16.古代魔術師、エミリーと合流して最奥部でドラゴンと対面する

 その後、アリスの魔術が発動し、エミリーを優しく包み込んだ。

 水と風属性の複合魔法――ダブルに位置するキュアという回復魔法だ。


「ありがとう、アリスちゃん。もう大丈夫だよ」

「エミリー先輩、もう無茶しないでくださいね! 本当に危ないところだったんですから……」


「う。ごめんなさい」


 エミリーはすっかり小さくなっていた。

 


 アリスはエミリーの怪我が癒えるのを確認して「元・パーティメンバー同士で、積もる話もありますよね」と、少しだけ距離を取りながら周囲の警戒に当たってくれた。気配りの出来る良い子なのだ。


「ええ!? じゃあ、オリオン君が炎熱の洞窟に来たのは……?」

「ああ。すべてはエミリーの勘違いだ! だいたいなあ。俺がそんなことで、自殺するような繊細な奴に見えるか!?」


(なんで、俺が自殺しようとしてるなんて話になってるんだ!?)

(たしかにエミリーは、思い込んだら一直線なところがあったよな……)



「じゃあ何で、ドラゴンのソロ討伐なんて無茶な条件を?」

「なら逆に聞くが、エミリーには俺が弟子なんて取れるような立派な魔術師に見えるのか?」


 こくりと頷くエミリー。……何故だ。

 気が付けば俺は、これまでの成り行きを洗いざらい話していた。


「オリオン君……。それじゃあ、アリスちゃんに諦めて貰うために、そんな無茶振りしたの?」

「だってドラゴンだぞ! 普通、諦めるよな。な?」


 言いながら、ふと冷静になった。

 エミリーから見て、自殺行為に見えた愚かな行為。もしかしなくても、普通に死にに行くようなものなのでは……?


「それを覚悟してでも、オリオン君の弟子になりたいんだよ。アリスちゃん、すごく良い子じゃん。認めてあげなよ?」

「他人事だと思って、気楽に言いやがって……」


 後で苦労するのはアリスなんだぞ? と声を大にして言いたい。




「なあ、アリス?」

「はい! なんでしょう、師匠!」


 アリスが、キラキラした目で俺を見てくる。その瞳からは絶対の信頼を感じる。何故だろう? ダンジョンに入る前よりも、状況は悪化しているような……。


「その、言いづらいんだが……。弟子入りの課題なんだが、やっぱり今回のは無かったことにしてくれないか?」

「そ、そんな……! 申し訳ありません。私の行動に、何か不備がありましたか!?」


「い、いや。そういう訳ではないんだが。エミリーのこともあるし、今日は――」

「あ、私なら大丈夫。アリスちゃんの回復魔法のおかげで、随分と良くなったから。試験の邪魔はしないよ?」


 アカン。この件に関しては、エミリーも完全にアリス寄りだ。


 エミリーは、ニコニコとアリスを見ていた。この短い時間で、随分とアリスのことを気に入ったらようだ。それ自体は望ましいことだが……どういうことだろう。すっかり逃げ道を塞がれてしまった。


「オリオンさん! やれます。やらせてください!」


 アリスは必死に頼み込んできた。




(ええい。もうどうにでもなれ!)

 

 俺は考えることを止めた。

 念の為に、転移結晶は用意している。いざとなればパーティ全員で離脱しよう。そうすれば、大事にはならないだろう。たぶん。



「エミリー、アリス。もう少し休憩したら進むぞ」


「うん」

「分かりました!」


 そうして俺たちは炎熱の洞窟を順調に踏破し、ついにドラゴンの居る最奥部にたどり着くのだった。




◆◇◆◇◆


 そうして対面したドラゴン。これまでのモンスターとは別格だった。


 まずサイズが違いすぎる。まともにぶつかり合えば、ぺちょんと踏みつぶされて、戦いにすらならないだろう。その巨体を前に、本能的な恐怖に襲われた。



(これに挑むの――?)

(まじで……?)


 ドラゴンを前にして、アリスも杖を持つ手が震えているように見えた。

 いくら天才と呼ばれる少女でも冒険者としての歴は浅い。これほどの大物とやり合うのは初めての経験だろう。


「なあ、アリス。無理だと思ったら……」

「手出しは無用です。大丈夫です。やれますから!」


 アリスは震えながらもきっぱり答えた。その決意は固い。


「分かった。だとしても――念の為だ。入口に戻る転移結晶を渡しておく。無理だと思ったら、迷わず使ってくれ」

「気遣いありがとうございます。でもオリオンさんが見ていて下さるんです。無様なところは見せられません!」


 俺はアリスに、転移結晶を押し付けた。

 もっとも答えるアリスの瞳には、絶対にドラゴンを倒そうという決意がこもっている。彼女は覚悟を決めたように、ドラゴンに向かって歩き出した。


 アリスが魔術を詠唱し始める。

 その詠唱は、彼女が見せてきた今までのどの魔術より長い。それでいて丁寧な詠唱。



「あれがクワッド・スペルか!」


 ランク外とは言っても、俺とて魔術師の端くれ。興奮を隠せなかった。



 属性を4つ束ねるクワッド・スペル。実際に目にするのは初めてだった。

 トリプル以下の魔術とは、魔術の複雑さ、魔術の規模、何をとっても比べ物にならない。あまりに濃密なマナが可視化されている。アリスの周囲に、目に見えるほどの水のマナが満ちていく。水のマナをまとって術を唱え続けるアリスの姿は、どこか神々しくもあった。



 この一撃にすべてを込めると言わんばかりに。

 体内のマナをすべてつぎ込み、ついにアリスの魔術が完成する。水+水+水+水の

クワッド・スペル。



『アイス・ドラゴン!』


 静まり返った部屋の中。凛としたアリスの声はよく響いた。


 現れたのは、魔術で作られた氷の竜だった。

 本物のドラゴンに並ぼうというサイズ。アリスが生み出し、アリスのためだけに動く。まさしくクワッド・エレメンタルの名に恥じない究極の魔法であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る