番外編

第24話 その後

※※※

 都合により、限定近況ノートに上がっているSSを此方にも公開しようと思います。

 此方の話は『現代庶民飯』の続きではありますが、短編『書き手と描き手の境界線』の続きでもあります。

 未読の方は、そちらもお読みいただければより一層お楽しみ頂けるかと思います。

 どうぞ、よろしくお願いいたします。

※※※



 「てんちゃ!」


 お店の扉を開いた瞬間、娘が元気な挨拶をかましながら店内に突入していく。

 本来は幼稚園に入ったばかりの小さな子供を、居酒屋とも呼べるこの店に頻繁に連れて来るのはあまり喜ばれる行為ではないかもしれない。

 しかしながら、可愛い我が子が言うのだ。

 ジュージュー(焼肉)に行きたいと。

 そんでもって迎えてくれる相手はと言えば。


 「おう、よく来たな」


 「いらっしゃーい。今日も元気っすねぇ!」


 「バイとぉ! 来たぁ!」


 「あいあーい、バイト君っすよぉ? 会いたかったぁ?」


 「たかったー!」


 お店の店長はニッと口元を吊り上げ、店の顔役の様な立ち位置にある従業員さん。

 通称バイト君も、満面の笑みでダッシュしていった娘をキャッチして抱き上げている。


 「すみません、毎回騒がしくしちゃって」


 「バイト君もごめんねぇ、来るたびにこんな調子で」


 夫婦揃って二人に頭を下げてみれば、店長はヘンッと鼻を鳴らし。

 バイト君はニコニコしながらピースサインを向けて来た。


 「ぜ~んぜん問題ないんで、気にしないで下さい。さっ、どうぞ。いつもの特等席にご案内っす」


 軽い調子で自然とカウンターへと案内され、娘用に改良された座席が用意された。

 もう随分と見慣れてしまった、座席と車用のバケットシートが合体した代物。

 ほんともう、ここまでして頂いて申し訳ないと思うと同時に、実家の様な安心感が胸の中に広がった。

 そんな御大層なモノに座らされ、しっかりとベルトまで締められる娘は物凄くご機嫌だ。

 成長して来た影響か、最近は我儘も凄いし手を煩わせてくれる事も多いが。

 この店に来た時だけは非常に良い子にしてくれる。

 仕事に育児とひっちゃかめっちゃかになっている俺達としては、子供と一緒に居てもゆっくり出来るとてもありがたい空間になっていた。


 「いつもごめんね、本当に。娘もここに居る時だけ良い子にしてて……店長とバイト君に良い所見せようとしてるのかな?」


 「なははっ、お役に立ててるなら光栄っす。育児は大変だって聞きますからね。旦那さんも育メンさんっすから、奥さんと一緒にゆっくりしてってください。とりあえず、いつもので良いっすか?」


 弾けんばかりの笑みを浮かべながら、バイト君が慣れた態度で注文を取りながら時折娘を相手してくれる。

 すげぇなぁ、この人。

 見た目は派手だけど、絶対保育士の才能とかあるって。

 なんて思っている内に、手が空く度にカウンター越しに娘に玩具を渡して来る店長。

 ムスッとしている癖に、子供を構いたくて仕方ない御様子だ。

 なんていつも通りの光景を見ながら、思わず緩い笑みを溢していれば。


 「だから、何故そこで諦める必要がある? 到底理解出来ない、弱気になるのは構わんが筆は動かせ。ぶつくさ言っている時間がもったいないとは思わないのか?」


 「ちょっと、アンタはもう少し言葉を選びなさいよ。今回のコンテストがどれ程期待してたかって、前にも説明されたでしょう?」


 「ハッ! コレだから今時流行らないアナログ作家共は。“絵具女”も相変わらず型に嵌り過ぎているし、俺達が居なくなる寸前で入部して来た新入部員はウジウジウジウジと。たかがコンテストに一つ落ちたくらいでなんだ? 俺を見ろ、星の数よりボツ小説の方が多いくらいだ。今回通らなかったら死ぬ病にでも掛かっているのか? だとしたら大変だ、今すぐ病院を紹介してやろう、俺の行きつけの耳鼻科だ。毎年良く効く花粉症の薬を処方してくれる」


 「“猫背作家”、あんたちょっとうるさい。ていうかデリカシーってもんは無い訳? 励ます為に焼肉食べに来てるってのに」


 「それこそ、ハッ! と言って笑い飛ばしてやれば良いだろうに。デリカシーなんぞ持ち合わせた所で飯の種にはならんし、自信にも繋がらない。それに根本からお前は間違いを犯している。だから何時まで経っても“絵具女”なんだ」


 「ほほぉ、今日はいつもに増して喧嘩腰じゃない。絵の事を一ミクロンも理解していない作家様は、一体何が言いたいのかなぁ?」


 「失礼な奴だなお前は。確かに描く事に対しては、ミクロンどころかそれ以上に理解していない俺だが。見て、感じて、感想を残す事は出来る。ソレは一般的な閲覧者と変らないと言う事だ。更に言えば、俺なら訳の分からない罵倒や意味を感じさせないコメントは残さない自信がある。もっと言えば俺のコメントに対して、作者から質問も出来るという便利システムだ」


 「あーはいはい、カルビ来たよー食べよー?」


 こちらとは逆の隅、カウンターの端っこに随分と元気な若者たちの姿が見える。

 へぇ、珍しいな。

 なんて思わず感想を残してしまった。

 このお店は少々特殊で、気に入ったお客さんしかカウンターに座らせない。

 こう言うと自惚れしている様に聞こえるかもしれないが、カウンターに座る人の顔は結構覚えているのだ。

 しかしながら、彼等は初めて見た。

 新規の店長お気に入りだろうか? 随分と若く見える……というか、高校生くらいにしか見えないのだが。

 とか何とか、興味深々の瞳を向けていれば。


 「聞いてると面白いですよ、あの子達。めっちゃ熱いなぁって感じで。ほいっ、生ビールとジュース。後は塩キャベと牛タンっすよぉ」


 こちらの視線に気が付いたのか、バイト君がそんな台詞と共に注文の品を目の前に並べ始めた。

 キャッキャッとはしゃぐ娘には、ちょっとした摘まめるもの用意してくれている。

 店長とバイト君からあーんで食べさせてもらえるウチの子も、だいぶご満悦なご様子。


 「って事は、新規のお客さん? 珍しいね、店長があれだけ騒ぐ子をカウンターに置くなんて」


 「そっすね。わりと以外ではあったんですけど、ウチの店長若い子が頑張ってるのとか結構好きなんで。その影響っすかね」


 「バイト、サボってんじゃねぇ」


 「うっす、すんません!」


 どうやら余計な一言を言ってしまったらしく、バイト君は慌ててカウンターの向こうへと消えて行った。

 でも、そうか。

 ココの店長が認めるというか、応援したくなる程頑張っている学生か。

 なんというか、いいなぁそういうの。

 まさに青春って感じで、そんな事を思いながらニヤニヤとしていれば。


 「ちょっと良い趣味とは言えないかもしれないけど、そう言われると聞き耳立てちゃうわよねぇ。そう思わない? 旦那様」


 「ほんと、この状況であの子達の話聞かない選択肢とか無いでしょ。奥様?」


 二人揃って口元をニッと吊り上げ、会話もせずにお肉を焼き始めるのであった。

 はてさて、若い彼等は一体どんな会話を繰り広げるのやら。


 ――――


 「そもそもだ、何故お前はそんなに落ち込んでいる」


 「だから、デリカシー……」


 やけに突っかかって来る絵具女を無視しながら、届いたカルビを焼いていく。

 俺達に挟まれる様にして、未だ顔を伏せている後輩。

 先程声にも出したが、引退寸前の俺等二人しかいない“美術部”。

 クリエイト関係なら何でも活動OKという意味の分からない部活だが、高校三年の終盤というこの時期に、部の後輩が出来たのだ。

 それが俺の隣で未だ鬱陶しく落ち込んでいる少女。

 せっかく焼肉に連れて来てやったというのに、見るからに落ち込んでいる。

 それもその筈、彼女はとあるサイトで行われていたイラストコンテスト、漫画コンテストにおいて脱落した。

 本人も結構自信があった様だし、俺達が見ても悪い物じゃなかった。

 しかしながら、結果は結果だ。

 という訳で、酷く落ち込んでいる彼女を慰める為今日は部員皆でご飯に行こうという話になった訳だが。


 「答えろ、後輩。俺達が喋っているだけでは意味が無い。お前の意見を聞かせろ、お前はどうしたいのか教えろ」


 絵具女の口にカルビを突っ込み黙らせた後、真剣な表情で後輩を睨んでみれば。

 彼女は、ビクリと体を震わせてからポツリポツリと呟き始めた。


 「そりゃ……落ち込みますよ。最終審査まで行ったのに、こうもあっさり落ちちゃったわけですし。しかも評価シートもあんまり良い事書いてないし。今までの期待感があったからこそ、その……なんていうか」


 ひどく落ち込んだ様子で、未だ顔を上げない後輩。

 普段から自信無さげな表情だったり、言動だったりしている訳だが。

 ここ最近はマシだったのだ。

 一次審査を通り、二次審査を通り。

 もはや毎日ワクワクと過ごしていた彼女に、落選の知らせ。

 そこからは、この調子だ。


 「全く、漫画家やイラストレーターを目指す奴というのは、何故こんなにもメンタルが弱いんだ? 何か起こるたびにメンタルがやられるなら、健康面を考慮して辞めてしまえ」


 「おいコラクソ作家。それは偏見な上に言っちゃいけない台詞だぞテメェ」


 絵具女から、トングを顔面にぶっ刺された。

 非常に痛い、店の道具で何てことしやがる。

 だが“描く”人間ではないからこそ、言える事もある。

 自らの描く世界と比べられない、比べるべきではない世界を描く相手にこそ言葉を紡ぐ事が出来る。

 それは、“部外者”だからこその特権なのだ。


 「そうっすよね……私みたいな絵描き、そこら中に居ますもんね。諦めちゃって、普通の仕事とか就いた方が良いっすよね。夢とか見ない方が……先輩の言う通り現実的です」


 後輩の台詞に、より深くトングが突き刺さる。

 止めろ暴力絵具女。

 俺の血でキャンバスを染めるつもりか。


 「あぁその通りだ。普通に生きたいのなら、そうすべきだ」


 言った瞬間、ザクッと音と共に頬にトングが刺さった。

 おかしいな、トングというモノには刃はついていなかった筈なんだが。


 「そっすよね。はぁ……何を夢見てたんだろ。私なんかじゃ替えの利く道具くらいにしかならないのに。何夢見てたんすかねぇ……」


 大きく溜息を溢しながら項垂れる後輩の頭に、トングを刺されながらもチョップをぶち込んだ。

 「いだぁっ!?」とか悲鳴を上げているが、知らん。

 甘ったれなクリエイターモドキに遠慮などいらん。

 そしてコイツは、何を勘違いしているのだろうか。


 「お前は馬鹿だ、これだけは言っておく」


 「うっす、馬鹿です。あとコンテストも全然通らない無能です……」


 「それが馬鹿だと言っている」


 もう一発チョップを叩き込めば、トングがより鋭利になった気がした。

 視線を向けてみれば「いい加減話を進めろ」と言わんばかりに、絵具女が怖い笑みを浮かべていた。

 もう少し凹ませてやりたかったが仕方ないか。


 「良いか良く聞け大馬鹿者。今回のコンテスト、参加者は何人だった?」


 「えっと……数千人を超えたってトピックスは見ましたけど。正確な数は分からないです」


 「最終選考に残ったのは何人だ?」


 「えと、ごめんなさい、正確には分からないっす。百は切ってたと思いますけど……」


 「その時点でお前はクソヤロウだ」


 もう一発、後輩の頭にチョップを叩き込んだ。

 その瞬間、トングが開いて俺の顔面を掴んで来たが。


 「嬢ちゃん、そのトングは確かに肉を掴むモノだが。彼氏の肉は掴まないでくれるかい?」


 「あっ、これは大変失礼したしました……」


 焼き肉屋の店主から声を掛けられ、大人しく俺を掴んでいたトングを回収される暴力絵具女。

 店の道具をそうやっておかしな事に使うから怒られるんだ。

 貴様も大人しく座っていろ。

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