19.古代魔術師、ドラゴン討伐を報告して感謝状を送られることになる

 その後、俺たちはドラゴンの鱗を討伐部位として持ち帰ることにした。

 そうして早速、冒険者ギルドにクエストを終えたことを報告する。



「まさか……! 本当に単独パーティで達成したんですか?」

「はい。これが証拠の討伐部位です」


 俺は持ち帰ったドラゴンの鱗を、カウンターの上に載せた。

 俺たちが達成したのは、勇者が失敗したドラゴンの討伐依頼。アリスの実力があっても、さすがに達成は難しいと思われていたらしい。



「こちらが報告書です」

「ありがとうございます。たしかに受け取りました!」


 もっともドラゴン討伐の功績の大部分は、アリスのものだ。

 アリスが、ほぼソロでドラゴンを圧倒していたこと。俺はあくまで瀕死のドラゴンにとどめを刺しただけだということ。


(報告書では、きちんと事実を伝えることが大切だからな――!)


 俺はしっかりと、報告書にアリスの活躍を書き込んでおいた。



「これは――! 本当にドラゴンの鱗ですね!?」


 受付嬢は、何やら鑑定スキルを使い、討伐部位が偽りでないことを確かめる。



「勇者パーティは、ドラゴンのもとにたどり着くことに失敗しました。いったい、どんなトリックを使ったんですか!?」 

「それはオリバーのせいよ。オリオン君を追放したから支援が無くなって本来の実力に戻った――それだけのことです」


「あなたは、エミリーさん? あなたも、元・勇者パーティでしたよね。赤熱の洞窟のモンスターが、凶悪化していたというのは?」


「真っ赤な嘘です」


 気まずそうにエミリーがうなずく。




 そうして受付嬢は、更に予想もしていなかったことを言い出した。


「勇者すら失敗したドラゴンの討伐依頼。今回の件で、オリオンさんのパーティに感謝状を送らせて欲しいのですが――」


 ドラゴン討伐は、複数のパーティが協力して事に当たるような高難易度クエストだ。大規模な戦いになることもあり、犠牲も付き物。ソロで倒すようなパーティが出たなら、ギルドから感謝状を贈ることも当然のことらしい。



「大丈夫なんですか、そんなことして?」


 俺はギルドからは、使い物にならないと評価を受けた人間である。

 そんな人間が、感謝状を受け取るような功績を上げたとなると、面白くない人も出てくるだろう。

 しかし受付嬢は、そんな懸念を余所に楽しそうに答える。


「オリオンさんがランク外というのがおかしいって声は多いんですよ。現場の声と、ギルドの評価付けがまるで嚙み合っていない。そんなランク付けに、いったい何の意味があるんですか?」

「それは……。そうかもしれませんね」


(まさか受付嬢まで、そんなことを考えていたとは……)


 俺は驚きを隠せなかった。


 魔術師組合で定められたランク付け。これは長いこと変わっておらず、そこには一定の権威が存在する。ギルドの幹部は、その評価項目によって地位を築いてきたのだ。そうそう変化を受け入れることはない。

 そんな頭の固いお偉いさんを説得するために、今回のドラゴン討伐は非常に有効なのだと受付嬢は言う。



(ランク外――この評価は、一生、変わらないと思ってたけど……)


 ランクに負けないように、冒険者としての価値を示し続けるしかないのだと。まさかこうして、ギルドの中にも制度を変えようと動いている人が居たなんて。

 これまでの活動が認められてきたのだろう。胸に温かいものが広がっていく。



「良かったね、オリオン君!」


 エミリーは、ずっと俺のランク付けに対して怒っていたっけ。それはもう、自分のことのように喜んでくれた。



 そうして、今回のドラゴン討伐の依頼に関しての話がまとまった。


「私は少しだけギルドに用事があります。この後の打ち上げ、後で向かうので先に始めてて下さい!」


(あまり聞かれたくない話題なのかな?)


 だとしても打ち上げを先に始めてて欲しい、とはあんまりだろう。



「ううん。アリスちゃんが来てから始めるよ」

「そうだぞ、アリス。そこまで待ってるさ。今回の立役者が居なくてどうするんだ」


「オリオンさん――! ありがとうございます!」


 アリスは弾けるような笑みを浮かべた。

 そうして後で落ち合う約束し、俺たちはギルドで解散することになる。




◆◇◆◇◆


 オリオンたちと別れた私――アリス。

 どうしても報告しておかなければならないことがあった。それはオリオンさんが見せたドラゴンとの戦いについてだ。



「実はですね。オリオンさんの戦いで、報告したいことがありまして。是非とも、魔術師組合のリーダーの耳にも入れておきたいんです」


 一応、私はクワッド・エレメンタルに認定されている。かなり無茶な要求かもしれないが、受付嬢は快く、私を案内してくれた。



「君が王立魔術学院を首席で説明したクワッド・エレメンタルのアリスか。一度、会いたいと思っていたよ」

「はじめまして、エドワードさん。お会いできて光栄です」


(この人が、今のランク制度を作り上げた人)



 でっぷり太ったおじさんだった。趣味の悪い装飾品が、部屋中に飾られており、いかにも成金といった風情。ただ座っているだけで、お金が飛び込んでくる立場に居るのだろう。


「何の用かね? もしかして我が弟子になる決意が出来たのかね?」

「あ、その話はまた今度で……」


 そういえば、昔、そんな話を貰った気もする。

 断ってしまったけれど――だって私は、オリオンさんの弟子になるんだから。



 私は、ドラゴンとの戦いを報告する。


「実は、ドラゴンとの戦いの最中にですね――」

「それなんですが、オリオンさんの主張とアリスさんの主張が食い違っているんですが、どういうことですか?」


 同席した受付嬢が、疑問の声を上げた。

 オリオンさんの報告では、何故か私が1人でドラゴンを倒したことになっている。最後のとどめをだけを担当したって――


(クワッド・エレメンタルの私の名誉を守ろうとした?)


 それ以外、考えられない。


(そんな偽りの手柄、とても受け取れないです!)

(報告書では、きちんと事実を伝えることが大切ですからね――!)


「ドラゴンは強敵でした。私の魔法は――まったく通用しなかったんです。ほとんどダメージも与えらませんでした。魔力切れの私にドラゴンはドラゴンブレスを放ちました――そこをオリオンさんが助けてくれたんです」

「はあ? 生身でドラゴンブレスを防いだというのか?」


 信じられないとばかりにエドワードが呟く。



「はい。さらには私の『アイスドラゴン』を再現して、一瞬で手も足も出なかったドラゴンを蹴散らしたのです――。こほんっ。失礼、取り乱しました」


 思わず言葉に熱が入ってしまう。

 エドワードも受付嬢も、ちょっぴり引き気味だ。


「それではドラゴンを討伐したのは、ほとんどオリオンさんのソロ討伐だと?」

「はい。おっしゃる通りです」


 魔術師組合のトップに居座るエドワード。

 いったい彼は何を思ったか。深く考え込む彼に、私はさらなる情報を伝える。



「そしてオリオンさんが使っていたのは――」


『古代魔法(ロスト・スペル)』




 私は仮説を話す。


 それはマナに直接はたらきかけ、自由自在に操るとんでもない能力だ。

 一万年前にそんな技術があったらしい。そんな伝承レベルの存在。



「もし古代魔法の技術を使える者が居るとすれば、その価値は計り知れません。彼の技術は、今のランク分けで測ることは出来ません。なので私としては、ロスト・エレメンタルというランクを、新設することを提案します!」


 エドワードは額に手を当てて考え込む。

 私の言葉は、憶測の域を出ないあやふやなものだ。それでも何か変化のきっかけになれば良い。


「ふむ、考えておこう」


 やがて彼は、静かにそう口にした。




(やった!)

(これでまた、オリオンさんの弟子入りに近づいた!)


 思わずガッツポーズしそうになる。

 ドラゴンのソロ討伐。仮にその試験を乗り越えたとして、結局はランク外の魔術師の弟子になるなんて止めろと言われたらキリがない。



 そうして私は、上機嫌にギルドを飛び出した。

 今日は嬉しいことがいっぱいだ。


(そういえばオリオンさん、パーティに感謝状を贈ると言ったときに、否定しなかったよね?)

(これはもう――パーティを組むことを認められたといっても過言ではないのでは!?)


 るんるんとスキップで歩く私を、通りがかった町人が何事かと振り返る。



(パーティ。パーティか~!)


 きっと今の私は、にへら~とだらしない笑みを浮かべていることだろう。向かう先は憧れのオリオンと、新メンバーのエミリーの待つ飲食店である。

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