7-2

 無事におつかいを果たして、帰宅後すぐに先生へ頼まれたものを渡す。

 そして、ちゃんと指示したものを買っているのかのチェックをする先生。その目はやたらと生き生きしている。


「問題ねぇな。書いたものは全部揃ってるみたいだしな」


 あとちょっとで買い忘れてしまうところだった、なんていう訳がない。ちらっと窓から外を見れば、天狗が何事もなかったかのように飛んでいく姿が目に入った。


「うっし。今から作れば夜に間に合うだろ。やるか」

「何を作るんです?」

窮奇かまいたち捕獲用のカゴ」

「……え?」


 窮奇?

 捕獲?

 何を言っているんだ、この人は。


「最近夜中に出てくるんだよ。痛くねぇけど、うるせぇから」

「いやいやいやいや……それって妖怪ですよね? そんな簡単に捕まえられるものなんですか?」

「あー? いけんじゃね? 知らねえけど」

「雑すぎないですか!? 妖怪ってそんな風に捕まえられるんですか? 第一、本と名前がわかればいいんじゃないですか?」

「まあそれもあるが……動きが早すぎて視認が難しいんだよ。そうなると、なかなか回収できねぇ」


 ビニール袋から次々に取り出したもので、テキパキと何かを作り始める先生。作り方も設計図も先生の頭の中にあるみたいで、僕には何も手伝えそうなことはない。


「ポチ、ちょっとそこに立て」

「はい? 何でしょうか?」


 やることがなくてソファーに座りながら、先生を見ていたら、急に呼ばれた。

 何かお手伝いができることがあるのかと、言われたとおりに指示された場所に立つ。

 すると先生は、片目をつぶり、指で僕の背丈を測る。うん? 背丈?


「このぐらいなら、これでいいか。で、こっちをくっつけて……」


 先生が作っていくのは、僕の腰ほどの高さまである大き目の鉄網でできたカゴ。

 その中央には二重の鉄網で仕切られている。


「これって……」

「そ。捕獲用トラップ。中央のスイッチを踏むと、入り口が閉まって捕獲できる典型的な捕獲機だ」

「そういうのって餌が、必要……ですよね?」


 小動物を捕まえる際に使うような捕獲機だ。実物は見た事はないけど、仕組み自体は知っている。

 それを先生が作ったということは、とても嫌な予感がする。


「餌はポチ」

「……そんな気はしていました」


 餌は対象を呼び寄せるためのもの。そして今回の対象は妖怪。

 妖怪を呼び寄せると言えば……僕しかいない。


「なぜか二階にしか出ねぇんだよな。だから、ポチ。今日は二階に上がることを許してやる。ただし、お前の部屋はこの中だが」

「まさに犬小屋……」


 今日の僕のベッドは檻の中……らしい。



 ----



 夜。お風呂も入ってあとは寝るだけと言う状態で、初めて先生の家の二階へ上がった。

 階段を上がり、いくつもの扉が見えたが、すぐに右へと誘導される。そして、一番奥の部屋の扉に先生が手をかけた。


「ここはほぼ荷物置き場だ。この部屋にいる気がするんだよ」


 こもった空気が僕たちを迎える。

 部屋に入るなりすぐに扉に扉を閉める先生。きっと中にいる妖怪を外へ出さないためだろう。

 納得のいく行動をしてから、先生はパチッと電気をつけた。やっと見えた部屋の内部。部屋の中には、何がそんなに入っているのかわからない段ボールがいくつも積まれている。部屋のあちこちにあるものだから、本当に何が入っているのだろうか。

 他にも全身を写す鏡や、古い作りのタンス、絶対使わないだろうと思うほど大きな鍋も雑に積まれている。

 先生にとって不要なものをぎゅっと詰め込んだ部屋らしい。


「きたねぇとか言われても、片づけは無理だからな」

「そんな気はしていますよ。先生、片づけしないですし」


 積まれたもののそのさらに奥。微かに窓があるのが見えた。

 部屋の位置的に月明かりは差し込んでもおかしくないのだが、段ボールのせいでそれが叶わない。

 なら、しばらく窓も開けていないのだろう。

 こもった空気と埃で少し咳が出る。


「カゴをそこら辺において……で、ポチが片側に入る」


 先生はかろうじて空いている床にお手製の捕獲機を置く。

 一夜を狭い檻の中で過ごすだけなら、まだ耐えられそうと思っていた。

 だけどこの埃だらけの部屋となれば、話が違う。

 ただでさえ囮にされて怖いというのに、暗く埃だらけという要素が足されれば、怖さが倍増している。


「ポチ。ハウス」

「……マジで言ってます?」

「マジのマジ」


 不安だ。

 いくら中央に仕切りがあるとしても、妖怪がそれを破壊できるかもしれない。


「大丈夫だ。お前にはこれを預ける」

「え? これは先生の……」


 先生が僕に渡してきたのは、集められた妖怪が載っているあの本。

 これを僕に持たせるということは、つまりそういうことか。


「ポチが窮奇を回収しろ」

「ええっ!? 無理ですよ!」

「無理なんてねぇよ。この前も出来たんだ。今回だってできる」

「そんなぁ……」


 確かにこの前……網剪の回収は僕がやった。だけもそれは仕方なくだ。

 回収し終えた僕の体はボロボロになった。

 それをまたやれとなると、不安しかない。


「お前ならやれる」


 先生は根拠のない自信のもとに、グッと親指を立てた。



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