8.【SIDE:勇者】オリバー、アリスをスカウトするもアッサリと断られる

「おい、待てよ。おまえの欲しがってた新装備を買ってやる! 勇者パーティに所属しているという名誉を、自ら投げ捨てる気か?」


 俺――オリバーは、慌ててエミリーを止めようとした。しかしエミリーは、何の未練もないと、こちらを振り返りすらしない。失望の眼差しが印象的だった。



(くそっ。どうして、こんなことになるんだよ!)


 メンバーに相談しなかったことは、褒められた行為ではない。だとしても、それほど怒るようなことか?



「くそっ。エミリー抜きで戦うのか。ギルドで新メンバーの募集をかけるか?」

「オリバー? エミリーに謝ろう。2人に戻ってきて貰うべきやって」


「ふざけるな! 俺は何も悪くねえ!」


 そうだ。何故、俺が謝らないといけない?



「そうは言っても、2人だけじゃ何も出来へんで?」

「そのことなら安心しろ。優秀な魔術師をスカウト中だ」


「そうなん? 本当に大丈夫なんか?」


 不安そうなルーナを余所に、俺は冒険者ギルドに向かった。




◆◇◆◇◆


 ギルドに着くなり、まずはクエストを報告する。



「炎熱の洞窟には、異常が生じているようだ。勇者である俺たちが、ドラゴンの元にたどり着く事すら出来なかったんだからな」

「は、はあ……。ダンジョンに異常ですか?」


 受付嬢は困惑した様子で頷いた。

 その報告を受けて、炎熱の洞窟の調査クエストが発令されたらしい。一定ランク以上の冒険者を対象にしているそうだ。


(ふん。失敗したクエストのことなど、どうでも良いな)


 俺は本題に入ることにした。



「以前出したスカウトの件で話がある。勇者パーティに欠員が出た。追加でシーフを1名募集したい――」

「は、はあ……?」


 あの勇者パーティに空きが出たんだぞ?

 希望者が殺到するに決まっている。その気の抜けた返事は何だ……!



 そう苛立ったが、俺は話を続ける。


「それとアリスにスカウト状を送った件だが――」

「そのことならアリスさんから、お断りの連絡がありまして……」


「おい! あそこに居るのはアリスじゃないか!!」


 受付嬢が何か言いかけたが、俺はそれを無視して視線を移す。



(くっくっく。運まで俺に味方してやがる!)


 それは勧誘予定のクワッド・エレメンタルの天才少女だった。

 たまたま訪れたギルドでの偶然の出会い。これはもはや運命だ。



「あー。でもアリスさんは、急ぎの用があるみたいで……」

「勇者たる俺の誘いより、大切な用事など無い! すぐに案内してくれ!」


「え? でも……」

「たかが受付嬢が、勇者たる俺の言うことに逆らうのか?」



 受付嬢に案内させて、俺はアリスに対面する。

 彼女はちょうどクエストの報告を終えて、ギルドを出て行くところだった。



「君がアリスさんかな?」


 噂に違わぬ可愛らしい少女だった。

 赤髪のツインテールがよく似合う、実に俺好みの女の子。手に持った小さなロッドには、使いこなせば便利だが、扱いは難しいエメラルドの宝玉が埋め込まれている。

 それだけでレベルの高さをうかがわせた。



「はい、私がアリスですが……どちらさまですか?」


(勇者である俺の顔を知らない……だと?)



「俺はオリバーだ。勇者パーティのリーダーだ」

「え、勇者パーティの……? オリオンさんをクビにしたって言う?」


(どうしてあいつのことを……?)


「今日は君をスカウトするために声をかけた。若くしてクワッド・エレメンタルまで上り詰めた力。ぜひとも勇者パーティで振るって欲しい」

「お断りします」


 これは何よりも名誉なことだ。

 絶対に肯定の返事が返ってくるとは思っていたのだが、答えは否。それも、迷うことすらない即断であった。



(……嘘だろう? 勇者パーティの勧誘だぞ!?)


「すまない。よく聞こえなかったのだが……」

「お断りします。私、急いでるんです……。そこをどいてもらえませんか?」


「何故だ!」


 俺は立ち去ろうとするアリスの前に、立ちふさがる。

 


「勇者パーティに入れば、地位も名誉も思うがままだ! 報酬だって、いくらでも払おう(後で稼げばどうにかなる……) 大変な役割だが、非常にやりがいも――」

「私には憧れの人が居るんです。魔術の腕だけでなく、その生き方まで。ようやく会えたんです。だから、勇者パーティには入れません」


 アリスの心は固いようだった。

 勇者パーティの今後のため、アリスの助けは喉から手が出るほど欲しい。どうにか、心を変えられないものか。



「そうか。ちなみに憧れの人というのは誰だ?」

「オリオン様です!」


「はあ!?」


 あのランク外のゴミが?

 呆気にとられるが、アリスは恋する少女のようにうっとりとした表情を浮かべる。



「やめとけやめとけ。あいつは勇者パーティの落ちこぼれだ。あの年になってもランク外のクズだ。1人じゃ冒険者としてやっていくことも――」

「オリバーさん。いくら勇者様でも、言ってよいことと悪いことがあります」


 俺の言葉を聞いて、アリスがスッと目を細めた。

 敵意の籠った目。その体からは、うっすらと水の魔力が滲みだしていた。どうやら彼女が、オリオンのことを慕っているのは本当らしい。



(ひいいいいい。さすが天才魔術師――!)


 小さな少女とは思えぬ迫力だった。俺はぺたりと尻餅を付いた。

 勇者たる人間が、年下の小さな少女に威圧されて怯えている光景。ギルドに居る冒険者の視線が突き刺さるが、本能的な怯えは隠せなかった。


「わ、わ、わ、悪かった!」

「あ……。私こそ、ごめんなさい。憧れての人を侮辱されて思わず――そんなに怯えさせるつもりは、無かったんです」


 そう言って、アリスは頭を下げる。



「オリオン様を待たせているので、もう行って良いでしょうか?」


 そのまま上機嫌に、ギルドを飛び出して行ってしまった。二度と、こちらを振り返ることは無かった。

 そうしてギルドには、情けなく座り込む俺だけが取り残された。 

 


「今の見たかよ? あんな小さい女の子に威圧されて、ぶるぶる震えてるぞ?」

「しかも一方的に突っかかってたよな。噂には聞いてたけど――勇者パーティって、あんなのがリーダーなのかよ?」

「ああ~。アリスちゃん可愛いかったなあ――」


 こちらを見ていた冒険者たちの声が、嫌でも耳に入る。



「何を見てんだ! 見世物じゃねえんだぞ!!!!」


(おのれえええええええ――!)

(なにがクワッド・エレメンタルの天才少女だ! よくぞ俺様に恥をかかせやがたな――!!)


 あんな小さな少女にコケにされた。これ以上ない屈辱だった。

 俺は怒りに打ち震えながら、冒険者ギルドを後にするのだった。




◆◇◆◇◆


 アリスにスカウトを断られ、苛立ちをあらわにするオリバー。

 そんな彼の頭からは、受注していたクエストはスッポリと抜けていた。

 引き受けた依頼の無断キャンセルは、信頼度を大きく損なう最悪の行為である。


 これまではオリオンがさり気なくフォローして、リーダーの杜撰ずさんさをフォローしていたのだが――今度ばかりは、年貢の納め時であった。

 勇者の破滅は、どこまでも続いていく。

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