7.【SIDE:勇者】エミリー、オリオンが追放されたことを知りパーティを飛び出す

「ギルドに報告に行くぞ! 炎熱の洞窟に異変が発生したことを、いち早く伝えるんだ!」


 町に戻るなり、オリバーがそんなことを言い始めた。



「私たちが苦戦したのは、オリオン君がパーティを抜けたせいだよ。洞窟に異変なんて起こってないよ」

「そんなはずがないだろう! 勇者である俺が、たかが雑魚モンスターを相手に苦戦するはずが無いだろう!」


(何かの冗談?)



 私とルーナは顔を見合わせる。

 オリバーの暴走に、ルーナも啞然あぜんとしている様子だった。



「オリバー、冷静になって! そんなことしたら、ギルドに虚偽の報告をしたって思われちゃう」

「そうや、そうや。今からでも、オリオンさんを探すべきなんちゃうか?」


「黙れ! 今さらそんなこと、頼めるはずがないだろう!!」


 ムキになって否定するオリバー。何故、そこまで頑なに否定するのだろうか。

 


「私たちは、オリオン君に甘えすぎてた。改めて今日のダンジョン探索で、それを実感したよ」

「そうやな……。勇者パーティとして、不甲斐ないばかりや」


 普段甘えていた魔法の利便性。頭で理解していても、支援魔法が無い状態で経験したダンジョンは、あまりに凶悪だった。

 居なくなってはじめて、その大切さに気が付くなんて間抜けな話だ。



「ねえ、オリバー。オリオン君を探しに行こう? 彼がこのパーティに与えてくれたもの。どうにか戻ってきてもらって、少しでも恩返しを――」


 オリオン君と、また旅がしたい。

 結局のところ、私の願いはそれだけだった。



「うるさい、うるさい! オリオン、オリオンと! あんな奴のどこが良いんだよ!」


 なのに何故か、オリバーがキレた。



「あんな奴は、勇者パーティには相応しくない。エミリーもルーナも、どうしてそんなことが分からないんだよ?」

「オリバー? いきなり何を言いだすの?」


 突然、吐き出されたオリバーの本音。

 思わず聞き返した私に、オリバーはこう告げる。



「いつまでもパーティに、役立たずは置いておけない。だからこそ俺の判断で、オリオンのことは追放した!」

「嘘……よね?」


「本当のことだ。はっ、クビだと告げたときのあいつの顔ったら無かったなあ!」


 オリバーが楽しそうに笑う。



(噓でしょう? なんでそんなことを……!?)


 だってオリオン君は、誰よりもパーティに貢献していた。ランク外という不当な評価にも関わらず、勇者パーティを支え続けていたのに。あろうことか、リーダー自らクビを言い渡した?



「オリバー、ふざけないでよ!」

「落ち着けよ、エミリー」


「落ち着いてるわよ。私たちは大切な幼馴染だったじゃない! 魔王を倒すときまで、ずっと一緒に居ようって誓ったじゃない。それなのにそんな理由で、オリオン君を追放したって言うの!?」

「ああ。あいつのことは、ずっと気に入らなかったからな」


 ついに開き直ったように、オリバーは鷹揚おうようにうなずいた。



「俺たちは栄えある勇者パーティだろう?」

「うん……。それがどうしたの?」


「勇者の俺と、最高ランクのシーフとナイト。この完璧なパーティに、ランク外の魔術師だと!? パーティ紹介のたびに、恥ずかしく無かったのか?」

「そんなことのために……? だいたいそのことも、私たちからギルドに働きかけるべきだったんだよ。オリオン君に、適切な評価を下すようにって」


 オリオン君の働きは、絶対に『ランク外』のものではない。

 彼が使っていた魔法は、今ある魔法理論の枠に収まるような代物ではない。基礎魔法なんて飛び越えて、その先に居る。はっきり言うなら、ギルドにより定められた基準が古臭いのだ。



「はっ。どうして俺たちが、そこまでしないといけないんだよ!」


 そんなことは、パーティ全員の共通見解だと思っていたのに。

 オリバーはそう吐き捨てた。



(仲間割れしても仕方ない)

(だって私たちはパーティメンバーなんだから)


 理性では、そう思う。

 それでも、溢れ出す感情がそうはさせなかった。



「そう、オリバーがそう言うのなら。私も、勇者パーティを抜けるね」


 これ以上は無理だと思った。

 パーティメンバーの言うことには何も耳を傾けず、あろうことか何の相談もなく仲間を追放してしまうような人。とても付いていけるリーダーではない。


 もともとオリオン君が居たから、勇者パーティへの誘いも受けたのだ。

 手に入る名誉は、たしかに大きいかもしれない。それと同時に、危険の伴うクエストを優先的に受け続ける命がけの役割であった。責務も大きい。

 こんな人のために、命を賭ける気にはならない。


「おい、エミリー? 冗談だよな?」

「私たちは固い絆で結ばれてると思ってた。でも……そんなことは無かったんだね。私程度の腕前のシーフ、別にいくらでも居るよ?」


 オリバーのしたことは、最悪の裏切りだ。



(ううん。私だって同罪だよね)

(オリバーの本音を見抜けなかった。無邪気に変わらない未来を信じて、こんな状況になるまでパーティの表面しか見えてなかったんだから……)



 押し寄せてくる後悔。


(今からでも、オリオン君を探そう)

(今まで散々甘えちゃったんだ。ギルドからの評価も、甘んじて受け入れちゃってた。何も出来なかったのに、結局はオリオン君に頼り切り……)

(ひどいパーティメンバーだよね。だから、ちゃんと謝るんだ――)


 自己満足かもしれない。

 それでも願わくば仲直りして、もう一度、一緒に旅がしたかった。



「おい、待てよ。おまえの欲しがってた新装備を買ってやる! あの勇者パーティに選ばれたという名誉を、自ら投げ捨てる気か?」

「うん。それよりも大切なことがあるから」


 未練はない。

 私はそう頷き、パーティを後にした。

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