第02話 好きになる男性に口出ししないで






 正直に言ってしまえば、国王主催のパーティーには行きたくはなかった。久しぶりのパーティーが国王主催というだけでも私には気が重い。

 本当は父様だって私を連れて行きたくはないだろう。それだけ結婚相手がいない私に焦っているのだろう。大きなお世話。私はずっと1人でも構わないとすら思っているのだから。

 自室のベッドに座りながら1人溜息を吐く。パーティーに着ていく衣装はある。姉様達のお下がりだけれど。父様は私のために洋服を買ってくれることもなかった。母様は私に新しい洋服を買うつもりでいたことは何度もあった。しかし、父様が許さなかった。姉様達には新しいものを買うのに、私には全てがお下がりだった。

 私の自室にある机も椅子も、ベッドも布団も何もかもお下がり。クローゼットは備え付けだから新品ではあったけれど、中に収納されている洋服に新しい物はない。姉様達も私に新しい洋服を買ってあげたいと思っていたようで、何度か父様にそのことを告げていた。しかし父様は私に新しい洋服を買ってくれることもなく、私に対して怒った。姉様達にではなく。

 きっと父様は私が嫌いなのだろう。『悪役令嬢』と呼ばれるようになってから態度が変わったのだから。

 姉様達が結婚をして家を出て行くとき、私に一緒に行こうと言った。一度ではなく何度も。けれど結婚した姉様達の邪魔はできなかった。それに、ついて行ったら父様が乗り込んできて私を無理矢理にでも連れ帰ることが目に見えていた。だからこの家に残った。弟のキースもいるから残ったともいえた。

「国王主催のパーティーって何をするんだろう」

 私の住む街の名前はない。リオニー領にある一番大きな街で、国王の住む城が街の中心に建っている。多くの領主を束ねる国王の名前はルード・リオニー。国王でありながら、リオニー領の領主でもある。それには理由がある。

 10年前に事故で両親を亡くしたのだ。兄弟がいたという話を聞いたことはあるが、姿を見たことはないので1人息子だったのだろう。ルード国王は、国王になる前は領主をしていた。17歳で領主になった彼は、子供がいなかった親戚の跡を継いだ。

 しかし、突然の両親の事故死。1人息子であった彼しか国王を継ぐ者がいなかった。だから彼は領主にして国王となったのだ。

 そんな彼は人族ではない。鳥人族なのだ。両親が孔雀の鳥人族だった。彼も孔雀の鳥人族ではあるが、白いアルビノの孔雀の鳥人族。

 人族以外からの誘いは父様も断ることが多い。しかし、国王からの誘いだから断らなかったのだろう。それなのに、私をそこへ連れて行くという。恥をかくことがわかっていて連れて行くとは、それだけ父様は焦っているのだ。結婚相手が見つかるかもしれないのだから、恥をかくかもしれないけれど連れて行く。

「ちょっと、めんどくさいな……」

 国王主催じゃなければ、城にパーティーで赴いたとしても面倒だとは思わなかったかもしれない。恥をかくかもしれないけれど、父様はそれを許しはしないだろう。

 もしも恥をかいてしまったら、その場では怒られないだろうけれど帰ってから激怒するだろう。それが目に見えているからこそ、面倒でもある。

 ベッドから立ち上がり机の上にある本を手に取って、私は椅子に座った。本を開くことはせず、窓の外を見た。雨は降っておらず、雲も見えない快晴。たとえ雨が降っていてもパーティは中止にはならないけれど。

 雨が降れば、パーティー会場へ向かうのはもっと面倒になってしまう。このまま晴れていてくれればいいと思いながら小さく溜息を吐いた。

 そして、ふとどうして父様は他種族が嫌いなのかと疑問に思った。キースは毛嫌いしているだけだとは知っている。けれど、父様はそんな理由だけで嫌いになるはずがない。何か理由があるのだろうけれど、教えてくれるとは思えない。

 母様なら何か知っているかもしれない。その内聞いてみるのがいいかもしれない。

「姉さん」

 そう思ったと同時にノックの音が聞こえ、扉の外からキースの声が聞こえた。どうやら、私に用事があるらしい。

 きっと、私にとってはあまりよくないことを言いに来たのだろう。キース自身はそう思っていなくとも、私にとってはよくないこと。

 椅子から立ち上がると、扉へと近づいて静かに開けた。そこにいたのは、笑顔のキース。やはり、嫌な予感しかしない。

 笑顔のまま部屋に入り、ベッドに座るので私は何も言わずに扉を閉めた。キースの横に座ることもできたけれど、椅子に座る。

「姉さんは、本当にパーティーに行くの?」

「拒否権なんてないもの。行くわよ」

「僕1人になるの寂しいな」

「執事やメイドがいるじゃない」

 どうしても私をパーティーに行かせたくないのだ。キースもいい加減彼女を作ればいいのだ。人族の男性は数が少ないが、女性はそれなりにいるのだ。

 それだけではなく、キースには許嫁がいる。しかし、キースは彼女に会いに行こうとはしない。それだけではなく、キースは彼女の名前も覚えていない。

「それに、そんなに寂しいのなら今からミルフィーちゃんの所にでも行ってくれば?」

「ミルフィー?」

 ミルフィーはキースの許嫁のリトイアル公爵家の次女。金髪碧眼の可愛い女の子だ。何度も自宅に訪れているのに、キールはわからないのか首を傾げた。

 純粋にキースに好意を寄せている女の子。しかし、キースはミルフィーには興味すらないのだ。私なんかよりもミルフィーの方が可愛いし、女の子らしい。

「ああ……。ミルフィー・リトイアルのことか。あんなブスより、姉さんの方が好きだよ」

「……いい加減にしてよ」

 笑顔を向けて言うキースに私はいつもより低い声が出てしまった。言葉の通りいい加減にしてほしかったのだ。父様から何かを言われるのは私なのだから、そんなことを言うのはやめてほしかった。

 私にとってあまりよくないことを言いに来たと思っていた通り、キースはこれを言うために部屋に来たのだろう。もしかするとパーティーに行かせないようにしようとしていたのかもしれないけれど、キースだってそれはできないとわかっていたはずだ。

「キースの所為で私は父様に怒られるの。そんなことを言うのは止めて。それに、私に好きな男性ができたらどうするの?」

「姉さんは僕のことが好きなんだから、他に好きな奴ができるはずないじゃないか」

 ――ああ、もういい加減にして!

 声に出さずに私は右手を握り、強く机に叩きつけた。その音にキースは驚いたようだったけれど、私は気にしなかった。

「貴方、呆れるほど馬鹿じゃないの!? 貴方の所為で私は父様に怒られるし、貴方の気持ちを私に押しつけないで! 私は1人の人間なの! 好きな男性だってできる! それは絶対にキース、貴方じゃない。そんなことばかり言うのなら、二度と私に関わらないで。貴方は弟としか思えない。それ以外の対象なんかで見れるわけないじゃないの!」

 黙って私の言葉を聞いていたキースは、きっと私の言葉を理解していないだろうとわかる。何故なら首を傾げているからだ。

 正直、キースがこのまま変わらずにいれば私は父様に怒られる。それだけではなく、キースはおかしい人として見られてしまう。そうならないためには、私がキースに嫌われればいい。

 だから、私はキースに嫌いだと伝えようと思った。しかし、それはできなかった。何故なら、ノックもなしに扉が開いて母様が入って来たからだ。

「キース、いい加減にロベリアを困らせるのは止めなさい」

 そう言いながら室内に入って来た母様は部屋の外を指差した。それは、部屋から出て行けという意味だ。キースは小さく息を吐いてからゆっくりと立ち上がり部屋を出て行った。静かに閉じられた扉を見て、私は大きく息を吐いた。

 ――キースがあのままだったら、距離を置くことも考えないと……。

 真剣にそう思った。最悪、家を出てキースの考えを改めさせる方法も取らなくてはいけないかもしれない。私以外に悪く言われる人がこの家から出てしまえば、この街にいられなくなるかもしれないのだから。

「ロベリア」

「……ごめんなさい」

 静かな母様の声に、何かを言われるのだろうと思い私は謝った。謝る理由は何もないのだけれど、父様にはいつもこうやって謝っているのだ。だから、癖で母様にも謝ったのだ。

 けれど、母様は首を傾げただけ。

「貴方が謝ることは何もないでしょう?」

 母様の言葉に私は驚いた。いつもは何も言わないので、てっきり母様も父様と同じ考えだと思っていたのだ。けれど、今の母様を見るとそうではないようだ。

「キースがああなったのはどうしてかはわからないけれど、貴方の所為ではないでしょう? それに、貴方が好きになる男性に口出しはしないわ」

「父様もキースも人族以外認めたがらない。私が好きになる男性には口出ししないでほしいのに……。人族以外ではどうして駄目なの?」

「大丈夫よ、ロベリア。私は貴方の味方だから。たとえ、好きになった男性が獣人族でも鳥人族でも構わないわ。だって、好きになったのなら仕方ないものね」

 微笑んで言う母様を見て、もしかしたら母様にも覚えがあるのかもしれないと思った。それが父様なのか、それとも違う男性なのかはわからないし、聞くつもりもない。

 ただ、母様が私の味方だということがわかり少しほっとした。私には味方はおらず、好きになった男性が人族ではなければ認められることは絶対ないのだろうと思っていたからだ。母様がいればたとえ、人族ではなくてもどうにかできる。そう思った。

「さて、パーティーの準備をしちゃいましょう」

 そう言った母様は、扉の向こうへと声をかけた。まだキースでもいるのかと思ったけれど、パーティーの準備にキースを呼ぶはずがない。誰がいるのだろうと思っていたら、扉が開き1人の女性が入って来た。

 それは、私専属の侍女のワイナだった。どうやら母様と一緒に部屋の前まで来て、ずっと声をかけられるのを待っていたようだ。

「私もお手伝いさせていただきますね」

 パーティーに出席したことのない私の手伝いをできることが嬉しいのか、ワイナは笑顔だった。そうして、本日のパーティー準備を始めることにした。

 母様とワイナが手伝ってくれるのなら、見た目の心配はないだろうと安心することができた。










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