4.【SIDE:勇者】オリバー、雑魚にも勝てずに逃げ帰る

「おい、エミリー。早くいくぞ?」


 俺――オリバーは、パーティメンバーを急かす。

 エミリーもルーナも、オリオンが居なくなったことを、いつまでも気にしていた。俺としては「え、そうなんだ……」とサラッと流されると思っていたので、少しばかり予想外だ。



(どこまで心配性なんだよ!)


 2人とも、オリオンのことを過大評価している。

 だからこそ、ドラゴン退治で俺の力を見せつける必要があった。



 新たにスカウトしたクアッド・エレメンタルの魔術師は、アリスという名前の可愛らしい少女だ。


「勇者様すごい!」

「さすがです勇者さま!」

「恋い慕っております、勇者さま!」


 俺が思い描くのは、可愛い少女たちの黄色い歓声。女の子に囲まれチヤホヤされる幸せな毎日。

 邪魔者も居なくなった今、その未来はきっとすぐそこにある。



(ひっひっひ。楽しくなってきやがったぜ!)


 依頼の失敗など考えることもなく。

 俺は、ドラゴンの住むという炎熱の洞窟にたどり着いた。




◆◇◆◇◆


 炎熱の洞窟の内部を歩くこと数分後。

 これまでに経験したこともない暑さを感じ、俺は立ち止まり呟いた。


「どうなってるんだここは! 熱い、暑すぎるぞ!」


 思わず喚き散らす。

 どれだけの深さがあるか分からないが、早くも帰りたくなってきた。



「オリバー、まだ入ったばっかりだよ」

「だとしても、この洞窟は暑すぎる。おかしいだろう!?」


「普段なら、オリオン君が温度調整してくれてたもん。オリオン君が抜けたなら、我慢しないと……」


 俺の不満に、エミリーは汗をぬぐいながらそう答えた。



(やっぱり代わりの魔術師を雇ってから動くべきだったか? くそっ。この依頼だけだ。我慢するしか無いな……)


 俺はマジックポーチから水筒を取り出し、一気に飲み干した。



「ちょっと、まだ先は長いんだから。そんなにガバガバ飲まないでよ」

「うるせえ! 俺に逆らうな。ったく、エミリーは軽装だから良いよな。俺はもう、汗だくだぜ」


「何よ、そんなに怒鳴らないでも良いじゃない……」


 エミリーが口を尖らせる。

 明らかに納得はしていない不満そうな表情。


(くそっ。いちいち癪に障るやつだ)


 誰のおかげで、俺たちが勇者パーティとして認められていると思っているのか。




 ダンジョンを更に進むこと数分。

 やがてモンスターが目の前に現れた。


 コウモリ型のモンスターの名前は、ダンジョ・バット。これまでも数え切れないほどに倒してきた、格下のモンスターだ。


「うわ、ダンジョ・バットか。オリオン君の支援なしだと、キツい相手かも……」

「何、弱気な事を言ってるんだ! ……もう良い。そこで見ていろ!」


(格下のモンスターと、何故か弱気なパーティメンバー……。これは――良いところを見せるチャンス!)


 ドリャアアアッ!


 どうやら勇者たる俺が、華麗に決めないとダメらしい。斬りつけた俺の一撃は――



 スカッ


「……あれ?」


 ひらりと回避される。


(や、やべっ! 躱された?)

(というか、何だか普段より素早くないか!?)


 戸惑った矢先。

 ダンジョンバットが急降下してきて、俺の肩にかぶりついた。



「ぐああああ!」


 凄まじい激痛が走る。

 体験したことがない激しい痛みに、思わず情けなく悲鳴を上げてしまう。格下モンスターから、かみつき攻撃を喰らっただけなのに。



「オリバー! 大丈夫? はい、ポーション」

「ちっ、遅いんだよ!」


 ぶんぶんと闇雲に武器を振り回す。

 しかしダンジョンバットには、掠りもしなかった。 



「オリバー、何してるの!?」

「ここのモンスター、何かおかしいぞ? まったく攻撃が当たらねえ!」


「落ち着いて、オリバー!」


 エミリーが駆け寄ってきて、短刀を構えてダンジョンバットを相手取る。そしてシーフの基本技である『スナイプ・ロア』を発動。

 一瞬で、ダンジョンバットを切り裂いた。



(ふむ。さすがは俺のパーティメンバーだな!)


「ふう、どうにかなった。バフとデバフが無いだけで、これほどまでに変わるのね。だからオリオン君を抜きになんて、無謀だって言ったのに」

「何でそこで、オリオンの名前が出てくるんだ。苦戦したのは、偶然だろう!」


「まだそんなことを言ってるの?」


 エミリーは呆れた顔で、こちらを見返す。



「この調子じゃドラゴン退治なんて、夢のまた夢。撤退しよ?」

「ふざけんな! 撤退なんて認められるか!」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。向こうを見て──血の匂いを嗅ぎ付けて、モンスターが集まってる。このままじゃ、全滅しかねない」


(全滅? 勇者たるこの俺が、こんな雑魚を相手に? 冗談だろ!?)


 エミリーの指さした方から、ダンジョンバットの群れがこちらに向かってきていた。


 さっきのは、なにかの間違いだ!

 俺は意気揚々と、モンスターの群れを迎え撃とうとしたが……



(何だよ、これ)


 敵は雑魚のはずだ。

 それこそ、何度も倒したことがある筈の相手。

 それなのに――


「ぐああああああ!」

「多勢に無勢だよ。今の私たちじゃ無理だって!」


「ちくしょう、分かった。撤退だ! 今日は何だか調子が悪い!」


 気が付けばボロボロだった。

 こちらの攻撃はまるで相手に当たらず、何故か相手の攻撃は、普段の数倍は痛い。



「ルーナ! お前はしんがりだ! こういうときのためのナイトだろう!」

「わ、分かった。けど……」


「エミリー! 念のために、回復アイテムを俺にもっと寄こせ!」

「え? しんがりを任せるなら、ルーナに――」



(勇者である俺の安全が、何よりも大切に決まってるだろう!)


「つべこべ言うな! 俺を守れ――!」


 ヒッと怯えたように、エミリーが頷いた。しぶしぶと回復アイテムを、いくつか俺に手渡す。


 だがエミリーは、その後は俺の言うことを無視した。そのまま、ルーナのアシストに回ったのだ。



 軽くパニックに陥ったまま、俺は必死にダンジョンの入口を目指す。しんがりを務めるルーナが、必死にモンスターの追撃をやり過ごしていた。

 そうして俺たちは、ボロボロになりながらも、どうにか炎熱の洞窟から脱出することに成功したのだった。

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