32.【SIDE:勇者】戻ってきて欲しいと言っても・・・

 その後、オリオンたちは冒険者たちを助けに向かった。


 あれだけの戦いにも関わらず、範囲内に入ったゴブリンがルーナを狙っていたこともあり、死傷者はゼロ。

 絶望的な戦いに反して、奇跡のような結果だった。


 それを成したオリオンは、まさに英雄扱いされるだろう。

 それに相応しい戦果を上げていた。



 かたや俺は……


(あれ? 俺、ものすごくまずくね……?)


 今さらながらに気がつく。

 あのときの絶望感はどこへやら。生き残った以上、次に気にするべきは、この件がどうなるかであった。



(今回の件って、俺がクエストをバックレたのが原因なんだよな……?)


 ルーナだってそう言っていた。

 それがどれほどヤバいことか、ずっと主張していたし──この村であった者も皆、そう言っていた。更には──


(というか、村が襲われたのって俺のせいだよな)


 幸いルーナの活躍により、村人が全滅することは避けられた。しかしそれとこれとは、話が別だろう。やらかした罪は、決して消滅しない。




(まずい。まずいぞ──!)

(お、お、お、落ち着け……!?)


 俺はようやく、自体のまずさに気が付きつつあった。

 しかし、どう考えても八方塞がり。



(オリオンさえ取り込めれば……!)

(そうすれば彼の手柄は、リーダーたる俺のものになるはず──!)


 しかし諦める気にもなれず、俺は往生際悪くそんなことを考えていた。




◆◇◆◇◆


 どうにか守り抜いた村の正面。

 呼びに行った村人たちが戻ってくるのを待つオリオンたちに、俺は声をかけた。

 


「なあ、オリオン。少し話があるんだが」


「ゲッ。勇者……。今更なんの用ですか?」

「オリバー、何の用だ?」


 不思議そうにオリオンが見てくる。

 隣のアリスは、嫌そうな顔をしつつもそれ以上の口は挟まない。



「オリオン! このままじゃ、俺はおしまいだ! クエストをサボって、こんな大混乱に繋げてしまった。その責任を取らされる──!」

「当たり前じゃないですか……」


(頼むオリオン! 戻ってきてくれ──!)


 アリスのジト目が痛い。

 しかし俺が用があるのは、あくまでオリオンである。



「これまで悪かった、俺にはオリオンの力が必要だったんだ! 頼む、どうかパーティに戻ってきてくれ……!」


 俺は深々と頭を下げた。

 打算まみれの提案であるが、それだけでなく「やり直したい」という願いも込められた、都合の良すぎる言葉。



「それ俺が必要なんじゃなくて、俺の功績が必要なだけだよね?」

「そ、それは……」


 オリオンが困ったように頭をかいた。

 今回の件に関しては、そのとおりであった。痛いとこを付いていくる。



(だとしても、昔から押しに弱いところはあるからな)

(このまま押しきれないか?)


 俺がそんなことを考えていると、



「オリバー! こんのアホー!!!」


 スパーンと頭を叩かれた。

 痛い。



 後ろを振り返ると、腰に手を当てるルーナが仁王立ちしていた。


「なんだよ、ルーナ! 俺は勇者パーティのために!」

「このアホ~!!!」


(む……。何が悪いって言うんだよ──!)


 怒涛の剣幕で怒るルーナ。 




「オリバー、あんた一方的にオリオンさんを追放したんやろう! それこそ長年パーティに貢献いてくれていたのにも気づかず、あまりにも身勝手な理由で……」

「あ、ああ……」


 ルーナのあまりの剣幕に、当のオリオンすらタジタジだ。



「それでこんな大事件を起こして! 功績に目がくらんで取り込もうと戻ってきてほしいやって──!? それなのに……今さら助けて欲しいとか、何の冗談ですか? って話や!」


(ぐぬぬぬ……!)

(悔しいけど──何も言い返せねえ……!)


 なまじ自らの身勝手さを頭のどこかで理解できていたからこそ、何も言い返せなかった。それに──完全に相手にされないぐらいなら、ルーナにこうして怒られているぐらいの方が……


(って、いかんいかん)



 なにに快感を見出してるんだ、俺は。だいたい、ここでルーナに甘えてしまうのは、何かが違うだろう。どちらかといえば、巻き込まれる形になってしまうルーナの居場所を作るのが何より大事なんだから。


 そうだな──



「なあ、オリオン。2人っきりで話せないか?」

「良いけど……」


 俺の誘いにオリオンは、あっさりとうなずいた。




◆◇◆◇◆


「悪かったな。お前を追放したのは間違いだった──本当に身にしみたよ」


 俺は改めて深々と頭を下げた。



「そのことはもう良いよ。でも……悪いけど、勇者パーティに戻るつもりはないぞ?」

「分かってる。いずれ沈みゆく泥舟──」


 オリオンの言葉は当然だった。


「オリオン。おまえは凄いやつだよ。アリスから聞いたが、1万年前に失われたロストスペルを使いこなすんだろう? おまえは間違いなく歴史に名を残す英雄になる」

「なにか変なものでも食べたのか? 君からそう言われると、何か不気味だな……」


 オリオンは、まるで奇妙なものでも見るような眼差しで俺を見る。


 

 それはせめてもの次善の策。

 こいつには、俺の頼みを聞く義理なんてないだろうけど。



「なあ、オリオン。ルーナをパーティに入れてやってくれないか?」

「君の最後のパーティメンバーだろう? どういうつもりだ?」


「あいつは俺と違は違う。この村であいつが見せた勇姿。あいつは、俺に巻き込まれて落ちぶれるような奴じゃない。だから……」

「──それを決めるのは、俺たちじゃなくルーナ本人だろう?」


「これだけのことをやらかした勇者パーティに、好き好んで残る奴は居ないだろう? 苦労することは目に見えてるしな。去る者は追わずだ──あいつがそれを望んだとき、どうか拒まないでやって欲しい」


 もちろん俺とて、ここで終わるつもりはない。

 だとしてもこれまでのような贅沢も楽もできないだろう。俺の自業自得に、ルーナを巻き込むつもりはなかった。



「そういうことなら……。分かったよ」


 オリオンはなんとも言えないような顔で、最終的にはうなずいた。終始、狐につままれたような顔をしていたのが印象的だった。




◆◇◆◇◆


 そうして俺は、村の前に戻った。

 ゴブリンの攻撃の余波で、畑はボロボロ。住宅も崩れている場所もあり、はっきり言ってしまえば、村は壊滅状態であった。村人が無事なのがせめてもの救いだろうか。



「それでですね! あのアイスドラゴン! 教えただけで、気がつけばオリジナルを凌駕するような性能になっていてですね! この世に存在しない古代魔法を使いこなす師匠は、本当に……!」

「本当にアリスちゃんは、オリオン君のことが好きなのねえ」


「はい!」


 そこではエミリーとルーナが、アリスと話しているところだった。

 満面の笑みでうなずくアリスを、生暖かい目で見つめる幼馴染が2人。



 ルーナは、俺が戻ってきたことに気がつくと、


「何、話したん?」


 そんなことをヒソヒソと聞いてきた。


「これ以上、恥を上塗りするようなこと……。してへんやろうな?」

「痛って! あんまり人の頭を気安く叩くなよ! ……心配すんなよ。俺もそこまでバカじゃねえ」

「あんたの言葉には、これっぽちも説得力がないんよ!」


 ルーナは、すっかりこの調子だ。

 どうやら徹底的に俺を監視するつもりらしい。



(これからどうなるかな?)


 この先へのほんの少しの不安。

 目の前には無視はできない大きな被害を被った村がある。俺の罪の象徴で、決して逃げられない現実だ。


(今回の件で、間違いなく責任を取らされるのは仕方ないとして……。それは仕方ないけど──)

(また成り上がってやるさ!)


 



(それこそオリオンが、戻ってきたいと言い出すような勇者パーティを作り上げてやる)

(肩書きだけの勇者と言われようと、俺は勇者だ──勇者の肩書きさえあれば、どうにでもやり直せる!)


 それでもこの肩書きがある限りは大丈夫だ!

 ──俺はいまだに、そんな甘っちょろいことを考えていた。

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