25.【SIDE:エドワード】ゴブリンの繫殖期の情報を握りつぶし、オリオンたちを死地に送り込む準備を進める

 俺――エドワードは、魔術師組合の執務室でタバコをふかしていた。



「失礼します」


 その時、秘書のミシャが執務室に入ってきた。ノックもなく慌てた様子。冷静沈着な彼女にしては珍しい。

 よく見ると、彼女は見覚えのない冒険者も連れていた。



「そちらは?」

「はっ。こちらの冒険者が、ギルドマスターに話をさせて欲しいと騒いでおりましたので……。ひとまず、こちらにお連れした次第です」


 どうやらたまたま目にしたミシャが、見かねて俺のもとに連れてきたようだ。


「ふむ。特別に聞いてやろう。必要があれば、俺からギルドマスターに伝えておこう」


 男は見たところ、ただの冒険者だ。本来であれば、俺のような組合の長に直接対面することも特別である。男は緊張した様子で、こちらを見ていた。



「私はリレックの村に向かった冒険者なのですが……。そのクエストのことを、ご存じしょうか?」

「リレックの村というと……。ゴブリンの掃討依頼があった場所だな?」


 嫌なことを思い出し、俺は顔をしかめた。

 勇者パーティが依頼をばっくれた事件は、ギルドでちょっとした騒ぎになったのだ。当然、聞き覚えがある。

 



「はい、そうです。そのことで急ぎ報告があります!」


 冒険者が深刻そうな顔で、口を開いた。

 初動対応が遅れたせいで、ゴブリンは繫殖期を迎えていたらしい。自分たちだけで、それを解決するのは困難。至急、増援を求む。

 そういうことらしい。



「ふむ。ゴブリンの繁殖期か……」


(面倒くせえ)

(ギルドマスターに判断を仰ぐのが早いよな)


 俺は思案に暮れる。

 正直、非常に面倒な事態であった。くそっ。オリオンのことと言い勇者パーティは、次から次へと問題を投げつけてきやがって。



(待てよ……?)


 その時、俺は閃いてしまった。悪魔的な発想。


「ちなみに、この情報を知っているのは?」

「直接この場にお連れしました。おそらくはエドワード様だけかと」


(ふっふっふ。なるほどなるほど!)

(ゴブリンの繫殖期。知っているのは俺だけ――と。なるほど、なるほど)


 その時の俺は、さぞ醜く笑っていたことだろう。




「ミシャ、その冒険者を魔術師組合の客室に。そうだな、すべてが終わるまで。1週間ほど・・・・・、ゆっくり休息を取ってもらうように」

「な――!? どういいうつもりですか、エドワード様!?」


 客室での休息。

 そういった名目の、事実上の幽閉である。

 


「この件は、責任を持って俺が一任する。混乱を避けるためんだ。情報を知る者は少ない方が良いからな」

「なるほど、かしこまりました……」


 俺はこの事実が、広まることを避けようとしていた。混乱を避けるというのは、もちろん建前である。


(邪魔者をまとめて処分できるかもしれないな)

(な~に、村は犠牲になるかもしれないが俺の立場のためだ。尊い犠牲になってもらうとしよう)


 突如として訪れたゴブリンの繫殖期。

 この事態をどのように活かすのか。俺の脳は、フル回転を始めていた。



「ミシャ、指名依頼を出せ。依頼内容は、リレック村のゴブリン討伐クエストの増援。ただし繫殖期の情報は伏せておけ」

「は、はあ。指名依頼で……。情報を伏せておけとは――正気ですか!?」


「ああ、扱いは緊急クエスト。指名対象は、オリオンたちのパーティだ。断れば冒険者ライセンスを剝奪するとしても良い――決して逃がすな」


 とんでもない横暴である。しかし、多少の無茶なら通してしまえるのが、俺の立ち位置である。

 これまでも邪魔者は何度となく排除してきた。事が起きてしまえば、どうとでも握りつぶせる。そんな自信が、俺にはあった。



「冗談ですよね? 村1つを犠牲にして、自分の復讐を優先するようなことを――」

「口を慎めミシャ。俺は信頼できる・・・・・パーティ・・・・に、事態の解決を一任するだけだ。不幸な情報伝達のミスはあるかもしれないがな」


 啞然あぜんとこちらを見返すミシャ。


「なに。ロストスペルの使い手たるオリオンたちなら、このような困難な任務も簡単に解決してくれることだろう」


 俺はニタリと笑う。



「な!? あんたはリレックの村を! そこで必死に解決しようと思う冒険者を、何だと思ってるんだ!」

「ふん。知らんな」


(正義感の強いタイプか。いくら金を積んでも、黙らせるのは難しいか?)

(この報告者も邪魔だな。事が済んだら始末するか)


 そうして事態は動き出す。




◆◇◆◇◆


 エドワードは、リレックの村でゴブリンが繫殖期を迎えていることを隠すことを選択した。さらには情報を伏せて、冒険者を送り込もうと言うのだ。死人に口なし。邪魔者をまとめて葬ろうと言うのである。

 その結果、リレックの村が壊滅するだろうことに興味はない。

 ――エドワードにとって何より大切なのは、憎きオリオンとアリスに復讐することだけだったのである。



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