22.古代魔術師、自らの魔法が今は失われた古代魔法であることを知る

「なんっなんですか!」

「まったくです。今回ばかりは、呆れてものも言えません!」


 ギルドマスターの部屋を出て数分後。

 街の中を歩きながら、アリスとエミリーはぷりぷり怒っていた。2人とも、魔術師組合のリーダーであるエドワードへの怒りを隠そうともしない。



「まあまあ、落ち着けって……」


 アリスは、ぷすーっと頬を膨らませた。子供っぽい仕草が、年相応の幼さを感じさせて可愛らしい。



(アリスは俺のために怒ってくれてるんだよな……)

(それは嬉しいんだけど――参ったなあ)


 アリスの弟子入りを断ってきた理由は、まさにこういう事態を避けるためであった。真正面から啖呵を切ってしまった今、手遅れであるが。



「どうしてオリオンさんは、そんなに落ち着いてるんですか! オリオンさんに憧れる者として――その能力が評価されないのは悔しいです」

「そうだよな……」


(仮に――本当に仮に、だけど……)

(俺がアリスを弟子に取るとしたら――)


 自分だけの事ではなくなるのだ。

 アリスには、こんな気持ちは味あわせてはいけない。俺だけの問題では、もう無いのだ。胸を張って弟子だと名乗れるようにするためにも、俺も本気でギルドと向き合う必要があるのかもしれない。



 俺がそんなことを考えていると、


「それにエドワードさんは、やってはいけないことをしました」

「ん?」


やっては・・・・いけないこと・・・・・・……?)


 アリスは、ぽつりと言葉をこぼす。



「オリオンさんの使ってる技術って、古代魔法(ロストスペル)ですよね?」

「ろすと――なんだって?」


 聞き覚えの無い言葉に、俺は首を傾げる。


「ロストスペル。1万年前に失われたと言われている伝説の魔法です」



 思わず笑い飛ばしてしまいそうな言葉。それでもアリスの表情は、至って真面目であった。


「私はエドワードさんに報告したんです。オリオンさんが使うのは、今は無き時代の技術だと――その価値は計り知れない。エドワードさんは、魔術師組合のトップです。気がつかないはずがない! それなのに――」


 アリスは、怒りを呑み込むようにばくりと料理を口に運んだ。


「見なかったことにしたんです! 魔術の道を極めようと言うものとして――あるまじき行為です!」




「さすがに考えすぎじゃないか? 俺の魔術は、そんな大それたものじゃないぞ?」

「やっぱりオリオンさんは、それがどんなに特別なのかには無自覚だったんですね。私も間近で見るまで信じられませんでしたが……」


 アリスは小さくため息を付いた。



「オリオンさん、詠唱しないで魔法を使うのは何故ですか?」

「それは――詠唱という行為が無駄に感じられたからで……」


「やっぱりそうですよね」


 誰にも理解されない感覚ではあった。

 しかしアリスは、納得したように頷く。



「詠唱せずにマナを操れること。それがもう異様なんです。マナに・・・直接・・呼びかけて・・・・・魔術を行使する――そんな事が出来るなら、今のやり方が馬鹿らしくもなるでしょう。なんせ効率が違いすぎますからね」

「やっぱりそうだよな! ギルドで何度説明しても、『訳の分からないことを言うな!』の一点張りでさ!」


(ほら見ろ! この方が効率が良いんじゃないか!)


 はじめて共感を得られ、俺は嬉しくなった。それもクワッド・エレメンタルの少女のお墨付きだ。しかしアリスの言葉はそこで終わらない。



「理解されないのも当たり前です。そんなこと出来る魔術師は、この世には存在しませんから」

「……まじで?」


(冗談だよな……?)



 アリスの表情はいたって真面目。


「オリオンさんが知らないのも無理はありません。マナに直接呼びかけて魔術を行使する方法――それは、ロストスペルの様式の1つです」


 魔術学院に通っていたアリスだからこそ気が付いた事実。それも魔術理論の枠組みで知った知識ではないと言う。それは歴史の授業で習うような太古の時代の技術。



 世界唯一の古代魔法使い。

 それが俺だと――アリスは告げた。



 伝承にしか残らない1万年前の技術。いきなりそんなことを言われても、現実味を欠いていた。一方、半信半疑の俺を余所に、あっさりと信じるパーティメンバーが居た。


「オリオン君の魔術は、ただ者じゃないと思ってたけど……。そんな技術の使い手だったんだね!」

「おいおい。エミリーも信じるの早すぎないか!?」


「世界唯一の技能の使い手! でもオリオン君なら納得です」

「私、オリオンさんに弟子入りして良かったです!」


 納得されても困るし、そんなキラキラと眼差しで見られても困るんだが!?

 それに――



「アリス、俺はまだ弟子入りを認めた訳じゃ――」

「そうでした! 早くドラゴンを狩らないとですね!」


「か、勘弁してくれ……」

「冗談です。自分の実力は自分でちゃんと分かってますから」


 アリスという少女。

 いまだに弟子入りを諦める様子は――残念ながらまるで無い。

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