23.【SIDE:勇者】ルーナ、ゴブリンが繫殖期に入っていることを聞き危機感を募らせる

 私――ルーナは、馬車に揺られながら移動していた。

 正面には、面倒くさそうにあくびをするオリバー。他にも一緒にクエストを受けているパーティも一緒だ。正確には勇者パーティがクエストを放置し、その尻拭いで派遣されることになったパーティである。頭が上がらない。



「ルーナさんだよね? その……。あまり人様のパーティのことを悪くは言いたくないんだけどさ。勇者パーティのリーダーって、いつもああなのか?」

「本当にごめんなさい。悪気はないと思うんですが……」


 話かけてきたのは、リーダーのピエール。凄腕の剣士であり、パーティメンバーからの信頼も厚かった。眉をひそめる彼の言葉に、私からはフォローの言葉も見当たらない。



「いや、ルーナさんが謝る必要はないよ。そうなんだなあ……。いくら勇者とは言え――ルーナさんもずいぶんと苦労してるんだなあ」

「そうですねえ。まあでもいつものことで、慣れちゃいました」


 私は苦笑いする。



(ほんっとに、どうしようなあ……)


 ずるずると流されるがまま、ここまで来てしまった。


(せめて勇者が、もうちょっとだけ頼れるやつだったらな……)


 そんなことを思うのは、野暮というものだ。他にアテなど無いのだ。ここでやれることをやっていくしかない。



 そんなことを考えていると、オリバーと目が合った。


「なあ、ルーナ? 俺は基本的には休んでて良いか? ゴブリンなんか、そいつらに任せれば良いだろう? そんな雑魚モンスターを相手にしてたら、勇者としての腕がなまっちまいそうだ」

「またそんなこと言って!」


「いてっ!」


 私はオリバーの頭をペシリと叩き、そのまま下げさせた。

 4人パーティだったときは、勇者に好き勝手させてきたけど、これからはそうもいかない。勇者パーティが完全に見捨てられたら、私まで巻き添えだ。




「見えてきたぞ~!」

「平和そうな村だな。ゴブリンの巣の掃討作業! やったりますか――!」


 そうこう話しているうちに、リレックの村が見えてきた。目的は村の近くに出来たとゴブリンの巣の駆除である。


(何事もなく平穏に終わりますように――)


 そんな願いと共に、私はリレックの村に入るのだった。




◆◇◆◇◆


 リレックの村に到着した私たちを迎えたのは、くたびれた顔をした白髪交じりの老人であった。


「私が冒険者ギルドに依頼を発注したこの村の村長です。あなたたちが、今回、クエストを受けてくださる冒険者ですか?」


 不安そうな表情。

 それも当然だろう。随分と前にギルドにクエストを発注したのに、誰もここを訪れることは無かったのだから。



(随分と疲弊しているみたいやな)


 何度もゴブリンの襲撃を受けているのだろうか。

 村人たちの表情は暗い。腕に包帯を巻いている若い男性も目立つ。何人かの村人が、今もピリピリと緊張した様子で村の外を監視していた。



「リーダーのピエールだ。冒険者ライセンスはB。まずは到着が遅れて申し訳なかった。ゴブリンの巣の掃討依頼、責任を持って達成させて貰おう」

「オリバーだ! 言わずと知れた勇者パーティだ。わざわざ俺さまが来てやったんだ――感謝するんだな!」


「なっ。勇者パーティだと――!」


(あんの馬鹿っ!)



 村長はオリバーが名乗ると、怒りの籠った目線を向けた。

 当たり前である。依頼をばっくれた悪名が、この村には広がっているだろう。まして悪びれるでもなくあの態度。


「勇者パーティ様が、今さらなんの用だ?」

「ああ? せっかく来てやったのに――いてっ!」


 オリバーの頭をパシリと叩く。

 まったく、こいつは――!



「リーダーが失礼いたしました。準備に手間取りまして……。今回の件、微力ながらお手伝いさせていただきたく思います」


 私はそう言いながら、頭を下げる。

 村長はなおも不満そうだったが、それでも戦力は戦力だ。着いてこいと手招きし、自らの家に私たちを招き入れる。



「ちっ。俺は勇者だぞ! まずは感謝の言葉を述べて、金一封でも持ってくるのが筋なんじゃないのか!?」

「オリバー! もう頼むから黙っといてな?」


「っち。何だよ、ルーナ」


 ……先行き不安である。




◆◇◆◇◆


 村長の家に到着した私たちは、現時点での状況を聞いていた。

 私とオリバー、さらには冒険者がテーブルの手前に座る。奥には村長と実際にゴブリンと戦った村人が、何人か並んでいた。



「ゴブリンの繫殖期ですか。まずいですね――」


 説明を聞いた冒険者の1人が、深刻そうにつぶやいた。

 村人たちからの情報によれば、近くに洞窟に住み着いたゴブリンの規模は実に100体以上。繁殖期を迎えて狂暴化しており、村が襲われないかとヒヤヒヤしている。



「ゴブリンは、群れる生き物だ。本来ならここまでの規模の巣を作られる前に、対応しないと行けなかったんだがな……」

「な、なんだよ?」


 ピエールが責めるような視線をオリバーに向けた。


(まったくもってその通りや!)

(オリバー、なんてことをしてくれたんや……!)


 もはやオリバーがクエストを受注したときとは状況が異なる。最悪の事態の一歩手前。そんな危機感を、冒険者はみんな共有していた。

 ――約一名を除いて。



「はんしょくき? それ、何がまずいの?」

「はあ? おまえ、そんなことも知らずに冒険者やってたの!?」


「おまえ、勇者に向かってなんだその口の聞き方は!」


(知らないことを威張り散らすな――!)

(とりあえず謝れ! まずいなんてもんじゃないから!!)


「オリバー、ちょっと黙っといて。ゴブリンは、繫殖期になると巨大な群れを作る。狂暴化して、近くの村を襲うとも言われているんや。大規模な群れになる前に、駆除する必要があった。ああ、私たちのせいや……」

「でも、所詮はゴブリンやろう? どうにでもなるだろう」


 心底、不思議そうなオリバー。


「そりゃあ……。オリオンさんが居ればそうかもしれんけど……」

「なんで、あの役立たずの名前が出るんだ!?」


(オリバー! 空気を読んで、頼むから!!)


 村人たちの目線が痛い。

 うちのリーダーが、本当に申し訳ない。いっそ、外で待ってて貰うか。



「オリバー、こういう地味な作戦会議は、勇者たるオリバーには似合わんな。やっぱり勇者に似合うのは、華々しい戦闘や!」

「ああ、そうだな! 最近は派手な戦場が無くて、腕がなまりそうで困っていたところだ」


 鼻をひくひくさせてドヤ顔のオリバー。……扱いやすい。



「そうやな、作戦会議には私が参加しておこう。だからオリバーには、外で待っていて欲しい――」

「ふむふむ、分かってるじゃないか!」


 そんなことを言いながらも――


「まあ、ルーナが心配だから残ってやるけどな。そうだな! 勇者たる俺が、素晴らしい作戦を考えだしてやるぜ!」


(余計なお世話や!)


 何故か逆に気合を入れて、オリバーは普通に部屋に居座った。



(ううん。無理に追い出すことも出来んよな――)

(こんなんでも一応リーダーやしな)


 頼むから邪魔はしないでくれよ?

 私は、そんなことを願ってしまった。

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