第8話 早くて簡単賄い飯


 「ふぅぅぅ」


 深いため息を吐きながら、店を閉めて暖簾も下げた。

 今日の仕事も無事終了。

 とはいえ、まだ洗い物だなんだは残っているが。

 そんな事を考えながらカウンターに腰を下ろしていると。


 「てんちょー! お疲れ様っスー!」


 なんだか随分と軽い調子の声を上げながら、鬱陶しいのが裏口から入って来た。

 全くコイツは……なんて思いながらも、「おう」とだけ返事を返す。

 茶髪にピアス、そんでもって派手な服。

 煩いのが苦手な俺にとって、一番苦手な人物像だと言えるかもしれない。

 だというのに。


 「そんじゃ、きっちり働かせていただきます!」


 ビシッと敬礼モドキをかましたかと思えば、彼は派手な服の上からエプロンを身に着け、すぐさま洗い物と掃除に取り掛かる。

 コイツは、ウチのバイト。

 しかし接客なんかはさせず、店が終わった後の片付けと明日の準備を手伝わせている。

 時給だって別段高い訳じゃない、しかもこんな時間だ。

 遊びたい年頃だろうに、コイツはサボりもせず毎日の様にウチに訪れる。


 「お前、この時間暇なのか?」


 気の利いた台詞なんぞ吐ける訳もなく、結局いつも通りの不機嫌そうな声が出てしまう。

 これも、俺の悪い癖だ。


 「暇っすね、というか暇にしてます! 俺、ココで働きたいんで!」


 「洗い物と掃除がそんなに楽しいか?」


 嫌味の様に聞こえてしまうかもしれない、でも疑問に思ってしまうのだ。

 ウチは焼肉店。

 皿も、網も、店内でさえ油と煙でギトギトになる。

 普通の皿洗いと違って、随分と苦労する事だろうに。

 だからこそ、彼が無理をしていないかだけが心配だった。

 しかし。


 「楽しいっすよ! 皿洗ってる時に、あぁこの人は今日コレ食ったんだなぁとか。 部屋の掃除に入ってから、この匂いはさては焦がしたな!? とか考えながらやってると、滅茶苦茶楽しいっす! ココの飯マジで旨いですからね、色々覚えちゃいましたよ!」


 なんて、恥ずかしそうに笑うヤンチャなバイト。

 こんな奴が居るから、人間ってのは分からない。

 見た目だけなら、絶対にアルバイトを断っていた事だろう。

 でも、コイツは。


 『ここに一回合コンで食べに来た事があるんですけど、滅茶苦茶旨かったっす! あの塩キャベ無料とかありえなくないっすか!? もはや合コンとかどうでも良くなって、必死で旨い肉の焼き方探してましたもん俺。 あとおつまみも最高でした! お願いします! 皿洗いでも掃除でも何でも良いんです! この店で働かせてください!』


 そんな台詞を大声で叫び、見事バイトという立場を勝ち取った。

 しかしながら普段はそこまで人手に困っていない為、深夜の短時間バイト。

 皿洗い、掃除、明日の仕込み。

 たったそれだけ。

 時給千円出した所で、大した稼ぎにはならないだろうに。

 それなのに、コイツは毎日嫌な顔一つせず働いている。


 「おい」


 「はい! 何すか店長!」


 カウンターで水を飲みながら声を掛けてみれば、すぐさま元気な声が返ってくる。

 若いってのはすげぇな、こんな時間になっても元気が有り余っている。


 「腹減ってるか? 今日の足は?」


 「腹減ってます! そんでもって、いつも通り歩きっす!」


 「なら食って行け、余りもんで何か作ってやる。酒も飲んで良いぞ」


 「ヤッター! 店長の焼いた肉が食える!」


 それから1.5倍ほどペースアップしたバイトは、深夜だというのに汗水たらしながら必死に掃除して回った。

 見た目とは異なり、非常にまじめだ。

 決して手を抜いたりしない。

 キッチンに落ちにくい油汚れの一つでも見つければ必死にスポンジで擦り、客が残した汚れを見つければ、落ちるまで雑巾がけを繰り返す。

 その姿を見れば、誰しもが思うだろう。

 人は見た目じゃない。

 コイツみたいなちゃらんぽらんな格好のままデカイ会社に向かえば、スーツを着た面接官は言うだろう。

 “お前はやる気があるのか”と。

 流石にそんな事態は想像しにくいが、もしあったとするなら。

 俺は、言ったソイツをぶん殴ってしまうかもしれない。

 それくらいに、やる気だけは十二分にある男だった。


 「店長! 客室終わりました!」


 ダラダラと汗を流しながら、チャラいバイトが俺の元まで戻って来る。

 その姿は随分とカラフルだが、間違いなく仕事を終えた漢の顔をしていた。


 「キッチンは後回しだ、先に皿洗ってろ。……あとお前、ワインは飲めたか?」


 「ワインっすか……悪酔いするイメージしかないですけど……」


 「ガブガブ呑まなきゃそうはならん。 駄目そうなら他のモン飲んで良いぞ」


 「了解っす!」


 元気いっぱいな若者を他所に、カウンターから立ち上がった俺は冷蔵庫へと向かう。

 中身は今日の残り。

 店が小さい為、そこまで大量の食材は必要ないのだが……ありがたい事に客足はほとんど途絶えない。

 なので、本当に“残り物”程度だ。


 「つっても、二人分には多いくらいか」


 手前にある安い肉の盛り合わせを引っ張り出し、適当な野菜も掴む。

 バイトが必死に皿洗ってんのに、洗い物をあまり増やしても可哀そうだ。

 どんぶりモノにしよう。


 「おい」


 「はい! なんでしょう店長!」


 「盛り合わせが一皿残ってる。賄い作っても残った分は持って帰って良いぞ」


 「ありがとうございます! すげぇ助かります!」


 そんな訳で、賄い飯を作り始めるのであった。


 ――――


 「て、店長。この匂いやべぇっす……滅茶苦茶腹なるんですけど」


 「ホントにすぐ出来るから待ってろ。皿洗い終わったのか?」


 「もうちょっとで終わりっすね!」


 フライパンの中でジュージューと良い音を上げる肉。

 ある程度火が通って来た所で、ウチで出している甘口ダレを投入。

 水分が少なくなるまで煮立たせてから、刻みネギを放り込む。

 焼いているのは豚バラ肉。

 網で焼く事を前提にしている為少しばかり大ぶりだが、フライパンでも特に問題はない。

 本当なら漬け込んだ方が味は染みるが……今からやるのも面倒なので全てフライパンで済ませてしまった。


 「ここのタレってすげぇ旨いっすよねぇ、今度作り方教えて下さいよ店長」


 「別に構わねぇが……本当に大したもんじゃねぇぞ? それに、そこらで売ってるタレでも十分旨いもんは作れる」


 「そうかもしんないですけど、やっぱ俺はココのタレが好きっす」


 「なら少し持って帰れ、作り方はまた今度教えてやる。今日も“家族”に作ってやんだろ?」


 「うっす! ありがとうございます!」


 なんて事言っている間に肉は完成。

 一度皿に移してから、タレが付いたままのフライパンにもやしとピーマンを放り込み炒める。

 塩胡椒を多めに振って、火が通ったのを確認したら終わり。

 非常に雑で簡単な飯。

 どんぶりにご飯をよそって野菜、肉の順にドカッと盛り付け、辛口ダレを上から少々。

 気持ち程度に胡麻ふってから、真ん中にワサビ。

 普通ワサビなんぞ付けないかもしれないが、俺は肉とワサビの組み合わせが好きなので乗せる、以上。

 そんでもって最後に酒を準備すれば、とんでもなく簡単な賄い丼の完成である。


 「残りの洗い物は後にして、まずは飯だ」


 「待ってました!」


 ご機嫌なバイトは二人分のワイングラスを用意し、カウンターの席を二人分引く。

 箸やら何やらも全てバイトが勝手に用意してくれるので、俺の方は黙って丼と酒を準備。


 「んじゃ、食うか」


 「いただきます!」


 元気な声を上げて、パァン! と盛大に手を合わせてから、まるで腹ペコの学生の様にどんぶり飯を掻っ込んでいくバイト。

 もう少し落ち着いて食えば良いモノを……なんて事を思いながら、こちらも手を合わせて丼飯を口に運んだ。

 うん、旨い。

 別段大した事をしなくても、肉は焼けば旨い。

 それに旨いタレさえ用意してしまえば、他には何の準備も技術もいらない。

 ただ焼くのに慣れれば良いだけ。

 それだけで、十二分に旨い。


 「うめぇぇ……店長ってどんな肉でも旨く焼きますよね。 コレが一番安い盛り合わせの肉とか信じらんないっすよ」


 「そんなモン慣れだ。それに肉にも状態がある。仕入れ先やら買う時やらにちゃんと選べば、案外旨い肉は安く食えるんだよ」


 「焼き方以前にも、選ぶ所から違うって事っすか。 俺もいつか店長みたいに“出来る男”になりたいっすねぇ……」


 「10年はえぇよ」


 「じゃぁ10年バイトします!」


 「いってろ」


 アホみたいな会話を繰り広げながら、俺たちは丼飯を喰らう。

 あまり深夜に食うものではないかもしれないが、豚肉なのでそこまで胃がもたれるって事も無いだろう。


 「甘口タレで味がついてんのに、更に辛口ダレでパンチが効いててマジで無限に食えそうっす。 野菜もシャキシャキでうまぁ……」


 随分と幸せそうな顔をしながら、ガツガツと飯を口に運ぶバイト。

 いつもの事ながら、ひょろっとした見た目なのに何処にそんなに入るのやら。


 「最後に掛けた辛口ダレがご飯に染み出してるのって、なんでこんなにハマるんでしょうね? 市販のタレでも米にかけて食うとかあるじゃないっすか」


 本当に良く喋る。

 しかしコイツは、決して口に物を入れながら喋ったりはしない。

 しっかりと食ってから、喋る時は喋るの繰り返し。

 食いながら米粒なんぞ飛ばしながら喋るようなバカタレだったら、多分ココまで飯を作ってやる事は無かっただろう。


 「店長店長、ワイン忘れてません?」


 「あ」


 言われて思い出した。

 飯ばかり食って、酒を飲むのを完全に忘れていた。

 バイトがいつでも「旨い旨い」と言いながら、意外にもちゃんと感想を述べるので耳を傾けているとたまにこういう事が起きる。

 半分以上食い終わってしまっており、バイトに至っては食い終わり寸前。


 「じゃ、じゃぁ俺近くのコンビニで何か買ってきますよ! 走ればすぐなんで!」


 バイトが飯の残りを掻っ込んでから勢いよく立ち上がったかと思えば、風の様に走り去っていった。

 止める間もなく行っちまった……やれやれ。

 ツマミくらい、今からでも作ってやるってのに。

 呆れたため息を溢しながら俺も残りの飯を平らげ、お使いに出たバイトの代わりに洗い物を始める。

 たまには、若い奴が選んだツマミで酒飲むのも面白いかもしれない。

 はてさて、アイツは一体何を買ってくるのやら。

 そんな事を考えると、少しだけ口元が緩むのが自分でも感じられたのであった。


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