6.古代魔術師、天才少女に付きまとわれる

 翌日の朝。

 冒険者ギルドに向かった俺に、駆け寄ってくる人影があった。


「あ、師匠――!」

「アリス! だから俺は、師匠なんて器じゃないって……」


 嬉しそうに駆け寄ってくるのは、昨日出会った小さな冒険者。アリスのツインテールが、喜びを表すようにポフポフと跳ねている。


「オリオンさん、どの依頼を受けるんですか?」

「特に決めてないなあ。なにか良さそうなクエストはあるか?」


 冒険者ギルドには、今日も今日とて多数のクエストが貼りだされている。



「アリスは、どうしてここに?」

「偶然ですよ、偶然! オリオンさんの姿が見えたから、慌てて後を追いかけたりなんて……断じて、してないですからね!」


 語るに落ちるアリス。

 じーっと見つめると、わたわたと手を振りながら視線を逸らした。


(この子、ウソをつくの苦手なんだな――)


 どうやらアリスは、本気で俺の弟子になりたいと思っているようだった。

 彼女は王立魔術学院で、優秀な成績を収めたエリート魔術師だ。彼女が望むのなら、それこそ是非とも我が弟子にと願う魔術師はごまんと居るだろうに……。



 俺はクエストを物色するため、依頼が張られた掲示板を見に行くことにした。

 当たり前のような顔で、アリスが後を付いてくる。ランクにより色分けされた様々な依頼が張られているが――


「ろくな依頼が無いな……」

「そうなんですか?」


 ひょこっと後ろから顔を覗かせるアリス。


「ああ、魔術師ランクが足を引っ張ってな……。冒険者ランクも、Gランクなんだよ」

「なんと……!」


 アリスが目を丸くした。


 冒険者は、G~Sの等級に分かれている。

 魔術師・剣士などの職業によるランク付け(魔術師で言えば、シングル・ダブルなどだ)と、冒険者としての実績に応じて割り振られる等級だ。そして俺は、魔術師としては『ランク外』であり、ギルドからは最低等級のGランクの冒険者と認定されている。


 そうしていると、アリスがヒョコヒョコっとやって来る。その手には、1枚のクエストが握られていた。


「オリオンさん! このクエストなんて、どうですか?」

「どれどれ? げっ。ドラゴン退治。オリバーたち、攻略に失敗したのか……」


 対象冒険者は、Cランク以上。どうやら勇者が、受注したドラゴンの討伐依頼に失敗したらしい。

 報告によると、ドラゴンの生息するダンジョンのモンスターが、軒並み狂暴化していたらしい。少しでも情報を集めたいと、調査クエストが発令されたそうだ。


「俺も元・勇者パーティの人間として、力になりたいとは思う。でもCランク以上の冒険者しか受けられないクエストなんて、俺じゃ受けられないぞ?」

「そこで私の出番です! 私はこう見えて、Cランクの冒険者です。私を弟子にすれば――なんと! Cランク以上のクエストでも、引率者として受けられるんです!」


 ドヤァ!

 そんな擬音が聞こえてきそうなほどに、自信満々のアリス。



「いやいや。Gランクの引率者とか、さすがに無理があるだろ……」

「でもギルドの規定には、そんなこと書いてないんですよね?」


(そりゃ、誰もそんなこと試そうとしないだろうからね!)



 そう。冒険者には師弟制度が存在する。

 あまり使われていない仕組みだが、師弟関係を結んだ冒険者同士は、ランクに関わらずクエストに同行する許可が貰えるのだ。これは低ランクの弟子に、師匠が戦い方を見せる意味合いが強いのだが……


「ええっと。アリス師匠?」

「滅相もないです、オリオンさん!」


 ぶんぶんと首を振るアリス。



「アリス、正気になれ。俺のようなランク外の魔術師を師と仰いでも、何も得することは無いぞ?」

「そんなこと分かってます。それでも私は、オリオンさんに魔法を教えて欲しいんです!」


 冒険者ギルドの権威は大きい。ギルドの評価基準によるランク付けは、そのまま冒険者としての立場に繋がる。そのギルドが『ランク外』と定めた冒険者を、師匠として仰ぐこと。下手すれば、真っ向からギルドの評価基準にダメ出しをしているようなものだ。


 アリスは将来有望な少女だ。間違っても『ランク外』魔術師の弟子になるような危なっかしい道を、選んで欲しいとは思わなかった。



(やんわり断ってるんだけど、全然聞いてくれないんだよな……)

(それなら――弟子入りの試験とでも称して、無茶振りをすれば、諦めてくれるかな?)


「分かった。なら条件だ――ドラゴン退治をソロでこなすこと。もちろん俺も付いて行って見届ける。それが弟子入りの条件だ」

「――ありがとうございます! 私、頑張りますね!」


 俺の意図を知ってか、知らずか。

 アリスはパアッと表情を明るくすると、クエストを受注するためにぱたぱたと、カウンターに走っていった。

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