


 「改めまして、いただきます」


 もう一度手を合わせてから、ガブッと噛みついてみれば。


 「うっま!」


 凄い、ただ味噌塗っただけなのにこんなに香りがするんだ。

 焼かれてカリッとした触感に、噛みしめればしっかりと味噌の味と焼きおにぎりの旨味。

 うん、コレはご飯余っても普通に有効活用できる。

 しかも、私みたいな料理下手でも結構簡単に作れるあたり安心感が段違いだ。

 という訳で焼きおにぎりをパクつきながら、お酒を傾けていると。

 ポコンッと気の抜ける音がスマホから響く。


 「おや、珍しい。 お姉ちゃんだ」


 なんでも、明日休みだからこれから遊びに来るとか何とか。

 まぁ別に構わないが、非常に急ですな。


 「焼きおにぎり作ったけど、食べるー? っと」


 そんな文章を送ってみれば、すぐさま『試しに』と返って来た。

 試しにってなんだ、失礼な奴め。


 「罰としてお酒買って来てもらおう」


 まだまだご飯はあるのだ、小さめなのを色々と作ってみよう。

 なんて事を考えながら残りのおにぎりを口に放り込み、私は再びキッチンへと向かったのであった。

 コレは、ちょっとしたおつまみ作りにハマる人の気持ちが分かった気がする。

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