第10話 雨が降りはじめた
「何処に行っていた」
扉を閉じたと同時に背後から聞こえた低い声。姿を見なくても誰かなんてわかっている。父様だ。言葉から、私が出かける姿を見たのか、帰宅した姿を見たかのどちらかだろう。
顔を見なくても、声から機嫌が悪いことがうかがえる。けれど、振り返らずにいたら怒られることもわかっている。だからゆっくりと振り返った。やはり、父様は不機嫌だった。
「私が何処に行こうと、父様には関係ないでしょう」
「外出許可は出していない!」
私の言葉にそう返す父様。外出許可なんか待っていたら、永遠に外に出ることなんかできない。何かのきっかけがなくては、外出許可なんて出してもらえないのだから。
「外出許可なんて出してくれないでしょ!」
「当たり前だ! お前は大人しく家にいればいい。姉達と同じように私の言うことだけを素直に聞いて生きていればいい」
「姉様達は自分の意思で好きな人と結婚したの! 父様の言うことを聞いたわけじゃない!」
父様の言葉に、姉様たちは自分の言うことを聞いて結婚したと思っていたのだと知った。私のことを嫌っているし、見てくれていないことには気づいていた。
けれど、まさか姉様達のことも見ていなかったとは思わなかった。自分の意思で結婚したとは思っていなかったことに驚いた。
私のことは嫌っていても、姉様達のことは好いていてくれているのだと、大切にしているのだと思っていたのに、そうではなかったのかもしれない。
所詮は、自分の子供達を地位の高い者と結婚させることしか考えていなかったのだろう。キースの性格はもしかすると、父様譲りなのかもしれないと今になって気がついた。
姉様達は自分の意思で結婚したのだという私に父様は少し驚いたようだ。私が反論していることにではなく、自分の意思で結婚したことに驚いているのだ。どうして、その考えがなかったのかがわからない。父様は、自分の子供を人形だとしか思っていなかったのかもしれない。
「そうか。それなら、お前は私が見つけた男性と結婚しなさい。お前なんかとでも結婚したいという物好きはいる。そんな者とでなければ、お前は結婚できないんだからな」
「勝手に決めないで! 父様が決めた相手なんかとは絶対に結婚しない! 私は人形じゃない!」
言ったと同時に左頬に衝撃が走った。視界から父様が消えて、床が映り込んだ。それから感じる痛み。漸く叩かれたのだと気がついた。
今まで叩かれたり殴られたりしたことはなかった。それは、今のように反論してこなかったからだろう。反論したとしてもここまでの言い合いになったことはなかった。
叩かれたとしても、私は後悔してはいない。なんでも勝手に決めてしまう父様が悪い。私を嫌い、全てを勝手に決めてつける。
確かに、私は結婚することはできないかもしれない。でも、好きな男性がいる。もしかしたら、結婚できるかもしれない。それに、父様が決めた男性じゃなくても私を好きになってくれる男性はいるかもしれない。『悪役令嬢』と呼ばれていても、気にしない男性だっているかもしれない。
「それなら、出て行け」
扉の前にいる私の左腕を掴んで、扉を開くと外へと突き飛ばされた。どうして私の父親はこうなのだろうか。本当に私の父親なのだろうか。
睨みつけながらそんなことを思った。もしかすると、血が繋がっていないのではないかと思ってしまう。だから、こんなにも嫌われているのではないかと。
これだけ騒いでいるのに母様達が来ないのはどうしてなのか。父様が何かを言ったのか、それとも出かけたのか。もしかすると買い物にでも行っているのかもしれない。
父様の言葉に、父様に会わなくてすむのなら本当に出て行ってもいいかもしれない。そう思うと、私はいつの間にか雨が降りはじめた通りへと出て行った。
それから約1時間後。自宅に女性が尋ねてきたことを私は知らない。
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