第一章

第01話 突然の言いつけ






「お前はいつになったら彼氏の1人や2人を連れてくるんだ?」

 またはじまった。私が15歳になったときからの父様の口癖。必ず朝食の時間に言われる言葉。正直、聞き飽きた。

 私はロベリア・アルテイナ。現在17歳。父様はドーマン・アルテイナ。母様はメイリーン・アルテイナ。アルテイナ公爵家の三女が私。

 父様がこんなことを言うようになったのには理由がある。それは、私の姉2人が結婚したから。

 長女のトルメラ姉様は、幼馴染のレイナ―公爵家の長男と5年前に結婚をした。トルメラ姉様が15歳のころから付き合っていたので、驚くことはなかった。

 次女のティーア姉様は2歳年上のシェルナンド公爵家の1人息子と2年前に結婚した。出会いは両親と行った、シェルナンド公爵家のパーティーだったと聞いたことがある。それから結婚までは1年もなかった。

 姉2人が結婚をして、父様は次は私の番だから彼氏を連れてこいと言うのだ。2人が結婚したのは20歳のとき。私はまだ20歳にはならないのだから、そんなに焦らなくてもいいというのに父様はうるさい。

「大丈夫だよ。姉さんが結婚相手を連れてこなかったら僕が結婚してあげるから」

「何が大丈夫だ」

 私の隣で朝食を食べていた弟のキースが言った言葉に、父様は呆れながらそう言った。キースはアルテイナ公爵家の長男で、私の2歳年下の弟。私を慕ってくれるのは嬉しいけれど、父様をよく怒らせるから困っている。

 怒る原因は、キースが今言った言葉にある。姉弟なのだから結婚はできない。それなのに、キースは本気で言っているのだ。父様は、私が原因だと思って怒るのだ。キースにではなく、私に。

 母様は父様の横で何も言わずに静かに朝食を食べている。最初のころは父様にもキースにも何かを言っていたが、言っても意味がないとわかると聞き流すようになった。だから、朝食で母様が言葉を発することはないと言ってもいい。

「とにかく、彼氏を連れてきなさい」

「いないのに連れてこいっておかしいんじゃない? それなら大通りを歩いている男性に声でもかけようかしら」

「それなりの地位がある人族しか私は認めぬ!」

 それならば、尚のこと彼氏を作ることも難しいというもの。父様もそれくらいはわかっているはずなのに、いったい何を思って言っているのかしら。これだから、他種族嫌いというのは厄介だ。

 この街には人族が少ないと長年暮らしていてわかっているはず。石を投げれば獣人族か鳥人族にしか当たらない。それくらい人族は少ない。だから、この街で人族と出会うことは不可能に近い。

 それに、私が知っている人族は結婚している。友達とは呼べない2人も、昨年結婚したと聞いた。だから、私が知る未婚の人族は私くらいだ。だからこそ、父様は焦っているのかもしれない。姉様達のときでさえ、未婚の人族の男性は片手で数えることができる人数しかいなかった。

 しかし、私の場合はどうだろう。私が知る人族の男性は結婚した友人とは呼べない1人。父様もお見合いをさせたりしないということは、未婚の人族の男性がいないのだろう。それなのに、彼氏を連れてこいと言う。因みに、人族の女性で結婚していない人はそれなりにいる。

 他の公爵家では、結婚相手が人族でなくても構わないというところが増えているのに私のところは昔から変わらない。べつに私は人族以外の男性と結婚しても構わないのではないかと思う。

 何故なら、この家を継ぐのはキースだから。私は結婚したら、姉様達と同じでこの家を出て行くのだから。きっと父様は家系図に他族を残したくないのだろう。

 もしも私が他族の男性と結婚することになったら、家系図から消してくれても構わない。種族を気にするような父様とは関わりたくないからだ。

 種族を気にするのは人族だけ。他の種族は、たとえ人族との間に生まれた者でも受け入れる。しかし、人族は受け入れない。正直見ていて溜息しかでてこない光景でもある。人族はこれだけ心が狭いのだとわかってしまう。

 人族に生まれた私は恥ずかしい。同じ街で生きている者同士仲良くすればいいのに、一番少ない人族が差別をしている。もしも戦ったとして、勝ち目がないことは見ただけでもわかるのに。どうして人族は差別をするのか。理解することができない。

「それなら、今日は私達と一緒にパーティーについてこい」

「パーティー? 誰の?」

 私の両親はよく呼ばれてパーティーに行く。しかし、事前に言っておくのではなく出かける直前になってパーティーに行くことを告げてくる。今日もそうだったのだろう。私もキースもパーティーに行くことを知らなかったのだから。

 姉様達はよくパーティーに連れて行ってもらっていた。けれど私は片手で数えることができる程度しか連れて行ってもらったことがない。キースは16歳になったら連れて行ってもらえる。以前パーティーに行ったことがないことに文句を言ったキースに父様が約束をしていた。

 私がパーティーに連れて行ってもらえないことには理由がある。それは、『悪役令嬢』と呼ばれているからだ。

 子供のころに呼ばれるようになったそれは、未だに忘れられることもなく誰もが私を呼ぶときに使う呼び名となっていた。だから、父様は私をパーティーに連れて行きたがらない。アルテイナ公爵家の恥だと何度言われたことか。

 外に出さないと言われたことのあったけれど、それは母様が反対した。誰もが私がいることを知っているのに、結婚したわけでもないのに姿を見せなければ怪しまれる。それに、母様は私が『悪役令嬢』と呼ばれていることを知っても気にしていないようだった。それどころか笑っていたのだ。その理由はわからない。

 外に出すことすら嫌がっていた父様が私をパーティーに連れて行くという。パーティーに行けば多くの者が集まる。中には未婚の人族もいることだってある。ティーア姉様のようにパーティーで出会った男性と結婚する者も多い。

 だから父様は、私をパーティーに連れて行き結婚相手を探させようというのだろう。パーティーに言ったとしても人族は少ない。必ず出会いがあるというわけではない。それに、私を見て『悪役令嬢』だとわかると誰も近づいてはこない。関わりたくはないのだ。他の人達もよい噂を聞かない者とは結婚したくないだろう。

 それがわかっているから、私はパーティーに言っても意味がないと思って小さく息を吐いた。しかし、父様はそんなことは思っていない。必ず結婚相手は見つかると思っているのだ。

 それに、私には忘れられない男性がいるのだ。声と黒い背中しか覚えてはいないけれど、忘れられない存在。誰にも言うことなく、出かけるときはいつも探していた。それでも見つけることはできなかった。この街にいると信じていたけれど、もしかするといないのかもしれない。

 でも、私が最近行っていないパーティーにくるかもしれない。彼の地位は知らないから、いないかもしれない。それでも、まだこの街にいると信じている私はパーティーに行けば会えると思った。パーティー会場が何処かも知らずに。

「パーティー会場は城。ルード・リオニー国王陛下自らが主催者となって開かれるパーティーだ。失礼のないようにな」

 そう言った父様の言葉に拒否権はあったとしても受け付けないことがわかっていた。他族が嫌いなくせに、国王主催のパーティーには行くのかと思いはしたけれど、口には出さなかった。国王主催のパーティーだから断れなかったのだろうことがわかっていたから。










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