第08話 命の恩人





 それは、今から10年前のこと。その内容は、私が知らない本当の父親の最後を知るものだった。

「本当に行かないのか?」

「ええ。たまには兄さんと行ってください。私は留守番をしています」

 そう言って微笑んだのは、ルード・リオニーだった。当時は18歳で、いつもなら一緒について出かけるのにその日は何故か留守番をしていると言ったのだという。

 シロンだけではなく、両親も不思議に思い首を傾げたが、何も言うことなく出かけることにしたのだと言う。その日は、エレニー王国の国王に会いに行く予定で、ルードもそのことを知っていた。しかし、何をしに行くのかは知らなかった。

 だから、公式次期国王証明書を渡しに行くことも知らなかったのだ。仲のいい国だからこそ、それを渡すのだ。必要となる数年後まで保管してもらい、国王を交代するときに使うまで。

 アフェリア王国の城に置いてもよかった。けれど、もしも城が燃えてしまったら。誰かが見つけて処分してしまったらと考えると、置いておけなかったのだ。

「さあ、行きましょうか」

「ねえ、今日こそは隣に乗ってもいいですよね!?」

 シロンがそう言った相手はロベリアの本当の父親である馭者だった。馭者の隣に座り、目的地へ行ってみたかったのだ。シロンは、ルードの双子の兄だということを公表されていない。

 生まれたときから、次期国王として育てられていたため、最近まで他国へ留学していた。留学の支障にならないようにと、次期国王だということを隠していたのだ。久々に帰って来たのは、公式次期国王証明書を渡すためだ。

 次期国王であるシロンをつれ、公式次期国王証明書を渡す。そして、公表する際はエレニー王国の国王にサインを貰う。それをお願いするためにも、シロンを連れて行くのだ。

「まあ、大人しくしていれば大丈夫だろう」

 国王の言葉にシロンは大喜びをしたという。ただ、前日に雨が降ったため狭い道を道也危ない道を通るときは馭者に掴まるようにと注意をされた。馭者の隣に座ると、捕まる場所がないため仕方がなかった。

 そうして、両親が馬車に乗るとシロンは馭者の右隣に座った。私の父親は、シロンが知らないことを沢山話してくれたと私を見て微笑みながら言った。

 他国に行き、多くのことを学んだけれど、知らないことは多くあったのだという。普通なら知っている身近にあるような物すら知らなかったという。

「ここからは危ないから、しっかりと掴まってくださいね」

 そう言ったのは、当時使われていたエレニー王国へ行く狭い道だった。左が崖となっており、とても危険な道だった。シロンは馭者に掴まり、馬はゆっくりとその道を行く。

 半分を通りすぎたとき、突然何かが壊れる音が聞こえた。その音に全員が驚いた。そして、馬車が傾いたのだ。それも崖の方向へと。

 どうすることもできなかったのだと、小さく呟いたシロンはとても悲しそうに見えた。それもそうだろう。きっと、彼はその出来事で両親を失ったのだから。

 傾いた馬車を止める方法は何もなかった。崖へと落下するとき、シロンは死ぬのだと覚悟をした。しかし、すぐに温かい何かに包まれたのだという。それが何かはすぐにはわからなかった。

 わかったのは次に目を覚ましたときだった。

 シロンは生きていたことに驚いたという。崖から落ちてどうして生きているのか。そして、今自分はどこにいるのかとゆっくりと体を起こした。僅かな痛みだけで、体を起こすことができたシロンは部屋を見回して両親と馭者はどうしたのかと思った。

 しかし、部屋には誰もおらず、尋ねることができなかった。病院には見えず、アフェリア王国の城でもないようだった。

「よかった、起きたか」

 ノックをすることもなく開かれた扉。入って来たのは、エレニー王国の国王だった。どうして彼がここにいるのかと疑問に思ったシオンに答えるように国王は口を開いた。

「ここはエレニー王国の城だ。シロンくん、君は奇跡的にかすり傷ですんだんだ。……あの馭者のおかげだ」

 悲しそうに言う国王にシロンは馭者が助からなかったと気づいた。そして、両親も。話しを聞いていると、すでに事故から1週間がたっていた。

 その間に、両親はアフェリア王国に帰り葬式もすまされたという。シロンは国民に知られておらず、ルードにも死んだと思われているようだった。そして、今アフェリア王国国王はルードだと知らされた。

「……馭者の男性は?」

「彼は、こちらで葬儀をすました。今は眠っている」

 その言葉にシロンは彼の元に行きたいと言った。彼が眠る場所へ。

 国王は躊躇ったが、すぐにつれて行ってくれた。そこは城の地下だった。墓が荒らされないようにと、王族の墓はそこにあった。

 そして、身寄りのない城に使えた者達の墓も。彼はその墓で眠っていたのだ。不思議と涙は出なかった。

「到着が遅くて、確認しに行ったら崖の下に落ちているのを兵が見つけてね……。駆けつけたけど、君以外は助からなかった。君は、彼に抱きしめられていたんだよ」

 落下するときに温かい何かに包まれたと感じたのは、馭者がシロンを守ろうと抱きしめたものだったのだ。それでも、かすり傷だったのは本当に奇跡だったのだ。

 それを聞いて、シロンは涙を流した。もしも彼がいなければ、自分は死んでいたのだと。君の父親は私の命の恩人だよと呟くと、シロンは一筋の涙を流した。その涙につられて、私も涙を流した。

 翌日からシロンは気になったことを聞くことにした。それは、落下した馬車のことだった。何かが壊れる音の正体が知りたかったのだ。

 馬車はまだ処分されておらず、回収されて空き倉庫に保管されていた。その日は、国王の息子である次期国王――現在の国王と一緒に倉庫へと向かったのだ。

 そこにはバラバラになった馬車があった。そして、一緒に行動していた息子がある場所を指差しておかしいと言ったのだ。

 その場所は、馬車の車軸だった。2人でしゃがみながら確認すると、確かにおかしかった。そこには、自然にできたのではない切れ込みがあったのだ。そこから伸びる亀裂。切れ込みができたため、馬車の重みと振動に耐えられなかったのだろうと予想することができた。

「これ、指紋とかってわかったりしませんかね?」

「……やってみるのもいいな」

 シロンの言葉により、翌日から指紋採取が行われた。僅かだが、指紋を採取することができたが、それが誰のものかはわからなかった。

 アフェリア王国の整備者のものかと調べてもらったが、誰のものでもなかった。それが誰のものかわかったのは、10年たってからだった。

 すでに国王となった息子に協力してもらい、ルードの指紋を採取したのだ。ペンを落とし、ルードに拾ってもらう。それだけでよかった。

 彼の指紋で隠れてしまわないように、拾ってもらってからはペンを使うことはしなかった。そして、調べた結果。一致したのだ。

 整備の者以外触れるはずのない場所についていたルードの指紋。それによって、あの日彼が一緒に来なかった理由が判明した。

 崖の下に落ちるとは思っていなかったかもしれないが、場所が事故にあうことは知っていたのだ。もしかすると、崖の下に落ちると予想をしていたかもしれないがルード以外がわかるはずもない。

 だから、シロンは城で働いているスワンさんに協力してもらっていたのだという。何を企んであんなことをしたのか。それを知るために。

 そのおかげでシロンは事故を起こした理由を知った。そして、ルードが私と結婚することも知ったのだ。前日にスワンさんに言われて、今日乗り込んできたのだという。

 本当は、今日の予定ではなかったという。けれど今日乗り込み、国王とならなければ私が結婚することになる。だから、結構日時を変更したと言った。










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