第09話 右の翼





 今から5年前。ギルが20歳のとき。私は、正式に国王騎士となった彼をこの『玉座の間』へと呼びだした。もちろん、私個人が彼に直接会って呼び出したわけではない。彼の上司となる、獣人騎士に伝えてもらったのだ。

 時間と場所を指定すると、ギルはその上司に扉の前まで連れられてやって来た。ギルが扉をノックし、私の返答を聞いてから扉を開き中へと入ってきた。上司は部屋の中には入らず、廊下で待っているようだ。

 たとえ、部屋の中へと入ってきたとしても退室してもらっていたのでそれで構わなかった。頭を下げる上司の彼に笑みを向け、私は彼の名前を思い出そうとして諦めた。私に関わることのない者の名前なんか知らないのだから。きっと、今後も知らないままだ。

 緊張気味のギルが、私の前に傅いた。正式に国王騎士となった途端に国王に呼ばれたら、誰であろうと緊張するだろう。何を言われるのかわからないからだ。

 正式に国王騎士となったばかりの新米が、国王に呼ばれることもない。上司に何をしたのかと問い詰められたかもしれないが、私はギルに会うのははじめてだった。もちろん、ギルも同じだ。

 私がギルを知ったのは、正式に国王騎士となった者達の書類でだ。ファイルに納められた書類には、1人1人の顔写真が貼られている。獣人族と鳥人族の若者が正式に国王騎士となったが、人族は誰もいない。べつにそれで構わなかった。何故なら、私は人族を見下しているから。国王騎士にいたとしても、能力が低いし体も丈夫ではないため、結局見下してしまう。

 それぞれの顔写真を見て正式に国王騎士となった者の中で、成績が一番優秀だった者で書類を捲る手を止めた。それが、ギルバーツ・ノーマントだった。

 この国で唯一黒い者。獣人族にも、鳥人族にも彼以外の黒い者はいない。だから、彼のことは知っていた。誰からも恐れられている存在だと言うことを。

 まさか、成績優秀者が彼だとは思ってもいなかった。白い私とは真逆の真っ黒な存在。たとえ、国王騎士となっても彼は恐れられるだろう。

 そう思ったと同時に、私はあることを思いついた。それは、彼を私専属にしてしまおうというもの。しかし、そんなことをしてしまえば他の者と仲よくすることはできない。だから、彼の仕事のメインを私の側にいることにしてしまえばいい。

 そのために、しなければいけないことがあった。だから、彼を呼んだのだ。

 傅くギルを見て、口元に笑みを浮かべた。部屋の中には私とギルの2人だけだ。たとえ何があろうとも、部屋の中でも出来事を知っているのは私とギルだけだ。

 玉座から立ち上がり、傅くギルの前まで行くと片膝をついて右手でギルの顔を上げた。少し驚いた顔をしているが、私は気にすることなく話しかけた。

「はじめまして、ギルバーツ・ノーマント。私はこの国の国王、ルード・リオニー。これから、よろしく」

「よろしく、お願いします」

 緊張しているギルの声は少々震えていた。国王である私と話しをしたことのない国王騎士もいる。それなのに、新米である彼が話しをしているのだ。緊張しないはずがないのだ。

「君は私と真逆で真っ黒なんだね。聞いたことがあるよ、この国には死神がいると。……君だろ?」

「そうだと、思います。以前……言われたことがありますので」

 この国では有名になっている。『黒い鳥人族は死神だ』と。けれど、国王騎士に入ったからには彼をそう呼ばれたままにすることはできない。

「私は真っ白なだけではなく、この国唯一のアルビノだから、君の気持ちは理解しているよ」

 ギルと同じように、アルビノはこの国に私1人。ギルのように死神と言われたことはないけれど、神聖な存在として外には両親と一緒ではないと出してはもらえなかった。それは、アルビノだから。珍しさから誰かに誘拐されるかもしれないという心配もあったのだろう。

 だから、気持ちは理解している。そう言ったのだ。私に似ているようで全く違うギル。真っ黒な彼を受け入れることができるのは、私だけだと思った。

「真っ黒な君はとても醜い。そんな君を心から受け入れてくれるのは私だけだよ」

 そう言ってギルの顔から手を離した。ゆっくりと立ち上がった私を、ギルは顔を上げたまま目で追ってくる。

 次に私が何を言うのかを待っているようにも見える。だから、私は告げることにした。

「でも、私は黒い君を信用することができないんだ」

「え……」

「だからね、確かめたいんだ」

 そう言って、私は玉座へと戻ると、玉座の右隣に置いていた刀を手に取った。何をするのか理解できないギルは、驚いているようで僅かに目を見開いた。

 理解することはできないだろう。私がギルの立場であっても、同じ反応をしていたと思う。何時も護身用に置いている刀を手にしてゆっくりとギルに近づいた。

「君の忠誠心を確かめたいんだ」

「忠誠心……」

「そう。だから、右の翼を切り落とさせてくれないか? 動かず、大人しく切り落とさせてくれたら、君の忠誠心を認めよう。そして、君の仕事のメインは私の側で私を守ることになる。ずっと、私の側にいてくれるね」

 その言葉にギルは頷いて、目を閉じた。それは、切り落としてもいいという意味だった。私は笑みを浮かべると、ギルの横に立って刀を鞘から抜くと、鞘を床に置き両手で柄を握ると振り上げて勢いよく振り下ろした。






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