3ページ目 はいきょのすみか
3-1
なんでなのか、どこから湧いて出てきたのかわからないけど、先生が今までにちっとも見せなかったやる気を出したせいで、僕の平穏はあっという間に奪われた。
つい先日、犬神っていう妖怪に襲われたばかり。外に出たら、また妖怪に襲われないかとビクビクして生活していた僕に、先生は僕のことを心配も何もせず、ただただいつも通りに買い物へ行ってこいってさ。
居候という立場の僕は、まさか断るなんてことはできない。明らかに僕にできないことだったら無理だと言うけど、何かを買って来い、朝ごはんを作れというような内容であったなら、僕は二つ返事で引き受けるしかないのだ。
ちなみに今日、頼まれて買ったのは、ノートとボールペンだけ。いつもならストックがあるけれど、たまたま切らしてしまったらしい。すでにインターネット通販で頼んではいるが、今すぐ必要だからということで、僕を使わせた。
正直、先生は暑いから買いに行きたくなかったのだと思う。
ミンミンとセミが鳴き続けるような季節。
汗がとめどなく流れ落ちる、うだるような暑さ。
ただでさえ外に行くことに対してドキドキしているのに、暑さで余計に体力を削られていく。
それでも買い物を果たして家に戻ってから、さぁ一休みしようとした途端に先生は言うのだ。「今から出掛けっぞ」と。
そりゃもう、僕の顔は引きつった。だって、こんなに暑い時期に、徒歩で買い出しに行ったのだから。少しぐらい休ませてほしい……なんていう僕の言葉を先生が聞くこともなく、引きずられるようにして、僕は再び太陽と再会を果たした。
「それで。今度はどこに、何をしに行くんです?」
「ちょっとそこまで、猫を探しに」
「そんな散歩に行くような言い方をされてもねぇ……」
先生はいつもの真っ黒な服装と腰からぶら下げた分厚い本を軽く叩いて、涼しそうな顔で、楽しそうに言う。
変わった人ではあるし、わがままで、偏食だけれども、僕は先生のことを嫌ってはいない。
給料は全くもらっていないが、快適な先生の家で暮らすことを許されている。
毎日生きていくのにギリギリの生活をしていた暮らしから一転、衣食住が保証されている。むしろ、贅沢な暮らしも可能だ。
お金が欲しいと言えば、先生はすぐにくれる。必要なものは何でも買っていいというし、その領収書を渡せとも言わない。黙っていれば、何にお金を使おうが、先生は何もわからないだろう。
金銭感覚でさえ先生はおかしいけれども、それ以上に恩は感じている。
あの家にいれば、妖怪も寄ってこない安心な生活……だったのに。
稀に先生のやる気が起きるらしく、こうして連れ回される。
「先生、せめて水がほしいです」
「小銭あるだろ、それで買え」
「買ってきますね。先生は要りますか?」
「いらねェ」
「わかりました」
近くの自動販売機で飲み物を買う。
その間、先生は日影でジッと空を見ている。別に空を鳥が飛んでいるわけでもない。そこにあるのは、腹立たしいほど眩しい太陽だけだ。
この暑さで、先生を長く待たせるのも悪いので、僕は小さなペットボトルの水を買って、その場で一気に飲みほした。
「お待たせしました」
「ん」
先生は僕が戻ってきてからまた一緒に歩く。
一気に加わった水が、胃の中でたぷたぷしている。
「きょーうは、しっごとー。ふんふっふーん」
何だか今日の先生は、随分機嫌がいいみたいだ。
暑いはずなのに、足取りも軽く、不思議なリズムの鼻唄まで歌っている。
こんな先生、ちょっと気味が悪い。
なんて状況のまま歩いて行くと、どんどんと人が少なくなってきた。
建物も少なくなっていき、枯れた木々が多くなっていく。
そのまま歩いて十五分。おでこからこめかみに流れる汗を袖で拭き取る。
汗臭くなっていそうな僕。隣の先生は、汗をかいていなさそうだ。あれだけ歩いたのに、こうも体質が違うのか。
「着いたぞーここだ、ここ」
「まじ、ですか……ここですか……」
僕たちは目的地なのだろう、廃墟ホテルの前に立った。
何で廃墟だと言ったかというと、そりゃもう見た目からして怖いし、まったくもって人気がない。
窓はほとんど割られており、ガラス片が地面に散っている。
白かったであろう壁は薄汚れており、色々な場所で、赤茶色の錆びも目立つ。だが壁が落ちている場所もない。もともとは清潔感のある明るいホテルだったのだろう。
ただ、電気は来ていないからか、何か出そうな不気味さがある。
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