29.【SIDE:勇者】逃げたい勇者、ルーナはゴブリンの群れとの死闘に臨む

 ゴブリンの群れを迎え撃つ。

 来るべき時に向けて、私が精神統一をしていると、



「なあ、ルーナ。付き合ってられないぜ。逃げちまおうぜ?」


 こちらに話しかけてきたのは、オリバーだった。


(このアホ勇者は、またそんなことを言って……)

(いいや。もう、今さらやな――)


 今度ばかりは、怒る気力も無かった。

 これまで口を出していたのは、オリバーに行動を正して欲しかったからだ。ここで全てが終わるのなら、相手にするのも鹿らしい。



「本気で言ってるんか?」

「ああ。勇者たる俺が、こんなところで犬死にするなんて馬鹿らしいからな!」


「そうか、あんたはそういう奴やったな。……逃げたければ、逃げればええんやないか?」

「何、意固地になってるんだ? 死ぬかもしれないんだぞ!?」


 オリバーは怒鳴り散らす。

 勇者パーティに入った時から、そんな覚悟はとっくに出来ている。私もエミリーも、オリオンだって。死地に望むかけがえのない仲間だからこそ、固い絆で結ばれている。そう信じていた時もあった。



「おい、ルーナ! 何とか言ったら――」

「うっさいな! 少しでも出来ることを、しておきたいんや。肩書きだけの勇者は黙っとって!」


 我慢の限界だった。



「なんだと――!」


 激昂するオリバーを余所に、私たちはゴブリンを迎え撃つ準備を進めていく。罠を作り、薬を一か所に集めた。少しでも、ここで生き永らえるために。

 一刻を争う事態なのだ。これ以上、アホを相手にしていられるか。




◆◇◆◇◆


 結局、オリバーは姿を消して、そのまま姿を見せなかった。


「ここはもうじきゴブリンに襲われます。逃げられる人は、すぐに準備をしてください」

「そ、そんな……」


 その知らせを受けて、村人たちは悲壮な顔で覚悟を固めた。

 手間取るかと思っていたが、既に荷物の準備は出来ていた。移動する準備は整っていたようだ。こうなる可能性も、考慮していたのかもしれない。



「私たちは、ここでゴブリンたちを足止めします」


「私たちのために。本当に、なんとお礼を言ったものか――」

「ご武運をお祈りします」


 私たちが足止めのために残ることを告げると、村人たちはこぞって頭を下げてきた。何人かの村人が一緒に戦うとも言ってくれたが、それは丁重に辞退する。犠牲者を増やす必要はない。



「行ったかな?」

「ああ。行ったみたいやな」


「無事に逃げ切れるかな?」

「逃がせるかは――私たち次第やな」


 村人たちの感謝の表情を思い出す。

 彼らが無事に逃げ延びることが出来るかは、私たちの働きにかかっている。私は改めて気合を入れ直すのだった。




◆◇◆◇◆


 オリバーがゴブリンの巣から戻ってきて、どれほど経っただろう。

 モンスターの群れが、遠くから姿を見せていた。


「来たぞ――ゴブリンの群れだ!」

「100、200やあらへんな。悪夢のような光景やな……」


 繫殖期を迎えたゴブリンの数は、あまりにも多かった。

 その1体1体が、きちんと武装している。ゴブリンキングに率いられたゴブリンは、野生のゴブリンより遥かに厄介だ。

 さらに厄介なことに、


(はあ!? ゴブリンキングが、複数体おるやと?)

(群れ同士で連携してるんか? まったく――何の冗談や?)


 この規模のパーティで挑める相手ではない。所詮は時間稼ぎ。最初からそう思っていた。だとしても、あまりにも――



「私は勇者パーティのルーナや! 私が生きてるうちは――ちゃうな。死んだ後も・・・・・ここは通さへんで!」


 私は、まっすぐにモンスターの群れを見据える。

 勇者パーティでは、しんがりを任されることも多かった。死地に足を踏み入れるのは、今回が初めてではない。恐れるな。




『オールヘイト・コレクター!』


 それは私の得意とするスキル。範囲内のすべての攻撃を引き付けものだ。


 このスキルを受けた者は、何人たりとも私を無視して先に進むことは出来ない。勇者パーティのナイトが誇る、まさしく最強の足止め技であった。


 そのスキルの特性は、ヘイトの集め方にある。

 通常のヘイトコントロールスキルは、ある種の精神操作によるもの。少し耐性があるモンスターであれば、簡単に振り切ることも可能だ。

 しかし、このスキルは違う。



「スペルゴブリンだ! 皆、魔法に備えろ――!」

「いいや、その必要はあらへんで!」


 遠くでゴブリンが魔法を放った。

 村の防壁を破壊しようと放たれた複数のファイアボール。それらは全て、軌道を変えてスウッと私の方に向かってくる。



「な――! 放れたれた魔法すら、自分をターゲットに変えられるのか!?」

「無茶だっ! ルーナちゃん、死ぬ気か!?」


「そんなヤワな鍛え方はしてへん!」


 これがオールヘイト・コレクターの効果だ。

 ただ相手のヘイトを自分に向けるだけではない。すべての攻撃が、物理的に・・・・私に飛んでくるようになるのだ。



『シールド・ナイト!』


 受けるときは防御技を使う。飛んでくる無数のファイアボールのダメージを、最小限に抑えることに成功。素早くポーションを飲み干し、次の攻撃に備えた。



「防御は私に任せるんや! 皆は、とにかく攻撃を――! 敵の数を減らすんや!」

「「おお!」」


 私は声を張り上げる。



(痛った……。きっついなあ……)

(いつまで持つかな?)


 ゴブリンキングに統率されたゴブリンたちは、どうやら各個体が強化されているようだ。その魔法は、たしかに私にダメージを与えた。あれらのゴブリンが一斉に襲い掛かってくるのなら、恐らく長くは持たない。

 だとしても、やることは変わらない。


 このスキルの効果は、死んだ・・・後も・・24時間・・・・残り続ける・・・・・。スキルの対象となったモンスターは、私の生死にかかわらず、この場で足止めされるのだ。



「ただで死ぬ気はないんやで!」


 私たちの後ろには必死に逃げる村人が居る。

 勇者パーティの成れの果て。その死に場所としては、悪いものではないだろう。

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