30.【SIDE:勇者】オリバー、ルーナを守るために必死にゴブリンの群れに抗おうとする

 俺――オリバーは、迷っていた。


 ゴブリンたちの恐ろしさは、直接洞窟に行った俺が、肌身に染みてわかっている。これだけの人数で勝てるはずがない。死ぬだけだ。

 そう思った以上、取るべき行動は逃げることだろう。



 それなのに――


「うっさいな! 少しでも出来ることを、しておきたいんや」


(なんでだよ……?)



 向かう先に死が待っていて、なぜそこまで決然と言い切れる?



 ルーナの力強い言葉が、理解できなかった。

 その奥底の信念が眩しかった。 



「肩書きだけの勇者は黙っとって!」


 ルーナは俺の顔など見たくないと言わんばかりに、そう言い放つ。

 肩書きだけの勇者。その言葉は、俺のどこかを的確に射貫いた。



(肩書きだけの勇者――ああ、その通りだよな)

(でもそれの、何が悪い?)


 勇者は生きているだけで希望となる。

 肩書きこそ・・・・・すべてだろう・・・・・

 だからこんなところで、馬鹿な判断をする訳にはいかないのに――



「くそっ」


(俺は何がしたいんだ……?)


 合理的に判断するなら、ここは逃げて命をつなぐべきだろう。

 それでも何故か、俺は村を離れることが出来なかった。




◆◇◆◇◆


 そうしてゴブリンたちが村にやってきた。

 群れの大きさは、想像していたよりも遥かに大きい。複数のゴブリンキングが率いる凶悪な群れは、まるでこの世の地獄の様だった。


(これほどか……)


 ゴブリンを下級モンスターと侮ることなかれ。

 繫殖期のゴブリンが作る群れは、ときに1つの村を簡単に滅ぼす。手練れの冒険者を容赦なく死に追いやる。こうなってしまったら、ギルドからの救援を待つしかなかったのだ。



 そんなモンスターに果敢に挑む少女が居た。

 名はルーナ。長年、ともに旅をしてきた少女で、勇者パーティの一員。




 彼女だけが使うスキルで、ルーナは敵の攻撃を一身に受け止めた。


「ただで死ぬ気はないんやで!」


 そう叫ぶ彼女は、自分なんかより――よっぽど勇者らしかった。 




(くそっ。俺は何をしてるんだろうな……)


 共に戦うでも逃げるでもない。

 何も決断できず、物陰から戦いを見守るだけのクズみたいな人間。

 それが今の俺だった。



 ルーナと共に戦う冒険者たちが、ゴブリンたちを凄まじい勢いで葬っていく。すべての攻撃が、ルーナに向かうのだ。防御を気にせず攻撃に集中できる――特に1対多の戦いにおいて、ルーナのスキルは圧倒的だった。



(これならもしかして――!)


 そんな希望も一瞬湧いたが、


(でも。無理だ――)

(いかんせん敵が多すぎる)


 襲ってくるゴブリンたちは、無限にも思えた。その攻撃は、着実にルーナの身体にダメージを与えていく。ポーションでも癒しきれないような傷が、蓄積していく。

 最初から村人が逃げる時間を稼ぐだけの戦い。行く末は決まり切っていた。



 なかなか進めないことに業を切らしたのだろうか?

 のっそりとゴブリンキングが、ルーナの元に向かう。群れが先に進めない元凶を、あっさりと察知したのだ。



「ゴブリンキングか――ええで。のぞむところや!」


 ルーナが獰猛に笑った。

 あまたのゴブリンの群れの攻撃に晒されながらも、彼女は決して倒れない。まるで力比べを挑むように、ルーナは盾を高く構えた。



「シールドナイト!」


 ゴブリンキングのこん棒が、振り下ろされる。

 その凶悪な一撃を、ルーナはたしかに防ぎ切った。しかしゴブリンキングは止まらない。怒りの感情そのままに、何度も何度もこん棒を振り下ろす。

 ルーナは苦悶の表情を浮かべながらも、どうにか攻撃を防いでいたのだが――ついには限界が訪れた。



「しまっ――!」


 ついにこん棒が、ルーナの盾を弾く。

 呆然と立ち尽くすルーナに向かって、ゴブリンキングは容赦なくこん棒で殴りかかった。



「――ごぶっッ」


 ルーナは吹き飛ばされ、受け身も取れずに地面に叩きつけられる。

 ゴブリンキングは勝利の咆哮をあげ、ルーナに止めを刺そうと近づいた。

 



『オールヘイト・コレクター!』


 血を吐くような声が聞こえた。

 スキルの発動者はルーナだ。彼女は死の直前まで、命を削りながら敵の攻撃を自らに吸い寄せようとしていた。



(どうしてそこまで……?)


 ルーナの生き様を、まざまざと見せつけられた気がした。

 長年の旅で、彼女の使命感の強さは知っていた。俺への不満も、その焦りにも知っていたし、それを普段は疎ましく思っていた。それでも、こんな状況までそんな生き様を見せつけられてしまえば……



(落ち着け、俺。行っても死ぬだけだぞっ!)

(どう考えてもまともな判断じゃないっ!)


 そんな心の声を無視して。

 俺は思わず戦場に飛び出していた。




「ふざけんなよ。ルーナっ!」


(そんな死に方! 認められるかよ!)


 かたや村の隅で震えているだけだった俺。

 かたや命を張って村を守るために尽力したルーナ。

 肩書きだけの勇者という言葉がのしかかる。


 別に世界を救うために。見ず知らずの誰かのために。そんな理由で、命を捧げようとは思わない。俺は、褒められた生き方はしてきていない。

 それでも、残ってくれた大切なパーティメンバーの死を。長年旅をしてきた大切な幼馴染が死のうとしているのに、その絶対に避けられない死を見過ごすぐらいなら――



『聖剣よ――敵を貫け――!』


 俺はゴブリンキングに飛び掛かった。

 呪文を詠唱する。勇者だけが使える光属性の固有魔法。聖剣を生み出し、首筋に斬りかかる。



 しかし、この世に奇跡はない。

 冒険者の世界は、残酷なまでに実力主義だ。



「嘘だろ……?」


 たしかに攻撃はゴブリンキングに直撃した。

 それなのに奴は、無傷で……。



グオオオオオオ!


 恐ろしい事実だった。

 俺の必殺の一撃は、ゴブリンキングには傷1つ与えることすら出来ない。そのまま何事もなかったように、ゴブリンキングはルーナに狙いを定め――



「ふざっけんな!」


 俺はゴブリンキングのこん棒を受け止めようとする。ルーナを守るために、後先考えず体が勝手に動いていた。

 しかし余りにも重すぎる一撃を前に、簡単に吹き飛ばされた。



「オリバー……? あんた、どうして!?」

「分かんねえよ。体が勝手に動いて――くそっ。こんな筈じゃなかったのにな……」


 ようやく気が付いたのか。

 傷だらけで倒れ伏すルーナが、驚いたように俺に声をかけた。



「そう……」


 興味がなさそうな声。ルーナが返してきたのは、その一言だけだった。今更何をと、呆れているのだろうか。それでも良い。

 これまでかけてきた迷惑の穴埋めにもならない。そう、これはただの自己満足に過ぎない。



「なら私の役割も、まだ終わってへんな。もう少しだけ、もう少しだけ――」


 ルーナは無理やり体を起こす。

 立っているのもやっとであろう満身創痍の身体。それでも迫りくるゴブリンの群れを睨みつけていた。その姿は、俺なんかより勇者そのもので――



(かっこいいな)


 見惚れてしまう――素直にそう思わされてしまった。

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