妖怪収集記録~画図百鬼夜行~
夏木
序章
そうぐうはひつぜん
なぜこうなったのだろうか。
今にも消えてしまいそうなほど、繰り返しチカチカと街灯がついたり消えたりする路地は、僕がバイト帰りにいつも通っている道だ。
今日はなかなか仕事が終わらなかったから、すっかり暗くなってしまった。
人もいない道は怖いから、さっさと帰ろうと急いでいたはず。
だけど、不気味な風が頬をかすめる夜の道で、僕、
ガタガタな地面。小さな石が僕の顔に当たって痛い。
そもそもこんなことになったのは、僕のこの目のせいだった。
家に向かって一人で歩いているところに、大きめの鳥が僕に空から体当たりをしてきたのだ。
不意打ちのように襲ってきた鳥をかわすなんてことは無理だ。僕は超人じゃないんだから。
ぶつかった拍子に転んで、よくわからないけどそのまま僕の上に知らない男が乗った。
何度でも言おう。
なぜこうなった?
「あのー……」
「あん?」
地べたにうつ伏せになる形のまま、僕は上に乗る男に聞いてみるも、男はダルそうな声を返すだけ。
せめて上からどいてほしい。初対面の相手の上に突然乗りかかるなんて、僕には理解不能だ。
僕を開放してくれないか。
男の眼光が、それすらも言葉にすることを阻むから、僕はフッと顔を地面に伏せるしかない。
「お前、あいつらが見えるよな?」
「へ? ふぁい?」
男の言う「あいつら」が何を指しているのか、僕にはわかる。
現に今、僕の頭上、夜の空を飛び回っているものが、まさに男の言うものだ。
真っ黒な空を、翼を羽ばたかせて自由に飛ぶ山伏の服を着た生き物。その他の特徴として、今の状態の僕からでもちらっと見える真っ赤な顔に長い鼻がある。この姿を多くの人が知っているだろう。
――そう、あれは天狗だ。間違いない。
その天狗の周りには、鳶のような姿ではあるものの、鳶よりも大きい生き物が一緒に飛んでいる。あれが僕にぶつかってきて、結構痛かった。
明らかにこの世には存在しない生き物。
僕がやっと仕事を終えて外に出てからずっと飛んでいるにも関わらず、その姿を誰一人見上げる人はいなかった。
周りには見えていないけど、僕には見える存在。
幼い頃にそれに気づいて、周りの人に聞いた。そうしたらみんなが言うのだ。
「何もいないよ」
それはもう恐怖だ。確かにそこに居て、僕を見ているのに他の人には見えていないということがやっとわかった。
人ではない存在。その特徴をメモをして、図書館でたくさん調べた。そしてたどり着いたのは、それが妖怪であるということ。
人とは違う見た目に不思議な力をもった妖怪が、なぜか僕には見えている。
「見えてるよな? お前」
「……ミエテマス」
「何で片言なんだよ」
「くげっ」
「気持ち悪い声を出すんじゃねぇ」
「うぐうっ」
男が足を浮かせて全体重をかけた拍子に、僕の口からは変な声がでた。
それに対して、男は僕の頭を叩いてくる。何て暴力的な人だ。
「あいつらは妖怪だ。だから普通は見えない。なのに何でお前は見える?」
「知りませんよ、そんなこと」
やっぱりあれは妖怪だったんだ。だけど、それが何で見えるのかなんて僕が知りたい。あんな怖いもの、僕は見たくない。
「知ってろよ」
「ひぃっ」
今度は僕の尻を叩いた。
何故今、僕は叩かれ続けているのか。納得がいかない。僕にそんな趣味はない。
「ふん……まあいい。とりあえずあいつらは俺の手足でもある妖怪だから、無害だ。よく知っているやつらだが、どういう訳かお前に飛んでいった」
「手足……? それってどういう」
「黙ってろ」
僕の質問は全て無視。男はうーんと腕を組んで考え始めた。じろじろと僕のことを見ている気がする。
何を考えているのかわからないけど、嫌な予感しかしない。
「妖怪を集める人間……だとしたら、あれか……はっ、おもしれぇ」
「はい? 僕は何もおもしろくな――」
「決めた」
何も面白くない。そう言おうとしたのを、男は遮った。
そして僕の上からやっとどいて立ち上がると、地面にうつ伏せになったままの僕の正面にしゃがみ込む。
やっと見えた男の顔。
天然パーマのような毛先がクルクルした髪。その隙間から覗く目が子供みたいに輝いている。
僕よりも年上のように見えるけど、表情がどこか幼い。
「お前は今から俺の部下だ」
「……はい?」
突然、初対面の男に部下になれと言われ、「はい、喜んで」なんて言えるはずがない。
僕の頭は理解が追いついていない。
まず、この人は誰で、何なのか。
どうやらこの人も妖怪が見えているようだけど、なぜ見えているのか。
何もわかっていない。
「報酬は、そうだな……衣食住の保証。これでどうだ? 金ならいくらでも出してやる」
僕の気持ちが傾いた。
明日暮らせるかどうかというギリギリの生活から解放されるのでは? そんな思いが浮かんだからだ。
だけど、それだけじゃまだ不安だ。
いくら成人している僕でも、甘い誘いには裏があるってことぐらい知っている。
うかつに返事を返すのはよくないだろう。
黙っていれば、男は「ちっ」と舌打ちをしてからさらに考え始めてすぐに、口を開いた。
「報酬追加だ。お前の妖怪が見えて、さらに呼び集める体質、それについてこの俺が調べてやろう」
「よろしくお願いします」
妖怪絡みで、僕はこれまで散々な目に遭ってきた。
痛いこともあったし、苦しいことも。中には命の危険にさらされたことだってある。
だけど、誰かにそれを相談すれば、頭がおかしくなったのだと言われる始末。結局一人で抱え込むしかなかった。
どうしたらいいのかもわからないこの体質を調べてくれるなんて、僕にとっては願ったり叶ったりだ。
「そうとなれば、仕事だな。明日、この場所に十時集合だ。ちゃんと来いよ」
「あ、はい? え?」
僕はさっさと立ち上がり、服に付いた土を払い落とす。
「俺は
「はぁ。先生……?」
「もっとハキハキ呼べって。んで、お前の名前は?」
「……僕は、犬山洋輔です」
動きやすそうなラフな服の男を先生と呼ぶのは、何だか違う気がしたが、しぶしぶだ。しぶしぶそう呼ぶことにしよう。
先生はニカッと笑うと、すぐに立ち上がる。
その腰に付いた謎の本が僕の目を奪った。
バッグにしまうわけでもなく、手で持つわけでもなく、革のベルトのようなもので固定された古びた本。
それが何なのかを聞く前に、先生はひらめいたように明るい顔になる。
「へぇ……犬山……! じゃあ、ポチな!」
「はい?」
「だから。犬山だからポチ」
「はぁ!? 何で僕が……」
「うるせえよ、ポチ。ちゃんとお家に帰れよ。ハウス! そのままここに残って妖怪に襲われても知らねぇからな」
「あ、ちょっと! それは嫌です! 待って下さいってば!」
先生はひらひらと手を振って、歩いて行く。
空を見れば、天狗たちが僕を見下ろしている。
妖怪は怖い。このまま残されて、怖い思いをしたくない。
僕は先生の後ろを、犬のように着いて歩く……のではなく、手を掴んで引き留めた。
「んだよ? 気色悪いな」
「だから。ちょっと、待ってくださいって……」
この日が、僕にとってのターニングポイントだったと思う。
先生と会ったおかげで、モノクロな生活が、色鮮やかな生活に変化する、きっかけになったのだから。
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