17.古代魔術師、危機に陥ったアリスを助けるためにドラゴンを討伐してしまう

『アイス・ドラゴン!』



「なんだそりゃ!?」


(生物を生み出したのか!?)

(いいや、違うな。あくまで生物を模した固形魔術。マナを制御して、自在に動かしてるのか――!)


 魔術を学ぶために、いくつか魔術に関する文献を読み漁ったことはあった。魔術の効果を知るためだ。現象を理解することで、魔術を再現できないか試みるのだ。その中に、アリスの使う魔術の記載はなかったよう思う。

 これはまさしく、アリスだけの固有魔法だ。


 驚愕に目を見開く俺の前で、



「やっちゃえ!」


 アリスが杖を振りおろし、アクア・ドラゴンに命じた。


 氷でできた巨竜は、まるで意思を持つように動き出す。主の命令に応える召喚獣のように、巨大な牙でドラゴンに踊りかかった。その牙は深々とドラゴンの首筋に突き刺さる。



 グギャァァァァ!


 突如として現れた敵対者。ドラゴンは怒りを露わに吠えた。巨大な爪を振り下ろし、アリスの生み出した氷の竜を真っ向から迎え撃つ。氷でできた巨体が、みるみる削られていくが、



「『リペア!』 お願い――!」


 アリスの魔術が、みるみるうちにアイスドラゴンの体を修復する。

 俺は呆然と、その戦いっぷりを見ていた。



「アリスちゃん、すごいね――」

「ああ。まさか本当にドラゴンと渡り合えるなんて」


(アリスは、強がっているだけかと思っていたけど……)

(なんてことはない。アリスにとって、ドラゴン・・・・をソロ討伐・・・・する程度・・・・のこと・・・は、ほんとうに余裕だったのかもしれない――!)


 俺もエミリーも、アリスから見れば凡人だろう。この天才少女にとっては、ドラゴンを討伐する程度のことは、実は朝飯前なのかもしれない。


 このままアリスに任せておけば大丈夫だ。

 そう思って戦いを見守っていたが――



「なあ……。なんだか、まずくないか?」

「うん、アリスちゃん……。押されてる」


 本物のドラゴンの肉体は、想像以上に頑強だった。

 着実にダメージは与えているのだろう。それでも徐々に、アイスドラゴンの体の修復が追いつかなくなる。結局のところ氷のドラゴンは、アリスの魔力で動いているのだ。いくら天才魔術師と言っても、その魔力は無限ではない。


 アリスの顔に、みるみる焦りが出てくる。アイスドラゴンの動きが、精細さを欠いていき――その時がやって来てしまった。アリスの操る氷の巨竜がぱたりと動きを止め、音もなく消滅してしまう。



 力尽きたようにその場に座り込むアリス。魔力切れだ。



「オリオン君っ!」

「ああ。分かってる!」


 ドラゴンは、すっかりアリスを脅威だと認識したようだった。

 この期に及んでも、アリスは転移結晶を使う様子もない。ぺたりと座り込むアリスに、ドラゴンは無慈悲にブレスを放とうとするが、



「させるか! 炎のマナよ、アリスを守れ!」


 俺はアリスの前に飛び出し、炎の盾を生み出した。



 防御魔法の性能は、マナの密度に等しい。ありったけのマナを注いで生み出した炎の盾は、かろうじてドラゴンのブレスを防ぎ切った。


(なんてな。ドラゴンのブレスが、そんな弱いはずがないよな)

(勘違いしちゃいけない。すべてはアリスが、弱らせてくれたおかげだ)


「まさか――! ドラゴンブレスをあの一瞬で――!?」


 後ろでアリスが、息を呑んでいた。




(アリス、少しだけ技を借りるぞ!)


「水のマナよ――!」


 アリスの使っていた魔術の残滓が、あたりには大量に漂っている。

 マナからは、どこか術者の無念を感じられた。倒しきれなかったことを悔やむような意思。俺はその意思を束ね上げ、マナに呼びかける。



『アイス・ドラゴン――もどき!』


 見よう見まね。

 俺は無理やり、アリスの使ったアイスドラゴンを再現した。その魔術は、アリスのものほど美しくない。彼女の生み出した氷のドラゴンよりも、図体だけは数倍大きく、見た目だけは立派な氷の巨竜だが、



「――すごい! これが……古代魔法(ロスト・スペル)」

 

 アリスが興奮したように声を上げる。



(すごくなんかないさ……)

(術としての完成度は、アリスのものの方が遥かに上だよ)


 アリスの呟きは、思わずこぼれ落ちた言葉。

 それでもロストスペル――その言葉が、やけに俺の耳に残った。




「やれ、アイスドラゴン! 死に損ないに、とどめを刺してやれ!!」


 俺の言葉に応えるように、氷の巨竜が動き出す。

 ドラゴンに飛びつき、激しく首筋に嚙みつく。巨大な爪で、荒々しく殴りかかる。すさまじい猛攻に晒されながらも、ドラゴンは果敢に反撃していたが――その攻撃は、あっさりと空を切る。



 グアアアアアァァァァ……


 やがてドラゴンは断末魔の悲鳴をあげ、どさりと地面に倒れ込んだ。


(ふう。どうにかなったか!)

(死ぬかと思ったぞ!?)


 ふう、と息を吐く。

 安堵のあまり座り込まなかったことは、褒めて欲しい。




「まさか本当に、ドラゴンを倒せるなんて! さすがだよ、オリオン君!」


 とんでもない戦いを見てしまったと、エミリーが歓声を上げながらハイテンションに飛び出してきた。さすがにドラゴンとの戦いで、シーフの出番は無かったのだ。



「申し訳ありません、オリオンさん。結局、お手を煩わせることになってしまいました……」


 一方のアリスは、落ち込む子犬のような顔でこちらに戻ってきていた。あれだけドラゴンを圧倒しておいて、倒しきれなかったことを悔やんでいるようだ。



「何を言ってるんだ? 見事な戦いだったぞ、アリス」


(あれだけ立派な戦いをしておいて――)

(いいや。それが彼女が天才たる所以なんだろうな)


 きっと理想が、どこまでも高いのだろう。並の人間なら満足する状況にあっても、まだその先を目指し続ける。だからこそ、この小さな少女はクワッド・エレメンタルの称号を手にするに至ったのだろう。



 俺は思わず、アリスの頭に手を載せる。ぽんぽんと撫でると、驚いたような顔で見返された。


「ドラゴンを倒せたのは、アリスが居たおかげだ。アリスは間違いなく歴史に名を残す魔術師になる――誇って良いと思う」

「では、弟子入りを認めて下さるんですか!?」


「……それとこれとは、話が別だ!」


(これほどの逸材だ。アリスにはもっと相応しい師匠が居るはずだからな!)



 俺の答えに、再びしょぼーんとするアリス。

 そんな様子をエミリーは、どこか楽しそうに見つめているのだった。

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