8-3
「ありがとうございました!」
火が傾いてきたころ、ゴミだらけの河原は見違えるほどきれいになった。
集めたごみは、老人会の皆さんたちで負担して業者に頼むらしい。僕もお金を出すと言ったけど、「勇気と行動力のある若者は、そのお金を未来に使ってくれ」と言われて、一銭も出すことを許されなかった。
そうして全て終わったので、ここで解散になる。
僕もみなさんにお礼を伝えたところだ。
「これからは、若造も一緒に自然を未来につなげていくよ。ありがとうな」
「いえ、こちらこそありがとうございます。一人じゃ、きっと終わらなかったですし」
ペコペコと頭を下げれば、坂部さんはキャップを取って頭を下げる。
そして先に帰っていった人たちを追うように、坂部さんも帰っていった。
『ありがとうございまし。これで、私めも後悔することありませぬ。どうぞ、名を呼び、元の場所へ返してくださいまし』
「……そうだね。でも、一つ、聞いてもいいかな?」
『なんでも聞いてくださいまし!』
「その、今日、君が言った「石燕に似ている」ってことなんだけど、それって誰なの?」
『おお……なんと知りませんでしたか!』
誰も他に人がいなくなったところで、僕は河童に聞いた。
河童はすっかり疲れて伸びきっているチビを見てから、教えてくれる。
『あなた様が、いえ、主さまがお持ちのその画図百鬼夜行を作った方が主……烏山石燕様。そしてあなた様の魂がまさに石燕様そのものなのですよ』
「僕?」
『はい。姿は違えど、根本は
まったく知らない人物のことを言われて、「はいそうですか」なんてすぐに納得ができるほどの理解力を僕は持ち合わせていない。
実感もないのだからなおさらだ。
でも、河童の言うことが正しいとしたら。僕は僕でないのか?
僕は誰になるんだ?
この本の作者なのか?
『この河童めも、画図百鬼夜行、前篇陰に載る妖怪でございまし。約束通り、名前を呼び、戻してくださいまし』
土下座するように膝をついて頭を下げる河童。
僕がまた、妖怪を回収すればいいんだ。そう、先生から預かっているこの本に。
ペラペラと本をめくってから、僕の手は止まる。
だって、回収するのに血が必要だから。
網剪を回収したときは、すでに僕は怪我をしていたし、そこから流れていた血を使った。
だけど今は、どこも怪我していない。
先生みたいに指を噛んで血を出すなんて行為、僕には度胸が無くて無理。痛い思いをするのも御免だ。
『どうしたの、主』
「あ、いや、その。痛いの、嫌だなって……」
『わかった! 血がないからだ! 兄上の時はちゃっかり血を無理やり出したっていうのに』
「あの時はほら、命の危機を感じたから……僕に敵意があったみたいだったし……。それにあの時は針を持っていたから、ちくっと一瞬だけ痛かったぐらいだもん。でも今は。河童は僕に敵意がないでしょ? それに針もない。だったら別に回収しなくても」
妖怪は悪いやつ。
僕を襲ってくるし、山姥みたいに人を食べちゃうこともある。でも、この妖怪は。
人を傷つけることはしていないし、むしろ人の心を動かした。そんな妖怪を本に閉じ込めちゃっていいのだろうか。
『血が出ないならさ、一緒に家に帰れば? 血が出たときに回収すればいいじゃない! ね、主!』
「え?」
うつむいていたら、チビが嬉しそうにそう言ってぐるぐると走り回る。
『名案でしょ! じゃあ河童、帰ろー』
「嘘っ!? 本気?」
『ふふふーん』
チビは本気らしい。
河童の背中を頭で押しながらぐいぐいと家の方へ向かっている。
一緒に帰っていいのか?
そもそもあの家は僕が居候させてもらっている先生の家である。勝手に連れ帰っていいのか?
でも先生は妖怪だから、一匹増えたところで?
とういうか、窮奇の兄をすでに僕が回収していて、兄の仇でもある僕をチビはなんで好意的に接しているんだ?
もしかして、仲間を集めて僕に復讐を……?
『置いてくよー!』
「あ、ちょっ……」
妖怪はせっかちなのかもしれない。
悠長に考える時間なんて与えず、土手を駆けあがるチビと河童。
僕は慌てて日陰に置いていた買ったものたちを持って後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます