3-2
「ここにいる猫を探せ。三毛猫のな」
「そんな無茶な……広すぎますって」
「大丈夫だ。お前なら、秒で見つけられる」
「まさか……妖怪、ですか?」
「ご名答」
無数の部屋を持つ廃墟ホテルの中で、一匹の猫を探すことがすぐにできると言う先生。
瓦礫も多いし、部屋も多い。そこから見つけるのはどれだけ時間がかかることやら。
だけど、その猫が妖怪と言うのであれば別だ。
なぜか妖怪が寄って来る僕がここにいるのだから。
おそらくだけど、僕がここに来た時点で、向こうは気づいているだろう。自分の住処に近づくなと言わんばかりの目で僕らを見ているかもしれない。
風が吹けば、ひゅうっと音を立てる廃墟。
やっぱり、見る限り怖いし行きたくない、やりたくない。
いくら僕が先生の指示に従うからと言って、自ら進んで怖いところに入って行く勇気はない。
廃墟ホテルを前に、僕の足は一向に進まなかった。
「いいから行けって行ってんだろうがっ!」
「ひぃっ!」
どれだけ気分屋なんだ。さっきまで鼻歌唄っていたのに。
先生に強くドンっと背中を押されて、僕の足はホテルの敷地内に踏み込む。
その時にブワッと嫌な空気で、体が震えた。こんなに暑い季節なのに、一気に汗が引いて体が冷たくなったのを感じる。
「中に入れ」
「……はい」
さっさとしろと言わんばかりに、先生は顎で僕を使う。
こうなったら従うしかない。自分で自分の体を抱きしめながら、僕は半壊している扉を開けた。
中からは、独特のこもった空気が僕たちを迎え入れる。廃墟特有の空気だ。
家の近くは廃墟街。だからこの匂いはもう何度も嗅いでいるが、未だに慣れない。
「いるなぁ、この中に。本が反応してるぞ」
先生はにやっと笑う。
先生がこうやって笑うときは、本当にいるのだ。そう――妖怪が。
先生は妖怪を回収して、腰につけている本にそれらを閉じ込めている。
今までに回収している妖怪は、世の中に伝えられている妖怪の中でほんの一部。目的の妖怪でなければ、先生の意欲はすぐになくなる。
ここまで先生がニヤニヤしているのだから、多分、目的の妖怪がいるのだろう。
一方で僕はと言うと、望んでもいないこに妖怪に逆に好かれている。妖怪はどれも怖い。なのに集まってきてしまうから、僕は格好の餌だ。
僕をおとりにして、捕縛しよう、そういう算段なのだ。
「先生、猫は本当に猫ですよね? 猫の形をしていますよね? 襲ってこないですよね? 僕は生きて帰れますよね? ねえ、先生」
これだけ先生がワクワクしているとなると、余計に不安になる。
確かに先生は妖怪を回収することができる。しかも先生は無傷のままで、だ。
僕は転んだり、怖い思いをするのに、先生はいつも調子が変わらない。
妖怪と、追われる僕をみて楽しそうな顔をするのだから。
多分、いや、きっと先生はサディストだ。
「さぁな? 猫は猫でも、サイズまでは知らねぇしな。生態についてもよく知らねェ。そういうの調べるの嫌いだし」
「先生を先生と呼ぶのが辛くなりました」
「追い出すぞ、コラァ」
最近は先生と冗談を言えるほどの関係になった。
先生の人柄もわかってきている。こういう発言が冗談だっていうことも、お互いわかっている。
「ちっ……この場所にはいねえか。奥行くぞ」
「ひぃっ! 真っ暗ですよ、あっち」
「はい、電気」
「なんと準備がよろしいことで……」
どこからともなく先生は細い懐中電灯を出してきた。
ちゃんと二人分用意していたみたいで、それを使って中を探索する。
もし僕が妖怪を見ることができなかったのなら、廃墟のホテルを歩くなんてこと、冒険心がくすぐられていただろう。でも、今の僕は見えてしまう。どこから飛び出してくるかもわからない状況。必然と歩く速度は遅くなる。
「ねっこねこーどーっこだ?」
相変わらず先生は上機嫌だ。
「どうしたんです、先生。やけに今日は機嫌がいいみたいですけど……」
「そりゃ、あれだ。俺にも色々あるんだよ」
先生がそう言ったとき、ホテルの奥の奥。割れた非常口の案内が見えるところから、ゴトリと何かが動くような音がした。
その音だけで、僕の背中に冷たい汗が流れる。先生もニヤニヤしているから、間違いない。あそこに何かがいる。
「うわぁぁぁぁぁ!」
ガサガサと何かが動く音が聞こえ、怖くなった僕は、情けない声をあげて、すぐ近くにいた先生の後ろに隠れた。
くっつくなって怒られると思ったけど、上機嫌な先生は「なんだ?」と明かりを音のした方へ向ける。
そのとき、僕の声かそれとも明かりに驚いたからか、自らその姿を現した。
白、黒、茶色。
三色の毛色を持っているが、その大きさは猫とは到底言えない。最早、虎といった方がいい。だった、体があまりにも大きすぎる。尻尾だって、何か二本あるじゃないか!
猫の尻尾は普通、一本だろう!
というか、猫と言えるのか、あれは。
虎って言うほうが納得がいくんだけど。
「こわいいいいっ!」
ビクビクしながらチラッと猫を見る。
猫にしても目の色が変だ。真っ赤に染まっているし、牙が怖い。爪だって、あれにやられたらひとたまりもない。
口元からフーッと息を吐いていて、それがまた僕の恐怖心を煽る。
猫だけど、猫じゃない。これが、先生の探していた妖怪なのか!
「せんせっ! でたっ!」
「わかぁてる。俺にくっつくんじゃねえ。お前はそのまま逃げ回ってろ」
「ひいっ!」
僕じゃ太刀打ちできない。なのに、ああいう類いのやつらは、何故か僕を執拗に追いかける習性がある。
だから必死だ。僕だって死にたくはない。
先生はその場に残して、僕は走る。
だけど、あまりにも遠くに逃げれば先生が怒るかもしれない。だから僕は通路をまっすぐと走る。
このホテルの構造は、さっき壁にかかっていた案内図を見て頭に入れたつもりだ。
一階がサークル状になっているから、道なりに一周まわれば、先生の元にまた戻ることができる。
後ろからシャ―ッと声を出して走って来る巨大な猫に、命の危険を背中に感じる。あの爪が、牙が僕を貫くかも。痛い思いはしたくない。
「いやぁぁぁぁぁ! 先生っ、早くしてくださぁぁい!」
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