5.古代魔術師、お礼がしたいとご飯に誘われる

 俺とアリスは、その後、無事に行商人を町まで送り届けた。


(結局、この町に戻ってくることになるとはな――)


 そこは、俺が勇者パーティにクビを言い渡された町であった。

 二度と訪れることは無いだろうと思っていたが、まさかその日のうちに戻ることになろうとは。

 人生、何が起きるか分からないものだ。



「すいません。お礼するどころか、すっかりクエストを手伝ってしまって貰って……」

「困ったときは、お互いさまだ。気にする必要はないさ」


 アリスはぺこぺこと頭を下げた。

 自分だけだったら護衛は失敗していたと、だいぶ落ち込んでいるようだ。



「少しだけ待っていて下さい! ギルドにクエストを報告してきます。報酬は山分けで良いですか?」

「待て待て。護衛依頼をやったのは、ほとんどはアリスじゃないか。報酬は全部アリスのもんだ」


「そうは行きません! 労働には、正当な対価を、ですっ!」


 アリスは、ピシッと指を立てて力説した。



(そこまで言われたら、素直に受け取っておくか――)


 アリスは、どうも生真面目な性格らしい。




◆◇◆◇◆


 そうしてクエストの後処理を終えて数分後。


「オリオン様! この後、お時間はありますか?」

「ああ。今じゃ気ままなソロの冒険者だし、暇してるぜ?」


「やった! よろしければ、お昼をご一緒してもよろしいですか?」


 ぐっとガッツポーズするアリス。

 改めて見ると、ちんまりしたとても可愛らしい女の子だ。

 何が楽しいのか、輝かんばかりの笑みを浮かべている。


 しかしこう見えても、彼女はクワッド・エレメンタルのエリート魔術師。

 それでいて、何故か『ランク外』の俺に弟子入りを志願しており――



「何か食べたいものはありますか、オリオン様?」

「……なあ、様は止めてくれないか?」


「では…………師匠?」

「何でそうなる!?」


 たしかに俺は、勇者パーティで欠けていた魔法職の役割を一手に担ってきた。

 知り合いの魔術師には、デタラメすぎるだろと驚かれたこともある。


 だとしても冒険者仲間からの評価とは裏腹に、ギルドからの評価は常に『ランク外』であった。

 6属性の基礎魔法が使えない以上、それは動かない絶対的な事実である。

 だからこそクワッド・エレメンタルという肩書きを持ちながら、俺のような人間の弟子になりたいと願うアリスの気持ちが分からなかった。

 


「……俺は弟子を取れるような大層な人間じゃない。オリオンと。呼び捨てで構わないよ」

「分かりました、オリオンさん!」


(さん付けも要らないんだけどな)

 

 だとしてもそこは、アリスにとって引けない一線なのだろう。


「おすすめのお店があるんです!」


 アリスはとても上機嫌に鼻歌を歌いながら、店に向かって歩き始めた。




◆◇◆◇◆


「いらっしゃい! おや、アリスちゃん? そちらの男は誰だい?」

「はい! オリオンさんです。護衛依頼を受けていたら、モンスターに囲まれていたところを、偶然助けて頂きまして……」


 食事処のカウンター席に、俺たちは座る。


「おや、あの・・オリオンさんかい?」

「はい、あの・・オリオンさんです!」


(どのオリオンさんだよ……?)


 にこやかに話し合うアリスと店主。

 どうやら食事処の店主とアリスは、顔馴染みらしい。


「支援/攻撃/回復――ギルドの定めた『型』に囚われず、常に常識の先の戦いをして

いる天才魔術師だと。アリスちゃんが、いつも楽しそうに話していてね! そうか、君が――」

「ちょっと! 本人の前で、そんなこと言わないで!」


 アリスは恥ずかしそうに、身じろぎした。

 店主のおっさんは、そんな様子を楽しそうに見ている。

 実に仲が良さそうだ。

 


「それにしても、モンスターに囲まれて? また危ない依頼を受けたんじゃないだろうな?」

「その……。えへへ?」


 心配そうに尋ねる店主。

 しかしアリスは、誤魔化すようにペロッと舌を出した。



「オリオンさん、好きなもの頼んで良いよ? 今日のお礼を兼ねて! ここは私の奢りだよ?」

「いや、お礼はしっかり貰ったよ。むしろ貰いすぎだ。何なら奢らせてくれ」


 こんな小さな少女に奢らせる年長者。

 ちょっとどころじゃなく恥ずかしい。



「もう、オリオンさんは生真面目なんだから……」


 アリスは、そう口を尖らせる。

 そして、カリーライスと呼ばれる料理を2つ頼んだ。



「え、2人分食べるの?」

「あ――。……その、もう1つはオリオンさんの分です。この店で一番のおすすめがこれですから」


「なるほど、メニューが多くて悩んでたところだ。それにする」



「噓コケ。いつもバクバク2人分食ってるじゃねえか」

「何か言った?」


 げしげし。

 アリスが、店主の足をえいえいと踏み抜いた。



「良いんじゃないか? 食べられるときに食べるのは、冒険者に必要な素養だぜ」

「本当ですか――! おじさん、カリーライスもう1杯追加で!」


 パッと顔を明るくして、アリスはさらに追加で注文した。



「やっぱり食うんじゃねえか!」


 げしげし。

 店主の呟きは、アリスに黙殺される。


 

 終始、和気あいあいとした雰囲気だった。エリート魔術師でありながら、まるでおごったところがない。人との距離を詰めるのも上手いのだろう。

 一緒に居てどこか居心地が良かった。



「「ごちそうさまでした!」」


 そうして俺たちは、お店の前で解散する。



(勇者パーティを追放されたときは、どうなるかと思ったけど……)

(ソロの冒険者ってのも、良いものだな~)

 

 俺は改めてそう思う。

 旅先でたまたま会った同業者と即席でパーティ組み、打ち上げのようなノリでそのまま食事に行く。まさしく一期一会の出会いであった。

 これまでなら考えられないような生活だ。



(相手はクワッド・エレメンタルの天才少女だしな)

(もう関わることは無いだろうな~)


 そんなことを考えながら、俺は近くの宿に向かうのだった。

 ……尚、そう思っていたのは、オリオンだけであった。

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