18.【SIDE:アリス】オリオンの凄すぎる戦いを見て打ち震える

(オリオンさんの前で、無様な戦いは出来ない――!)


 私の胸の中にあるのは、ただそれだけだった。


『アイスドラゴン!』



 発動したのは、クワッド・スペル――私の固有魔法だ。

 目の前に居るドラゴンへの恐怖よりも、憧れの魔術師と一緒のパーティに居ることのプレッシャーの方が大きい。まずは問題なく魔術を発動出来た事にホッとする。



(オリオンさんが、せっかくチャンスをくれたんだもん)

(失望させないようにしないと!)


 ドラゴンを前にしているとは思えないほど、不思議と冷静だった。


 いざとなれば、オリオンが助けてくれるはずだ。その余裕があるからこそ、ドラゴン退治なんていう、とんでもない試練を与えてきたのだろうから。私に出来ることは、ただ自分なりの全力を尽くすだけだ。



「やっちゃえ!」


 私は杖を振りおろし、アイスドラゴンに命じた。


 氷でできた巨竜は、まるで意思を持つように動き出す。主の命令に応える召喚獣のように、巨大な牙でドラゴンに踊りかかった。その牙は、深々とドラゴンの首筋に突き刺さる。


 グギャァァァァ!


 ドラゴンは苦しそうに吠えた。



(行ける――!)


 たしかにダメージを与えているという手応えがあった。


 もっともドラゴンからの反撃も停滞。ドラゴンが爪で反撃するたびに、氷でできた巨体が、みるみる削られていく。



「『リペア!』 もうちょっとだけ――お願い!」


 私は必死に魔力を注ぎ、アイスドラゴンの体を修復していく。

 そうして必死に攻撃を加えていたが、ある事実に気が付き思わず青ざめる。



(噓でしょ? 傷が治ってる――!?)


 ドラゴンの強靭な生命力の為せる技?

 最初に与えた首筋の傷は、気が付けば跡形も残っていなかった。


 私の魔力は、自慢ではないが多い方だ。王立魔術学院で魔力量はトップだったし、その魔力を活かすことを前提として魔術を行使することも多い。だとしても魔力を注ぎながらの持久戦。こんなことをしていては、あっという間に魔力が枯渇してしまう。


 焦れば焦るほどに、制御にも乱れが出る。

 ついにはドラゴンの爪が、深々とアイスドラゴンをえぐり――



「ああ――」


 私は絶望の声を上げた。

 ついに訪れてしまった決定的な破局。魔力切れだ。もうあのえぐれた断面を修復することはできない。



 グアアアアアア!


 ドラゴンが勝ち誇ったように咆哮を上げた。

 集中力を切らした私を責めるように、アイスドラゴンがパッと姿を消す。思わず座り込んだ私に対して、ドラゴンが魔力を貯めこみ始めた。


 ドラゴンの代名詞とも言えるドラゴンブレス。



(無理だ――)


 ポキリと心が折れてしまった。

 それほどまでに、今の自分とドラゴンの間には差があった。思わず、その場にぺたりと座り込んでしまう私。



 やがてドラゴンがブレスを放った。

 やっぱり無謀だったのか。あんなものをまともに喰らえば、私なんて跡形も残らない――



 そんな時、私の目の前に割り込んでくる人影があった。


「させるか! 炎のマナよ、守れ!」


 オリオンが無詠唱で生み出した炎の壁は、ドラゴンのブレスをあっさりと防ぎ切った。人間の限界を超えたとしか思えない光景。



(あれだけ大口を叩いておいて――情けない)


 それに比べて私は。

 何よりオリオンが助けに入ってきた瞬間、安堵してしまったのが悔しかった。「危なくなったら転移結晶を使え」という言葉もあったのに、こうして迷惑をかけてしまった。最悪だ。



 オリオンは、その後も、とんでもないことをやってのけた。

 

「水のマナよ――!」


 当たり前のように無詠唱で。

 クワッド・スペルに分類される私のオリジナル魔法を、一瞬で再現してみせたのだ。まさしく規格外の技。



「すごい――」


 それはまるで奇跡。

 私は呆然と、呟くことしか出来なかった。


 オリオンの保有マナ自体は、そこまで多くない。それなのに、あれほどの高性能の盾を生み出した直後に、アイスドラゴンを詠唱するなんて。大気中のマナを取り込み、自分のものとしない限りは不可能だろう。



(違う。あれは、そんなもんじゃない――!)


 なぜなら、その変換過程で無駄が生じてしまうから。

 このような現象を引き起こすためには――



(オリオンさんは、大気中・・・のマナを・・・・直接・・操っている・・・・・?)

(そんなことが、もし可能だったとしたら――)


 それは、今はなき伝承にしかない技術。

 この世に使い手が居ないと思われた――



「古代魔法(ロスト・スペル)……」


 1万年前に失われた伝説の魔術。そんないにしえの時代の技術を、オリオンは会得しているのかもしれない。私はオリオンの戦いを目に焼き付けるように、ただ見守った。


 その戦いは、あまりにも一方的だった。

 オリオンの生み出したアイスドラゴンは、文字通りドラゴンを蹂躙じゅうりんした。大きさも体の強度も、何もかもが私の魔術の上位互換だ。



 強い方が勝つ。

 そんな当たり前の帰結――やがてドラゴンは断末魔の悲鳴をあげ、どさりと地面に倒れ込むのだった。




◆◇◆◇◆


「申し訳ありません、オリオンさん。結局、お手を煩わせることになってしまいました……」


 あれほど大口を叩いていたのに、実際に戦ってみればこのざまだ。

 転移結晶を渡されていたのに、頭が真っ白になってそれを使うという最低限のことすら出来ず。オリオンに余計な手間をかけさせてしまった。



(何をしてるんだろう。私は……)


 後悔にさいなまれる私。しかし、オリオンさんは優しかった。

 頭をぽんぽんと撫でながら「見事な戦いだった」と。「アリスが居たおかげで倒せた」と。励ますように、そんなことを言ってくれる。



(――ここだ!)


「では、弟子入りを認めて下さいますか!?」

「それとこれとは話が別だ!」


 どさくさ紛れて、そんなお願いをしてみたけど。

 そのお願いは、あっさりと断られてしまった。



(私は、まだまだ強くならないといけない――)

(冒険者として名を上げるんだ。そうすれば、実家の借金をすべて返せる。お父さまとお母さまと一緒に暮らせる日が来る。だから――絶対に諦めない。何がなんでも、オリオンさんに弟子入りするんだ!)


 オリオンの圧倒的な戦いを前にして。

 私は、そう決意を新たにするのだった。

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