10.古代魔術師、突っかかってきた冒険者を返り討ちにする

 そうして闘技場で戦いが始った。



「どうした腰抜けが! いつでもかかって来いよ!」


 ギースが、俺を挑発するように声をかけてくる。


「といっても、無理だろうけどな。なんせ基礎魔法すらろくに使えないんだしな! 今なら降参を認めてやっても良いぜ!」


(こちらの平常心を奪う作戦か?)

(集中、集中……)


「口上は良い。始めよう」

「ふん。格好だけは一丁前か?」


 俺はギースの言葉を無視して、いつでも魔法を放てるように意識を研ぎ澄ませる。



「デリャアアア!」


 ギースは剣を大きく振りかぶり、こちらに突っ込んできた。

 直線的な動きであるが、その一撃は当たれば簡単にこちらを戦闘不能に追い込むだろう。


「土のマナよ、俺を守れ!」


 俺は大気を漂うマナに命じて、土の壁を作り出した。

 ギースは振り下ろした剣は、頑丈な土の壁に弾かれる。


「は? 何だよそれ!?」


 ギースは啞然あぜんとする。



「基礎魔法すら使えないからランク外なんだろう? なんで当たり前のように魔法を使いやがる!?」


(そりゃ、魔術師だしな……)



「この魔法に名前はない。強いて言えばアース・シールド"もどき"といったところか?」

「ざっけんな。詐欺も良いところじゃねえか! Sランクの魔術師だって、その強度の防御魔法を、一瞬で展開することなんざ出来ねえよ!」


「それは光栄な話だな」


 俺は周囲に土の壁を10個ほど展開。自らの身を守るように浮遊させる。



 俺には、魔法学院やギルドで対象されている魔法理論の必要性が理解出来なかった。

 魔法陣を空中に描く。

 属性を付与して、必要なマナをかき集める。

 マナを固定化し、魔法を詠唱し、決められた現象を発動させる。


 ギルドの教本にも書かれている常識だ。

 だとしても――


(なぜそんな・・・効率の・・・悪いこと・・・・をやらなければならない……?)

(その詠唱に、何の意味がある……?)


 だって、そんなことをする必要がない。

 ただ大気中のマナに呼びかければ良い。必要なのは複雑な数式で構築された魔法陣でもなく、ましては長ったらしい詠唱文ではない。発動したい現象の消費マナと、その結果を忠実に具現化する想像力。そして「そう在れ」と念じる集中力さえあれば十分なのだ。 



「防御魔法は、ダブル以上の魔術師しか使えないはずだ。何でランク外の魔術師が、そんな魔法を使えるんだ――詐欺だ。詐欺だろう!!」

「文句ならギルドに言ってくれ」


 別に俺だって、好きでランク外に居る訳じゃない。



「く、くそ。良いだろう――弱いものいじめは俺の趣味じゃねえんだ! 次はそのふざけたシールドごと叩ききってやるぜ!」


 ギースの表情が真剣みを増した。

 こちらをただの格下ではなく、強敵だと認識した顔。


(油断している相手を不意打ちで倒しても意味がないからな)

(Aランクの冒険者が相手か――俺の力がどこまで通用するか。試してみるか!)



「くそおおおお! 俺はAランクの冒険者だ。舐めんな!」


 ギースはこちらに走ってきながら、何かやらスキルを発動しようとした。

 魔術師と剣士が近接戦闘で争えば、どう考えても剣士が有利。真っ向から近接戦をする気はない。魔術師には魔術師の戦い方があるのだ。



「風のマナよ――俺を運べ!」

「あ! てめえ、汚ねえぞ!」


 俺は空高くに飛び上がる。それだけで、翼を持たぬ剣士の攻撃は俺には届かない。



「炎のマナよ――焼き尽くせ!」


 さらに俺は、大気中に漂うマナにささやきかける。

 瞬く間にギースを取り囲むように、巨大な炎の渦が巻き起こった。それは巨大な炎の壁となり、ギースを押しつぶそうとする。


「な!? 無詠唱のファイアウォールだと!?」

「参考にしたのはファイアウォールと、フレアトルネードだ。消費マナの効率が、その方が良かったからな」


(さあ、どう出る?)


 分厚い炎の壁。

 そこを突っ切れば、ただでは済まない。かといって炎の壁は、容赦なく中の空気を奪っていく。打開策が無ければ、ジリ貧だ。

 警戒しながらギースの様子を伺っていると、



「ま、参った。降参だ!」


 ギースは武器から手放し、あっさりとそう言った。

 その顔は、驚きと恐怖から真っ青になっていた。



「勝者、オリオン!」


 そうして突如として始まった決闘は、幕を閉じたのであった。




◆◇◆◇◆ 


「どうなってるんだ、このギルドは……」


 俺――ギースは、打ちひしがれていた。

 Aランクの冒険者として、これまで研鑽けんさんを積んできた自負があった。それなのに、さんざん馬鹿にした相手に、赤子の手をひねるように敗北を喫したのだ。



「いいや、違うな。あれがランク外な筈がない。世間からの評価なんて気にならないぐらいの超越者――それがオリオンさんなんだ」


 そんな相手に、ケンカを売ってしまったこと。

 他の冒険者に止められたのも、今となっては納得だ。相手の実力すら見抜けなかった。俺はあまりに未熟だったのだ。



 そんなギースに話かける者が居た。

 それは対戦相手の冒険者――オリオンであった。


「お疲れ様、ギース。踏み込みの速度から、その威力まで――良い腕だった」

「お、おまえ……」



(あれだけ圧倒的な力の差を見せつけて置いて……)

(煽られてるのか?)


 最初はそう思ってしまったが、彼の瞳に浮かぶのは純粋な賛辞だ。こっちが一方的に突っかかったのが、馬鹿みたいではないか。



「ね? オリオンさんは強いでしょう?」

「アリスちゃん。そうだな……。俺が間違っていたよ」


(アリスちゃんが、オリオンさんに弟子入りしたがっていたのも頷ける)

(ああ。天才と天才。お似合いの2人だな――)


 ギルドが決めた画一的なランク付け。そんなものに囚われて、相手の実力を正しく見抜けなかったことを深く恥じる。

 自らを打ち負かした圧倒的な強者――俺は自然と、そんな相手に弟子入りしたいと願うようになっていた。



「オリオン。いや、オリオン様! 俺には慢心があった。冒険者として剣を極めたというおごりがあったんだ」


 俺の言葉を、不思議そうにオリオンは聞いていた。


「だから、どうか俺を弟子にして欲しい。この腐った性根を、俺を鍛え直してくれ――!」

「え、ええ!?(何でそんな話になった!?) いや……。俺はそんな器じゃないんだが――」


「無茶を言っているのは重々承知だ。頼む、この通りだ!」


 俺はオリオンに、深々と頭を下げた。

 ギルドの評価なんかに囚われない。ただ己の強さを突き詰めた偉大なる冒険者。常識に囚われずに新たな境地に至ったオリオンさんと居れば、きっと俺も新たな領域にたどり着ける。


 期待に満ちた目で見る俺に、



「いや、ほんとうに……勘弁してくれ」


 ものすごく嫌そうな顔で、オリオンはそう答えたのだった。



「ギースさん、オリオンさんに弟子入りする条件はドラゴンのソロ討伐です! あなたにそれが、可能ですか?」

「な――!? ドラゴンの……ソロ討伐だと!?」


「はい。あなたにその覚悟がありますか?」

「それは……。……すまない。俺には無理だ」


 ズガーンと雷で撃たれたような衝撃だった。

 勇者パーティのような特別なパーティに任せる凶悪なモンスター。それがドラゴンだ。そんな試練に、アリスは当たり前のように挑もうというのか?



「いや、ちょっと。それは言葉のアヤと言うか――」


 オリオンが、慌てて何かを言いかけた。

 きっと弟子入りする者が後を絶たないのだろう。課されたのは、恐ろしく高いハードルであった。聞いただけで諦めてしまうような条件だ。きっと覚悟を試されているのだろう。



(アリスちゃんは、その課題に挑もうというのか……)

(その年でドラゴンのソロ討伐に挑もうというこころざし。アリスちゃんの覚悟も、それを受け止めるオリオンさんも。あまりにも眩しいな)


 ただただ悔しかった。

 こんな小さな少女に、煮え切れない答えを返してしまった自分が恥ずかしい。



「一から鍛え直してくる。いつかオリオンさんの前に立っても恥ずかしくないと思えるその日までな……!」

「その意気や良しです!」


(オリオンさんを侮辱され怒っていた筈なのに、こうして励ましてくれるんだな……。アリスちゃん、良い子だな――)



「え、ちょっ……。えっ!?」


 そして、何故か戸惑った声を上げるのはオリオン。

 そうしてギースは新たな目標を見つけ出し、静かにオリオンたちの前から立ち去るのだった。

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