第08話 『悪役令嬢』でごめんなさい





 ロベリアさんが10歳のとき、新しいクラスでそれは起こったのだと言う。

 そのクラスは、べつに街から入学した子供がほとんだったという。寮に入りながら、学校に通っていた1人の名前はエイリー・ベネチフ。この間のパーティーに参加していた人族の女性。

 ロベリアさんは今までも、そしてそのときもクラスの誰かと仲よくしようという考えはなかったという。好かれていなければ、嫌われてもいない。会話もするし、しないときもあったという。

 けれど、エイリーはよく話しかけてきた。それは、彼女がいじめられていたから。いじめられていることは誰もが知っていた。教師ですら知っていながら、何も対応していなかった。いじめがクラスで起こっていると知られると問題になるため、黙っていたのだという。

 しかも、そのいじめがエイリーを避けたり、わざとぶつかったりと、見方によってはいじめには見えないようなことばかりなのだ。

 たとえそう見えたとしても、いじめられている本人にとっては嫌なことだった。我慢の限界がきても仕方のないことだった。

 だから、ある日いじめっ子の主犯格の子の机に走り書きの文字が書かれていても、机の主以外が驚くことはなかったという。

 書かれていた文字は、全てエイリーが言われたことばかり。中には、『死ね』という文字までもがあり、彼女がそのようなことまで言われていたことにロベリアさんはそのとき知ったのだという。

 それまでは、話しをしたり、授業料でペアを組む程度でいじめられていることについては何も言わなかったという。ロベリアさん自身、エイリーのことは好きでも嫌いでもなかったことと、いじめているメンバーが嫌いだったため、お互い嫌いな者の話をしなかっただけらしい。

 だから、ロベリアさんはエイリーがどんないじめを受けているのかを詳しくは知らなかったという。

 自分の机を見て驚いて固まっているいじめっ子は、何も言うこともなく、いつもなら一緒にいるはずの取り巻き達も離れた場所から様子を見ていただけだったらしい。

 その走り書きを書いたのが誰なのか、ロベリアさんはすぐに気づいたと言う。いつもなら一緒にいるはずの取り巻き達が離れているのはおかしかったが、取り巻きがそんなことをする理由はなかった。お金持ちのその子についていれば、自分達も今後付き合いを続けていればパーティー等に呼ばれていい思いをできるのだから。

 ならば、誰が書いたのか。それは、エイリーしかいなかった。ロベリアさんが横目で右隣の席に座るエイリーを見ると、彼女は俯いていたが笑みを浮かべていたのだという。

 思わずため息を吐いて、固まったままのいじめっ子をロベリアさんは観察していたらしい。少しはいじめられる子の気持ちを理解することはできたのだろうかと。

 しかし、すぐにべつの声により全員の視線はいじめっ子から声の主に移動したのだ。声の主は、隣のクラスの担任。

 教室に入ってくると、すぐに机に書かれている文字を見つけた。そして、犯人探しをはじめたと言う。

「誰が書いた!! 正直に言え!!」

 この教師は、悪いことをしていない者に対しても怒鳴る嫌われ者だった。現に、犯人が名乗らないので近くにいる者に「お前がやったんだろ!!」と決めつけて怒鳴っていた。

 話を聞いて、ロベリアさんの担任もだがその教師も、教員として相応しくないのではないのかと思ってしまった。今さら思っても意味はないのだが、よく教師になれたものだと思ってしまう。

「私が書きました」

 自分が書いたわけでもないのに、ロベリアさんは右手を上げてそう答えたと笑みを浮かべながら言った。

 その表情からどうして自分が書いてもいないのに、エイリーを庇うように自ら犯人になったのかがわかってしまった。エイリーと関わっていくうちに、ロベリアさんはエイリーを友人として好きになったのだろう。だから、庇ったのだろう。

 それだけではなく、犯人探しをする教師にうんざりして、この騒動を終わらせたくなったのだろう。無関係の者を犯人と決めつけているような教師だ。ロベリアさんが犯人じゃないとわかっていたとしても、真犯人なんか見つからなくてもいいのだろう。

 誰かが犯人になれば、終わることなのだから。

「お前か!! なんでやった!!」

「いじめをしているから、いじめられている子の気持ちを味わってもらおうと思って。だから、机にあいつがいじめてる子に言っていた言葉を書いたの」

「嘘をつけ!! このクラスでいじめがあったなんて報告はない!!」

「報告したら面倒なことになるから、気づいていても報告しないだけでしょう。貴方だって、犯人が出てくればそれが真犯人じゃなくてもいいって考えみたいだしね」

 教師に対する言葉遣いでも態度でもなく、ロベリアさんは答えたと言う。そのことについては何も言われなかったが、放課後に両親が呼ばれたという。

 今日の騒動全てがロベリアさんの所為になり、階段から突き落としたなどなかったことまで付け足されて両親に話されたと言う。

 このことがあり、父親はさらにロベリアさんに対してきつくなったという。ただでさえ、嫌われていたのにさらに嫌われたという。父親は、ロベリアさんがやっていないと言っても絶対やったのだと信じて疑わなかったらしい。それは、昔からのためロベリアさんは信じてもらうことは諦めていると呟いた。

 けれど、母親はロベリアさんがやったのではないとはじめから気づいていたと言う。誰かを庇っていることもわかっていたのだ。だから、母親には誰が犯人なのかを話したと言う。

 次の日から、ロベリアさんはエイリーと一緒にいることが多くなったという。あれだけの騒ぎがあったのに、ロベリアさんはいじめられることはなく、エイリーは変わらずいじめられていた。しかし、いじめの頻度が少なくなったらしい。

 エイリーがいじめられた理由は、クラスの人気者である男子が、エイリーが一番可愛いと言ったからだとロベリアさんは言った。

 クラスで一番可愛いのはエイリーだったと、ロベリアさんは頷きながら「そんな子をいじめてたら、人気者に嫌われるのにね」と小さく笑った。

 クラスの全員がいじめには気づいていたのだから。事実、いじめっ子は人気者に告白したのだが、「いじめをする子は大嫌い」とはっきり言われていたのを見たとロベリアさんは言った。

 自分が犯人になった次の日から、ロベリアさんは『自ら悪役になった令嬢』と呼ばれるようになったという。

 名前で呼んでいた者でさえ、そのように呼ぶようになったのだという。しかし、呼び名が長い。そのこともあり、誰もがロベリアさんを『悪役令嬢』と呼ぶようになった。

 それが、今ロベリアさんが『悪役令嬢』と呼ばれている理由だという。クラスの者達は『悪役令嬢』と親しみを込めて呼んでいたのだが、他のクラスの者や大人達はそうとらえなかったのだ。

 ロベリアさんが『悪役令嬢』と呼ばれていることが知らないうちに広がり、本当の意味を知らない者が増えてしまったのだ。だから、文字通りの『悪役令嬢』だと思っている者がほとんどだと言った。

 12歳のころにはすでに訂正することすら諦めていたのだ。エイリーは学校を卒業してすぐに実家へ帰宅してしまい、他のクラスの者達も帰宅したため、本当の意味を知る者がいなくなったのだという。それに、今は同じクラスだった者達でさえ、本当の意味を忘れていると小さく呟いた。もしかすると、以前誰かに会ってそれを確信したのかもしれない。

 エイリーとはずっと一緒にいたが、友人になることはなかったらしい。一緒にいて話をするような仲だったのだ。エイリーは友人になる前に帰宅してしまったから。だから、ロベリアさんは当時は友人と思える者は誰もいなかったと言った。もしかすると、エイリーとは友人だったのかもしれないけれど、言葉で確認していないから友人だと言えなかったのだ。

「だから、たとえ男の子に殴られそうになっても私が『悪役令嬢』だから悪いんだって……殴られても構わなかったのに、助けてくれる男性がいたから」

 その言葉を聞いて甦るのは、少女を助けたときの光景。その光景を思い出して、ロベリアさんの言葉を聞いてはっきりとした。あのときの少女が、ロベリアさんなのだと。

 探していた少女は、今隣に座っていて、『悪役令嬢』と呼ばれる優しいロベリアさんだったのだ。『悪役令嬢』と言葉にしてしまえばあまりいい印象はないが、意味を知ってしまえば納得だった。『悪役令嬢』には相応しくないと思っていたロベリアさんが、『自ら悪役になった令嬢』という意味をが込められたそれで呼ばれていたのだから。

 周りの者達が意味を知らなくても、俺が知っていればいい。そう思った。

「『悪役令嬢』でごめんなさい」

「え?」

 突然謝られて驚いた。どうして謝られなくてはいけないのかがわからなかった。

「『悪役令嬢』って呼ばれている私と一緒にいたくはないでしょう?」

 今さら何を言っているのだろうと思った。そんなことを思っているのなら、ロベリアさんと会う約束をしたりはしない。

 俺はたとえ、『悪役令嬢』と呼ばれていたとしても自分で確かめなければ信じられないのだ。実際、自分で本人から聞いたのだから『悪役令嬢』の意味を知ることができた。

「たとえロベリアさんが、『悪役令嬢』と呼ばれていても構いませんよ。本当の意味を知れたのですから、俺にとっては悪い意味には聞こえない」

 そう言って微笑むと、ロベリアさんは安心したように微笑んで小さく息を吐いた。










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