26.古代魔術師、きな臭い指名依頼を受注する

「はあ、指名依頼ですか?」


 ある日の冒険者ギルド。

 俺――オリオンは、指名依頼を頼みたいとの言葉に首を傾げた。結成したばかりの弱小パーティに頼みたいとは、随分な変わり者も居るものだ。



「依頼内容はなんですか?」

「はい。リレックの村からの依頼で、ゴブリン討伐クエストです。応援を求めたいとのことで……」


「ゴブリン討伐のために、わざわざ使命依頼を?」


(普通のクエストとして貼りださないのは何でだろう?)


 どうにも腑に落ちない。



「すいません。その――エドワードさんからの指示でして。私も詳しいことは分からないんです……」


 受付嬢は申し訳なさそうに頷いた。


(エドワード。その名前が出てくるのか……)


 俺たちのパーティは、感謝状の受け取りを拒否している。アリスが古代魔法について報告した際の反応も、お世辞にも良いものでは無かった。


「エドワードからの指名依頼?」

「何だろう。嫌な予感がするね」


 エミリーとアリスは警戒心をむき出しにした。


「拒否することは出来ますか?」

「それが、その……」




 そんなやりとりをしていると、後ろから声がかけられた。


「詳しいことは、私の方から説明しますね?」


 声をかけてきたのは、どこかで見たことのある人物。エドワードの部屋に入った時に、彼の傍に仕えていた女性であった。


「初めまして。私はエドワード様の秘書をしております。ミシャと申します」

「オリオンです」


 軽く会釈し、俺は続きを促した。

 ミシャは何故か人目を気にしながら、飲食スペースの隅に俺たちを招いた。どうやらこっそりと俺たちに伝えたいことがあるらしい。


「今回の指名依頼のことについて。どうしても、お伝えしておかなければならない事があります」

「それは良いんですけど――どうして私たちなんですか?」


 ミシャに疑いの目を向けるアリス。

 突如として持ち込まれた指名依頼。アリスの中でエドワードに対する信頼は、もはや最低レベルにまで下がっているようだった。



「エドワード様の指示です」

「それが腕を見込まれてのことなら嬉しいけど……」


 言外に「違うよね?」と確認する。

 エドワードからの俺の評価は「ランク外」。無能だという烙印。そんなパーティに依頼をする目的が、想像も付かなかった。



「今回のゴブリンの討伐クエスト。元々は勇者がバックレたことが原因なのですが――」

「ちょっと待った! え、勇者がバックレた!?」


 聞き捨てならない言葉に、エミリーが立ち上がった。


(オリバー、何ていうことを……)


 討伐依頼のあったゴブリンを放置するなど、冒険者としては最悪の行いである。



「クエストは勇者パーティも一緒です。せめてものお詫びにって、パーティメンバーのナイトの子が言い出したみたいです」

「そう、ルーナが……」


 エミリーは複雑そうな顔をした。



 驚く俺たちを余所に、ミシャは言葉を続けた。


「はい。ゴブリンたちは、既に繫殖期を迎えているそうです。100体を超える群れを作っていると報告が上がっています」

「え? その割にはギルドは静かだけど……」


 そんな情報、聞いたことがない。

 繫殖期を迎えたゴブリンに対処するなら、すぐにでも迎え撃つきパーティを見繕わないといけないだろうに。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 不思議そうにしていると、ミシャが突如として泣き崩れた。



「全部エドワードさんの指示でした。私は怖くて逆らえませんでした。情報を伏せて邪魔なパーティを始末しろと――オリオンさんとアリスさんへの逆恨みです」

「冗談だよな?」


 それで犠牲になるのは、俺たちだけではない。一番困るのは、依頼をしたリレックの村の住民だ。まともな判断とは思えない。


「私、怖くなって。町1つを犠牲にしようとしてるんですよ? この情報を持ち帰った冒険者は、魔術師組合の客室に軟禁されています。誰にも情報を漏らすな、と厳命されて……」

「ありがとう。伝えてくれて」


 俺はミシャに頭を下げた。

 組織の意向に逆らうことのリスクは、よく知っているだろう。ミシャの行動は、とても勇気が必要となったことだろう。



「こんなこと。オリオンさんたちに伝えても、どうしようもないですよね。やっぱり私、ギルドマスターに相談してきます」

「頼みます。……俺たちは、予定通りに先に向かいます。何か力になれるかもしれませんから」


 ゴブリンの繫殖期。

 その事実がおおやけになり、パーティを募集してという過程を経れば、どれだけ早くても数日はかかるだろう。その時間は、現地の冒険者の負担を考えれば、致命傷になりかねない。



「本当ですか?」


 ミシャからすがるような目が向けられる。

 自らの行いの結果、何が起こるのか。その最悪の結末を想像して、それでもエドワードが恐ろしくて。こうして俺たちに接触してきたのが、せめてもの出来ることだったのだろう。



「ああ。任せて欲しい」


 俺はミシャを安心させるように、力強く頷いた。




◆◇◆◇◆


 そうして俺たちは、エドワードからの指名依頼を受注した。

 向かう先は、ゴブリンが近くに巣を作ったリレックの村。困難なクエストには違いないが、出来ることをやるしかない。



「オリバーの馬鹿! 繫殖期直前のゴブリンを放置するなんて、ほんっとに何を考えてるのよ!」

「オリオンさん! 一発、ぶん殴ってやりましょう!」


「ええっと。一応、同じクエストを受注した仲間だし――。ほどほどにね……」


 道中の馬車の中で。

 俺は憤慨するエミリーとアリスを、そっとなだめるのだった。

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