第11話 すべてに従う





 俺は一度も国王の言葉を否定したことはない。それは、忠誠心からだろうと思っていた。けれど、最近は違うのではないかと思うようになってきた。否定することも、どうしてそのようなことをするのかも疑問に思ったら尋ねることをしてもいいのではないかと思うのだ。

 国王にある時刻になったら『謁見の間』に来るようにと言われており、珍しく1日書類仕事だったため体を伸ばして椅子から立ち上がった。今から『謁見の間』に行けば時間通りだろう。

 けれど、今日は時間になるまで『謁見の間』に近づくことを許されていない。どれがどうしてなのかはわからない。余程大切な客人が来ているのかもしれない。

 部屋から出て、廊下を『謁見の間』へ向かって歩いて行く。静かな廊下を歩いている者は誰もいない。普段であれば1人くらいは歩いているし、『謁見の間』の前にも2人が立っている。それなのに、誰もいなかった。

 もしも中で何かあったらどうするのだろうか。誰か国王の側で、俺の代わりに護衛をしているのだろうか。そう思いながら、扉の前に立ちノックをした。

 返事はなかったが、暫くして扉が開かれた。扉を開いたのはスワンさんだった。そして、部屋の中へと視線を向けるとそこには国王とロベリアがいた。驚いて固まってしまったが、ゆっくりと息を吐いて小さくスワンさんに頭を下げて『謁見の間』へと入った。

 何も言うことはなく、ロベリアの横に並び国王の顔を見た。スワンさんが国王の横に並ぶと、笑みを浮かべて口を開いた。

「ギル。私は明日、ロベリアさんと結婚することになったよ」

 その言葉に、一瞬理解ができなかった。国王が何と言ったのかを理解するまでに時間がかかったような気がするけれど、一瞬のことだったのだろう。

「そ、れは……。おめでとうございます」

 漸く出た言葉はそれだけだった。ロベリアは何も言うことはなかった。本当はどうして結婚をするのか国王とロベリアに聞きたかった。

 けれど、聞いてはいけないのだと自分に言い聞かせた。それでも、ここは聞かなければいけないのではないだろうかと疑問に思っていた。

 結婚をすることを告げただけで退室させられた俺は、残りの仕事を終わらせるために先ほどの部屋に戻って椅子に座った。長く息を吐いて仕事をしないといけないと思ても、手は動いてくれない。

 あそこで結婚する理由を聞かなかったことに後悔していたのだ。後悔したって過去に戻ることができないのはわかっている。けれど後悔するしかなかった。もしもあの時間に戻ることができるとして、国王にどうして結婚するのかと尋ねることはできただろうか。

 きっとできるはずがない。そんなことをしたらどうなるのかは俺自身がわかっている。

 国王に逆らったら、俺はこの国を追い出される。それだけではない。最近はロベリアも追い出すと言い出した。追い出すときは、俺とロベリアは逆方向へと追い出されることになる。もしかすると、一緒にいるところを見られていた可能性もある。だから、そのように言ったのかもしれない。

 俺1人だけならまだいい。けれど、ロベリアにも関係してしまうのなら下手に行動はできない。する勇気もないけれど。

「ねえ、ギルバーツ」

「スワンさん、せめてノックして入って来てもらえますか? 少し驚いたんで」

 正直、扉が開いたと同時に話しかけられたので驚いて肩が大きくはねた。しかし、スワンさんは気にした様子を見せずに扉を閉めて俺の横に立った。

「国王陛下からあなたに伝言よ」

「伝言?」

「ええ。明日はお休みだって。城には来ないようにとのことよ」

 何となくわかってしまった。本来、国王の結婚は他国の王などを呼んで行われるものだ。しかし、明日突然結婚するということは関係者だけで行うのだろう。

 国王騎士も数人は護衛として呼ばれるだろう。俺が呼ばれない理由は、ロベリアを知っているからなのだろう。ロベリアが他人と結婚する姿は見たくはない。けれど、その場にいることを許されないことは悲しかった。それは、護衛としては役に立たないと言われているような気がするのだ。

「私は伝えたわよ」

「……ええ。しっかりと聞きました。明日は大人しく家に……」

「本当にそれでいいの?」

「え?」

 どういうことかわからなかった。何を思ってスワンさんはそう言ったのか。国王の指示なのだから従うのは当たり前ではないのか。

「ロベリア様はそれで幸せになれるの? それに、貴方も。後悔しない? ときには行動しないといけないときだってあるの。それは、私も同じ。よく考えなさい。国王陛下のことなんかどうでもいい。ロベリア様と貴方が幸せになる道を。後悔しない道を」

 そう言うとスワンさんは部屋から出て行ってしまった。他の者に聞かれていたら問題になるような言葉を彼女は言っていた。『国王陛下のことなんかどうでもいい』という言葉は、俺に対して国王のことは考えるなと言ったのか。

 それとも、彼女の本心だったのか。それはわからなかったが、俺は書類仕事をこなしながら考えることにした。

 この結婚はロベリアさんが幸せになれるのか。答えは否。家族は王族の仲間入りを果たし、幸せになるかもしれない。しかし、ロベリアさんは違うだろう。

 そして、俺は幸せになれるのか。こちらも否。ならばどうすればいいのか。答えは出ている。けれど、本当にそれをしていいのか。それだけがわからなかった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る