1-2
先生が行儀悪く、スプーンで窓の外を指し示す。
まだそっちを見ていないけど、とても嫌な予感がする。
何度も外を見ろと言わんばかりに示すものだから、しぶしぶ引きつった顔を作りながらもゆっくりとその先に目を向けた。
すると確実に何かがそこにいて、すぐにそちらへ背を向けて、僕は思いっきり叫んでしまった。
「あああああっ! 何ですかっ!? あれはっ!」
僕の叫び声で、店員が奥から顔を覗かせる。店内にいたお客さんみんなが僕を見た。
叫んだ僕のことを見て、何もないことを確認した人達は、僕たちに嫌な顔をすると、またもともとやっていたことへと戻っていく。きっと僕のことを「頭がおかしい人」なのだと思ったのだろう。
あの人達の反応からして、窓の外にいる何かは、きっと妖怪だ。
僕は再び、おそるおそる窓の外をチラ見する。
やっぱりそこに、普通ではない姿がある。具体的に言えば、角と牙の生えた鬼のような顔の妖怪である。
だたし、その顔は、何本も生えた丸い蜘蛛のような体についている。
そこまで確認してから、また顔を逸らす。
こんなのを見て叫んでも仕方ないだろう。怖いし、びっくりするし。
僕には見えても、他の人には見えない。
見えないのなら、あんな顔をされても致し方ない。
いつだってそう、僕に向けられる視線は悪いものばかりだ。ああいう恐ろしい妖怪が見えたことで、ラッキーだったと思ったことは今まで一度もない。
こんな反応をいつもするものだから、僕には友達ができない。
「何だっけ、あれの名前」
「知りませんよっ!」
先生は窓越しにそれを見ながらのんきにスプーンをくわえる。
「ああいうのを煮るなり焼くなりしてくださいってば。怖いんです! ああいうの! 全部!」
うーんと考える先生。
手も口も動かさないので、急かしてみるも、ただただジッとそれを見つめる。
「集めているんですよね、だったらすぐあれを掴まえてくださいって! あー、もう、こっちを見てる! 怖い!」
ぎょろっとした目で、見られている気がする。僕は窓に背を向けて、早く早くと言うしか出来ない。
「あー、無理無理」
「はい? 何でですか! 怖いんですって! 先生ならできるんでしょ、集めてるって言うのなら!」
「無理無理。あれの名前、知らねぇし」
「名前知らなくても何とかなるでしょ! 怖い!」
「名前知らないと無理」
「そんなぁ!」
コツコツと、窓を叩く音がする。きっと妖怪が叩いたのだ。ということはまだ、そこにいる。
怖すぎて顔を向けることもできない。
「あ、天狗来た」
「はいっ!?」
いくら先生と一緒にいる妖怪だとしても別の妖怪が来るなんて、ついてないな。
そう思ったけど、どうやらついているらしい。
ちらっとだけ窓の外を見れば、鼻の長い赤い顔をした妖怪、天狗がクモみたいな妖怪に何かを伝えているように見える。
身振り手振りで何かを伝えたかと思うと、クモはコクコクと頷く。すると、二匹の妖怪はそれぞれその場から去って行った。
何もいなくなった窓の外。やっと僕は一呼吸つける。
「……何だったんです、今の……?」
「さぁな。何か言いたいことがあったんじゃねぇの? 知らねえけど」
安心したのはその一瞬だけ。よく考えれば、あんなのがまた現れるかもしれない。それは絶対に嫌だ。
僕の家で聞こえる物音も、もしかしたら似たようなやつらかもしれない。そう思ったら、体がぶるっと震えた。
「先生! やっぱりああいうの、集めてるなら僕の家に来てください!」
「ええ……あ、ちょっと!」
こうなったら強硬手段だ。
不満そうにパフェをたいらげた先生の腕を無理矢理とって、立たせる。
パフェのグラスはもう空だ。なのにまだおかわりしようとしていたのか、タブレットを掴もうとしていたので、やめさせた。
そしてそのままずるずると会計に進む。
「そんなに俺に頼むなら、ここは奢ってくれよ、ポチ」
「……わかりましたよ! 依頼料として、ここのお会計はしますから。頼みましたよ!」
「へいへい」
先生は、パフェ代を僕が払うことで嫌々ながらも了承してくれた。
金欠の僕には痛い出費だ。だけど、それで長く続いた恐怖から解放されるとなら喜んで支払おう。
「……ありがとうございましたー」
財布はすっかり軽くなった。しばらく僕はモヤシ生活を送るしかない。
今後の生活はひとまず置いておいて、先生を連れて僕の家に向かう。
暗い道を、消えかけている街灯がチカチカ照らす。
僕が会計を済ませたことで、先生は僕の後ろをけだるそうに歩く。
ファミレスから僕の家までは何度も通ったことのある慣れた道なのに、今日は風があるからか一層不気味さを感じるから、足を早める。
「あ、天狗がポチを見てるな」
「ひいっ!」
いくら先生の仲間といっても、妖怪であることは変わりない。
また、僕へ向かって突っ込んでくるかもしれない。
僕は天狗を見ようとはしないで、さらに急ぎ足で向かう。
歩くこと十分。足を止めたのは、僕が住んでいるアパートだ。
高校卒業と同時に一人暮らしを開始してから早くも四年。
学歴もない僕は、定職に就くこともできず、この、風が吹けば倒れそうなほどぼろぼろなアパートでアルバイト生活を送っている。
「おおー……なかなか年期が入ってるな。それにここはいるぞ、妖怪が。間違いねぇ。何てったって、この本が反応してる」
「ひいっ! やっぱりいるんですかっ。もうやだ!」
先生はポンっと腰の本を叩いた。どう反応しているのかはわからないけど。
それにしてもアパートに妖怪がいるなんて、やっぱり怖い。
「今までにここで妖怪を見たことは?」
「ないですよ。外では見かけることは多いですけど。でも……」
「でも?」
「こう……夜中に物音がしたりとか、掃除してないのに綺麗だったり……っていうのはよくありますけど……今日だって鍵がかかっているのに、部屋の中から物音がするし……妖怪かもしれないって思ったことはありますけど、見てないから……」
「だったら! 確実だな、これは」
先生はニヤニヤと笑みを浮かべる。
そしてまじまじとアパートを見ると、夜遅いために明かりの付いていない部屋を一階の端から二階までじっと見る。
「ふん……どうやら二階か?」
先生は迷わず階段を上がった。
さびついた階段の音は、いつも通りギシギシと鳴る。雨にさらされて腐食し、ぐらぐらした手すりが直されることはない。
二階に上った先生は迷うことなく、僕の部屋の前で止まる。教えてもいないのにそこで止まるものだから、やっぱり先生は何かを感じ取っているのだと思う。
「開けろ」
「怖いじゃないですか! 先生が開けてくださいよ。僕、あっちに行ってるんで」
泥棒、もしくは妖怪と鉢合わせでもしたらどうするんだ。
どっちにしても襲われたら、即死する。
確かに僕は助けを求めたけど、扉は開けたくない。開けるなら一人で開けてくれ。
そう思っていると、先生は「ふざけるなよ、早くしろ」、そういう冷たい目で僕を見た。
「天狗にドア、突き破らせるぞ?」
「はいっ、今すぐ開けますっ」
扉を壊したら、修繕費を払わなくちゃいけない。生活が苦しい中で、そのお金を捻出すればしばらく僕は永遠にモヤシ生活だ。
それは勘弁。
僕は震えた手で、ポケットにしまっていた鍵でガチャリと部屋の扉の施錠を解除する。
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