妖怪収集記録~画図百鬼夜行~
夏木
序章
そうぐうはひつぜん
一体どうしてこうなったのだろうか。
僕がアルバイト帰りに必ず通っている道はいつもと違っていた。
お昼すぎから働いて今は夜十時を過ぎたところ。すっかり暗くなってしまったから、違うと思ったわけじゃない。普段は人が通らないにしても、事件事故を防ぐために街灯が道を照らしていたのだ。けれど、今日は今にも消えてしまいそうなほど、何度も繰り返しチカチカと街灯がついたり消えたりしている。壊れたりしなければたかが数日で、明かりが消えるようなことはないはずなのに。だから、僕の違和感が仕事をしている。
僕自身を信じて後戻りすればよかった。何かの前触れだと感じていたはずなのに、僕はそんなはずはないと首を振ってこの道を通ることにした。それが失敗だった。
たかが数十メートル。見た限り、人はいない。
足早に駆け抜けようとしたけれど、一瞬不気味な風が頬をかすめた。そして僕、
補装がされていないガタガタな地面。小さな石が僕の顔にのめり込んで痛い。
「あのー……」
「あん?」
地べたにうつ伏せになる形のまま、僕は上に乗る人に聞いてみるも、ダルそうな声を返すだけ。声からして男の人のようだ。さらに言えば、苦手なタイプだと思う。低い声だし、不良のような言い方は何も受け入れてくれないかのようだ。
初対面の相手の上に突然乗りかかるなんて、僕には理解できない。どいてほしいけど言えない。何も言葉を返せずに屍の如く転がり続けた。
「お前、あいつらが見えるよな?」
「へ? ふぁい?」
男の言う「あいつら」が何を指しているのか、僕にはわかる。
現に今、僕の頭上、夜の空を飛び回っているものが、まさに男の言うものだろう。
あれが人がいない夜道を歩いているところに空から体当たりをしてきたから、僕は転んだ。ここまでは理解している。けれど、その直後に僕の上に知らない男が乗った。
わずかな時間だけど姿をはっきり見ることができた。真っ黒な空を、翼を羽ばたかせて自由に飛ぶ山伏の服を着た生き物。その他の特徴として、今の状態の僕からでも動かせば見える真っ赤な顔に長い鼻がある。この姿を多くの人が知っているだろう。
――そう、あれは天狗だ。間違いない。
その天狗の周りには、鳶のような姿ではあるものの、鳶よりも大きい生き物が一緒に飛んでいる。あれが僕にぶつかってきたんだと思う。結構痛かった。
今日一日天狗たちは空を飛んでいる。僕がやっと外に出てからずっと飛んでいたのを見た。それにも関わらず、その姿を誰一人見上げる人はいなかった。
周りには見えていないけど、僕のこの目には見える存在。
幼い頃にその存在に気づいて、周りの人に聞いた。そうしたらみんなが言うのだ。
『何もいないよ』
それはもう恐怖だ。確かにそこに居るのに他の人には見えていない存在も、僕にしか見えない事実も。
人ではない存在。その特徴をメモをして、図書館でたくさん調べた。そしてたどり着いたのは、それが妖怪であるということ。
人とは違う見た目に不思議な力をもった妖怪が、なぜか僕には見えている。
「見えてるよな? お前」
「……ミエテマス」
「何で片言なんだよ」
「くげっ」
「気持ち悪い声を出すんじゃねぇ」
「うぐうっ」
男が足を浮かせて全体重をかけた拍子に、僕の口からは変な声がでた。大人の重さに骨がきしむ。
それに対して、男は僕の頭を叩いてくる。何て暴力的な人だ。
「あいつらは妖怪だ。だから普通は見えない。なのに何でお前は見える?」
「知り、ませんん。いだだだだだっ!」
やっぱりあれは妖怪だったんだ。だけど、それが何で見えるのかなんて僕が知りたい。あんな怖いもの、僕は見たくない。って、あれ? どうしてこの人は妖怪のことを知っているんだろう。
「知ってろよ」
「ひぃっ」
今度は僕の尻を叩いた。
何故今、僕は叩かれ続けているのか。納得がいかない。僕に痛みで喜ぶような趣味はない。
「ふん……まあいい。とりあえずあいつらは俺の手足でもある妖怪だから、無害だ。よく知っているやつらだが、どういう訳かお前に飛んでいった」
「手足……? それってどういう」
「黙って聞け」
僕の質問は全て無視。男はうーんと唸って考え始めた。
何を考えているのかわからないけど、嫌な予感しかしない。僕のそういう感覚は結構当たる。
「妖怪の興味を集める人間? ……だとしたら、あれか……はっ、おもしれぇ」
「はい? 僕は何もおもしろくな――」
「決めた」
何も面白くない。そう言おうとしたのを、男は遮った。
そして僕の上からやっとどいて立ち上がると、地面にうつ伏せになったままの僕の正面にしゃがみ込む。
やっと見えた男の顔。
天然パーマのような毛先がクルクルした髪。その隙間から覗く目が子供みたいに輝いている。
僕よりも年上のように見えるけど、表情がどこか幼い。
「お前は今から俺の部下だ」
「……はい?」
突然、初対面の男に部下になれと言われ、「はい、喜んで」なんて言えるはずがない。
僕の頭は理解が追いついていない。
まず、この人は誰で、何なのか。
どうやらこの人も妖怪が見えているようだけど、なぜ見えているのか。
何もわかっていない。
「報酬は、そうだな……衣食住の保証。これでどうだ? 金ならいくらでも出してやる」
僕の気持ちが傾いた。
明日暮らせるかどうかというギリギリの生活から解放されるのでは? そんな思いが浮かんだからだ。
だけど、それだけじゃまだ不安だ。
いくら成人している僕でも、甘い誘いには裏があるってことぐらい知っている。
うかつに返事を返すのはよくないだろう。
黙っていれば、男は「ちっ」と舌打ちをしてからさらに考え始めてすぐに、口を開いた。
「報酬追加だ。お前の妖怪が見えて、さらに呼び集める体質、それについてこの俺が調べてやろう」
「よろしくお願いします」
妖怪絡みで、僕はこれまで散々な目に遭ってきた。
痛いこともあったし、苦しいことも。中には命の危険にさらされたことだってある。
だけど、誰かにそれを相談すれば、頭がおかしくなったのだと言われる始末。病院に連れていかれそうになったことだってある。だから結局一人で抱え込むしかなかった。
どうしたらいいのかもわからないこの体質を調べてくれるなんて、僕にとっては願ったり叶ったりだ。
「そうとなれば、仕事だな。明日、この場所に十時集合だ。ちゃんと来いよ」
「あ、はい? え?」
僕はさっさと立ち上がり、服に付いた土を払い落とす。
「俺は
「妖怪を集めて……? 先生……?」
「もっとハキハキ呼べって。んで、お前の名前は?」
「……僕は、犬山洋輔です」
動きやすそうなラフな服の男を先生と呼ぶのは、何だか違う気がしたが、しぶしぶだ。しぶしぶそう呼ぶことにしよう。
先生はニカッと笑うと、すぐに立ち上がる。
その腰に付いた謎の本が僕の目を奪った。
バッグにしまうわけでもなく、手で持つわけでもなく、革のベルトのようなもので固定された古びた本。
それが何なのかを聞く前に、先生はひらめいたように明るい顔になる。
「へぇ……犬山……! じゃあ、ポチな!」
「はい?」
「だから。犬山だからポチ」
「はぁ!? 何で僕が……」
「うるせえよ、ポチ。ちゃんとお家に帰れよ。ハウス! そのままここに残って妖怪に襲われても知らねぇからな」
「あ、ちょっと! それは嫌です! 待って下さいってば!」
先生はひらひらと手を振って、歩いて行く。
空を見れば、天狗たちが僕を見下ろしている。
妖怪は怖い。このまま残されて、怖い思いをしたくない。
僕は先生の後ろを、犬のように着いて歩く……のではなく、手を掴んで引き留めた。
「んだよ? 気色悪いな。俺は男色に興味ねえんだよ」
「それは僕もですッ! って、そうじゃなくて! ちょっと、待ってくださいって……」
ずるずると先生の足止めをし続けた夜。
この日が、僕にとってのターニングポイントだったと思う。
先生と会ったおかげで、モノクロな生活が、色鮮やかな生活に変化する、きっかけになったのだから。
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