15.【SIDE:エミリー】絶体絶命のピンチをオリオンに救われる

 すっかり2人を見失ってしまった私。


「――っと、いけない!」



(ダンジョンの中でボーっとして……)

(油断すると、死ぬぞ――私!)


 ここはモンスターの群れも現れるダンジョンの奥深くだ。一瞬の油断が死を招く。オリオン君たちを止めようとして、私が先にお陀仏になっては話にならない。

 気合を入れ直して、私はダンジョンを進んでいく。



 しかし、やはりというかダンジョンをソロで潜るには限界があった。

 ふとした緊張の糸が切れた瞬間。不慮の事故。そうした瞬間があっても、パーティであれば、仲間の助けで立て直すことが出来る。しかしソロの冒険者は、そう言う突発的な場面に弱いのだ。



(しまった――)


 それは突然のことだった。

 曲がり角を曲がったところで、突然としてモンスターと出くわしてしまう。驚きのあまり、思わずサイレントステップを解除してしまう。




 アギャー! アギャー! アギャー!



 耳をつんざくような鳴き声が、辺りに響き渡った。

 


 出くわしたのはアラートバード。戦って勝てない相手ではない。

 それでもこのモンスターの厄介さは、この鳴き声にあった。危機を感じると鳴き声を発して、周囲のモンスターを呼び寄せる習性を持っているのだ。サイレントステップで身を隠しながら進もうとする私にとって、まさしく最悪の相手だった。



「ちょっと! 黙って、黙ってよ!」


 けたたましいサイレンのような鳴き声を上げ、アラートバードは逃げ回る。私は半ばパニックに陥りながら、その後を追いかける。



「この――このっ!」


 私の短刀が、ついにアラートバードを貫く。何度も振り下ろす。アラートバードは、最後までけたたましい鳴き声を上げていたが、やがては力尽きたように倒れ込んだ。


(ふう。どうにかなった……)


 ホッとしたのも束の間だった。



「冗談でしょう……!?」


 鳴き声におびき寄せられたのだろう。

 ダンジョンバットにコボルト。リザードマンに、果てにはオークまで。おびただしい数のモンスターが、こちらに集まっていた。

 モンスターたちの視線の先には、どう考えても私が居る。



『サイレントステップ!』


 青ざめながら、どうにか身を隠そうとする。しかし既に敵のターゲットとなってしまった今、その注意を逸らすには至らなかった。


(やばい、やばい、やばい!)

(アラートバードと出くわした瞬間、サイレントステップ使いながら逃げればこんなことにはならなかったのに――!)


 パニックに陥って、思わず倒そうとしてしまった。明らかな判断ミスだ。



 シーフの戦い方は、気配を殺して死角から急所を突く不意打ちを主体としている。パーティでの役割は遊撃隊。得意の素早さも活かせない壁際に追い詰められたシーフなど、モンスターにすれば格好の獲物だろう。

 生きて帰ることすら、絶望的な状況であった。



(だとしても――こんなところで、終わってたまるか!)


 私はモンスターの壁が薄そうな場所に向かって走り出した。

 すぐにコボルトたちが、行く手を遮るように立ちふさがった。奴らは、どうやら私を逃がすつもりはないらしい。


 あまりにも多勢に無勢。コボルトが3体がかりで襲い掛かってくると、どうしても防戦一方になってしまう。さらには視界の外側から、ダンジョンバットが急降下してきて、私に嚙みついてきた。



「痛っ……。このっ!」


 斬り返そうとしても、スカッと空振りに終わる。


 モンスターたちは、決死の私の抵抗を嘲笑うように、じわりじわりと攻撃を加えてきた。1体倒しても、すぐに新たなモンスターが変わりに立ちはだかる。終わりのない地獄のようだった。


 多勢に無勢。みるみるうちに体に傷が刻まれていく。戦い続けることで、体力も削られていく。致命傷を回避するだけで精一杯だった。



 そうして、動きが鈍ったところを狙われたのだろう。背後から気配を感じたときには手遅れだった。



 グオオオオオオオ!


(しまっ――いつの間にか!?)


 勝ち誇ったようにオークが吠えた気がした。

 オーク握る棍棒が、激しく私を打ち抜いた。



「――ッ!」


 息が止まるような衝撃。私はそのまま、紙くずのように吹き飛ばされ、受け身も取れず壁に叩きつけられた。


(くう……。こんなところで――!)


 どうにか起き上がろうとするが、ダメージがひどく立ち上がれない。まさしく満身創痍といっても良い状態。モンスターが、私にとどめを刺そうと近づいてくる気配を感じる。

 しかし私には、もはや抵抗するだけの力は残っていなかった。



(まだオリオン君に、謝ることすら出来てないのに――)

(なんで肝心なときにこうなんだろう……)


 何か大変なことが起きた時、いつだって私はその場所に居ることは無かった。ずっと変わらないものを無邪気に信じ、見たいものだけを見てきたのだ。


 オリオン君の追放という決定的な場面でもそうだった。その予兆だって絶対にあった筈なのに。私には止めることが出来なかった。それどころか、すべてが終わるその時まで、何も気が付くことが無かったのだ。



(そんな私だもん。これが相応しい終わりなのかな?)


 肝心な時に役に立てない私なんて。

 こうして誰にも知られず、ひっそり消えてしまえば良い。



 だとしても――


(うう……。都合が良すぎるのは分かってるけど――)

(オリオン君。せめて最後に会いたかったよ……)


 まとまらない考えが、頭の中をぐるぐると回る。

 ずしずしとオークが、こちらに歩いてきていた。死ぬのは怖い。何も為せずに死んでいくのは嫌だ。

 反射的に、私は目を閉じてきた。

 


 その時だった。


「炎のマナよ――焼き尽くせ!」


 魔法の発動する音が聞こえてくる。

 私に声がかけられたのは。今、一番聞きたかった声。



 私があれだけ苦戦していたモンスターたちが、まとめて焼き払われていく。


(こんな都合が良いこと――)

(これは夢?)


「オリオン君――!?」



 目の前の光景が信じられず。

 私は呆然と呼びかける。


「エミリー? やっぱり、エミリーだよな!」


 やっぱりオリオン君だった。私の憧れてやまない人は、どこかホッとしたような表情で、私の方に歩いてくる。

 そうして私は、大切な幼馴染に再会した。


 

 ――ってそうだ。

 こうしては居られない。


「オリオン君! 早まっちゃ駄目だよ! 生きてれば、絶対に良いことがあるから――!」

「ええ? その――エミリーは、いったい何のことを言ってるんだ?」


「あれえ?」

「え?」


「ふたりとも、落ち着いて下さい。とりあえず治療が先です」


 なんだか嚙み合わない会話をする私たちを余所に、アリスちゃんがテキパキと回復魔法の魔法陣を空中に描き出すのが印象的だった。

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