1ページ目 よるのものおと
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東京のベッドタウンともいわれる埼玉。生まれはどこだか知らないけど、僕はこの地で育った。
埼玉と言っても、東京とはアクセスが少し悪い片田舎といった土地だ。
人は高齢者が多いし、子供の数はかなり減っていると思う。朝に黄色の帽子を被ってランドセルを背負う小学生たちの列が減っているのだから。
そんな都会でもないこの辺りで、夜に営業しているお店はかなり限られている。
例えばコンビニ。二十四時間営業をうたう大手チェーンはもちろん営業している。
それ以外に営業中のお店はほとんどない。
夜道で先生に出会った僕は、そのまま唯一の二十四時間営業のファミレスに先生と一緒に来た。一緒にというよりも、僕が着いてきただけだけど。
いくら低価格をうたっているファミレスだったとしても、僕の懐には余裕がない。
たとえお金がなくても、僕はどうしても家に帰りたくなかった。
だからわがまま言いながら、先生の後ろをズルズル着いてきた。一人にしないでほしい。そう言いながら歩けば、先生は、迷うことなくファミレスに向かった。
どうやら元々ファミレスに行く予定だったらしい。
いぶかしげな顔をしていたが、僕に扉を開けるように顎をクイッと動かした。
まるで召使いだ。でも僕は、立場が低い。指示に従って、ファミレスの扉を開ければ先生は何食わぬ顔で店内に入って行く。
「いらっしゃいませー。空いているお席にどうぞー」
時間が時間なだけあって、ガラガラな店内。いるのは、大学生のような見た目の男の人と、きちっとしたスーツ姿の男性。それと、何だか化粧の濃い女性の三人のお客さん。
それぞれ一人で来ているみたいで、話し声はまったくしない。
代わりに店内BGMであるクラシック音楽が、悲し気に流れている。
何とも言えない空気の中、入ってすぐのレジでお金を数えていた店員に言われて、静かな店内をずかずかと進んで、先生は窓際へ向かう。
「……待って下さいってば。先生は本当に妖怪を集めているんですよね? だったら僕の話を聞いてくださいって」
迷惑にならないよう小さな声で先生に言うも、まるで聞こえていないかのように華麗にスルーされた。
そして窓際のテーブル席に座るなり、先生は僕の言葉を無視して、足を組み、頬杖をつきながらテーブル中央に置かれていたタブレットを手に取る。
ここは座席に置かれた専用タブレットで注文をする方式らしい。
先生は黙ったままポチポチと画面をタッチし続け、あるところで手を止めた。一体何を見ているんだと思って画面を除いたら、そこにはデザートしか載っていないページだ。どれもこれも目移りしそうなほどおいしそうである。
久しくデザートなんてものを口にしていないから、唾液が口の中に貯まっていく。
食べたい。だけど僕にはお金がない。
先生が嬉しそうに、パフェを注文する中、僕は水をお願いした。
「お待たせしましたー。こちらがストロベリーパフェでございます」
かなり暇しているようで、注文をしてからすぐに水をひとつと、パフェがひとつ運ばれてくる。
「はぁー……なんでこんな男と夜中にファミレス来なきゃなんだよ。仕事は明日からだぞ。いくらやる気があっても、こっちも予定があるんだよ」
文句を言いながらも、先生は運ばれてきたイチゴパフェをスプーンで取って口に運ぶ。
甘味が好きなのか、その顔はかなり嬉しそうだ。
「ですから、僕の話を聞いてほしくて!」
「聞こえてるってーの。俺が本当に妖怪を集めてるかだろ? そこは嘘ついてねぇよ」
「だったら、僕の話をちゃんと全部聞いてくださいよ」
「嫌だ。聞きたくねぇよ、男の臭い話なんか」
「臭くないです! 先生がきっとお気に召す話です!」
「は?」
先生はスプーンを咥えたまま、怪訝そうな顔をする。
生クリームが渦を巻いていたイチゴのパフェは、あっという間に残り半分を切っていた。
「いるんですよ、僕の家に何かが……」
思い出すだけで、恐ろしい。
何かがいる、それが怖くて、僕は家に帰れない。
「は? だからなんだよ? 警察でも呼べば?」
先生は僕を見ながら、やはりつまらないような顔で、再びパフェに注目する。
「呼びましたよ! でも、何も問題ないって言われたんです!」
「じゃあ何もねぇよ」
「あるんです!」
「あっそ」
先生のスプーンはどんどんパフェをえぐっていく。
このパフェがなくなったら、先生は帰ってしまうかもしれない。それまでに何とか僕の話に興味を持たせなければ。
「聞いてくださいよ。鍵がかかっているのに、家の中から物音がするんですよ? 泥棒かもしれないって警察に電話しました!」
「ふーん」
先生はつまらなそうに、パフェを食べる。
僕には興味の欠片もないみたいだ。
「警察が来たときも音がしていたんです。それで一緒に家中に入ったんです。そうしたらどうだったと思います?」
「知らねぇよ」
先生のパフェは空になった。
このままでは、先生が帰ってしまうのではないかと思ったが、先生はすかさずポチポチとタブレットを操作し、何かを注文した。
「それでですよ、なんと家の中に、誰もいなかったんです! 荒らされた跡もなければ、物が無くなった形跡もない。全部あるんです」
一度注文時間をはさんだけれど、僕はおかまいなく話を続けた。
先生は見るからに興味なさそうな反応をしているが。
「あー、そう。よかったな」
「よくないですよ! 誰もいないのに物音がするっていうのが、もう何日も続いています! その度に警察に相談しても、もう軽くあしらわれるだけで……」
僕の嘆きは、先生の心に刺さらない。それどころか、かすりもしない。
これだけ僕が怖い思いをしているのに、先生はひょうひょうとした顔だ。
僕の話を右から左に聞き流して、ずっとつまらなさそうに、窓の外へ目を向けている。
人への関心がないのか、この人は。
「お待たせいたしましたー。チョコレートパフェでございますー」
店員によって運ばれてきたのは、チョコレートがかかったパフェ。それをテーブルに置くと、「ごゆっくりどうぞ」と言いながら、少し首をかしげて店員は戻っていった。
それを先生は先ほど同様に目を輝かせながら食べ始める。
「何も取られていないのに、音がするって変でしょう、怖いでしょう! 助けてくださいよ、先生……せめて、僕を今日、泊めてください。いや、今日だけじゃなくて毎日泊めてください」
両手を膝につけて頭を下げる。
あの怖い家には、帰りたくない。早く引っ越したいけど、お金がなくて出来ない。
どうにも出来ない現実が、僕の前に立ち塞がっている。
「毎日なぁ……そんなんしても、俺にメリットがねぇし。どうせ一緒に暮らすなら女の方がいいし」
先生はスプーンをシッシッと僕を払うように動かす。
「先生にもいいことありますよ!」
「何だよ」
「ほら! 僕がいれば、先生が集めている妖怪をすぐ見つけられるかもしれませんし! 先生が寄ってきた妖怪を集めたら、僕も怖い思いをしなくて済むし、ウィンウィンでしょう?」
「……確かに。現に妖怪が来てるしな」
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