4-3


「……って、ひぃぃぃ!」


 鳥居をくぐった。そしてその奥にあったのは、古びたやしろ

 ひゅうひゅうと風が通り抜ける音がするほど、ボロボロに朽ちている。太陽は昇っているというのに、ここだけはまるでお化けがでそうな雰囲気だ。まあ、妖怪を見ている僕が何を言うんだという感じだろうけども。


 そんな今にも倒れてしまいそうな社の前。長い髪の毛の女性が一人、倒れているじゃないか。

 いや、こんな誰もいないような山の中にいるなんて、本当に人間だろうか。

 妖怪が化けている可能性もある。


「誰だよっ、もう!」


 見た目は若い女の人。ラフなティーシャツにデニムのパンツとスニーカー。田舎にはふさわしくない服装である。

 そんな見た目から判断すれば、妖怪である可能性は低く、人間の可能性が高い。

 目の前に倒れている人がいたら、助けないわけにはいかない。そこまで僕が冷徹な人間ではない。

 その隣に幽谷響が何食わぬ顔で座っているのが気に食わないし、怖いけど倒れている人に近づく。

 何だかデジャヴみたいだけど、肩を叩いてみた。


「あの……大丈夫ですか?」

「んん……」


 もぞもぞと動いた。よかった、生きている。怪我もなさそうだ。

 生存確認できたところで、僕は引きつった顔で幽谷響を見た。


「お、お前はそれを返せ」

「『お前はそれを返せ』」

「むむむ……」


 幽谷響は僕の言葉を繰り返すだけ。

 シンプルにそれが腹立たしい。


「……よう、かい?」

「はい?」


 何かに気づいたのか、女性がむくりと体を起こした。

 長い髪の毛で顔は隠れているけど、起き上がれるのなら体は大丈夫なのかも。


「お前は妖怪かっ!」

「はいいいいいっ!?」


 僕は初めて女性に押し倒された。不本意だ。

 僕だって男だ。押し倒されるのではなく、押し倒す側でありたかった。


「お前、妖怪と会話したな!? なら、お前は妖怪だろう!?」

「そんなわけないじゃ……うわぁぁぁぁ!」


 女性越しに見えた空。そこに羽ばたいている妖怪――天狗の姿。

 まるでゴキブリみたいな動きで、僕はとっさに女性から逃げる。


「何だ、あんた。何にビビって……ああ、天狗か」


 女性は空を見上げ、天狗を見るなり「ふーん」とつまらなそうな声を出す。


「待てよ、あの天狗は……耀司のところのやつか? ということは、耀司が近くにいる? あの馬鹿耀司が外に出たなんて、今日は赤飯だな!」


 腰に手を当てて胸をはっている。

 うん? 待てよ、あまり名前を呼ばないけれども耀司と言うのは先生と同じ名前じゃないか?


「おーい、そこのハナタカ天狗! 耀司は近くにいるのか?」


 空に叫ぶ女性。その声で天狗が降りてきたらどうするんだ。

 ビクビクしながら、様子をうかがえば天狗は地上に降りることはせず、上空でコクリと頷くだけだった。


「よし! ここは一発、耀司に会いに行くか! ほら、行くぞ、妖怪少年!」

「え、え……? 僕は妖怪じゃ――」

「いいからほら、立って! あいつについていけば、多分耀司のところに行けるって!」

「だからっ!」


 地面にお尻がついたままの僕の手を無理矢理引っ張るこの女性。そこそこ重いはずの僕を軽々引きずっていく女性の力はどこから来ているんだ。

 強引さ、自由さ、わがままさ……全てにおいて、先生と何だか似ている気がする。

 そして、それに逆らえない僕がいる。


「ちょっと! まだ僕は……」

「おおん? そこの妖怪は……幽谷響やまびこか? って、その本は耀司の画図がず百鬼夜行? 盗んできたのか、クソ妖怪」


 その言い方、口が悪すぎやしないだろうか。

 僕の言葉は完全無視するし、一人の女性として、ちょっと行動も言葉も全て荒くないか?

 でもなんだか、誰かに似ているような……。


「妖怪少年、そいつから取り返しなさいよ」

「僕はそもそもそのつもりで――」

「言い訳はしないの! 早く取り返しなさい!」

「ええっ……」


 なんて強引なんだ。

 僕の話などみじんも聞いちゃくれない。勝手に話を進めては戻して……。

 こんな人に振り回されるなんて、僕はなんてついていないんだ。


「ほら、とっととやるの!」


 捕まれていた手は解放された。だけど顎で指示されて、しぶしぶ幽谷響と向かい合う。

 やっぱり幽谷響は顔が怖いし、気味が悪い。その手にある先生の本を取り返せば、僕はそのまま持ち去って妖怪からも女性からも逃げよう。

 そう、取り返せれば。


「……どうやって?」


 僕の顔がひきつる。頬がピクピクと動くけど、頭は働かない。

 妖怪になんて触りたくない。何なら今すぐにでもここから逃げ出したい。でもそれじゃあ、先生の大切なものを盗まれたままだ。先生に取り返してくるって宣言しているんだ、このまま逃げてなんかいられない。


「か、返して。それを」


 返してもらいたいけど、どうしたらいいかわからない。だから、僕は正座したまま幽谷響に言うしかできない。


「『か、返して。それを……を?』」

「うん、それ……その手にあるやつ」


 幽谷響はぐりっと首をぴったり九十度曲げた。

 それが気持ち悪い。不気味だ。

 嫌な汗がダラダラ出てくる。手もベタベタしてきたが、ぎゅっと拳を作って隠す。


「ほぅ……?」


 僕の後ろで何やら女性が声を出した。


「それは、お前のじゃない。先生のものだ」

「それ。お前……せ、せ……の?」

「うん、そう。それは先生のもの。そしてお前はその中に住んでいるはずなんだ。だから、その中に帰るんだ」

「か、え……?」


 僕の声を一部切り取って繰り返してくる。

 会話が成立しているのかわからないけど、話が通じるならそれでいい。


「わかった? お前が自分の居場所に帰るために、それを僕に返してってこと」

「いば……」


 幽谷響は首をさらに曲げた。

 正常時から比較すれば、百八十度曲がっている。不気味を通り越して、怖い。

 体の構造がどうなっているんだ、この妖怪は。骨とか、筋肉とかそういうのがもしかしてないのだろうか。


「かえ、る」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る