第05話 好きですがなにか?
「エイリー・ベネチフ?」
「よかった。覚えていてくれて」
まさか、ここにエイリーがいるとは思わなかった。エイリーは幼少期に通っていた学校の同級生で、私が『悪役令嬢』と呼ばれる原因になった子。だからと言って、この子を嫌ってはいない。
もしも、ずっとこの街にいてくれれば友人になっていただろうと思う。けれど、エイリーはこの街ではなく別の街に住んでいた。学校に入学するためだけに、この街にやって来たのだ。寮に数人と暮らしながら毎日通っていた。
この街の学校に通うことになった理由は1つ。
卒業と同時に迎えに来た両親と一緒に街へと帰宅したのだ。だから、エイリーと会うのはそれぶりになる。エイリーは当時より明るくなったように見えた。
「私、ロベリアちゃんのお陰で婚約することができたんだよ!」
「婚約って……ずっと言ってた獣人族の男性と?」
「そうだよ」
笑顔で答えるエイリーには好きな男性がいた。しかし、エイリーの父親は私の父様と同じように人族の男性以外は認めないと言っていたらしい。幼いころから何度も言われ続けたエイリーは、好きな獣人男性がいることを伝えることができないでいたのだ。
相手は5歳年上で、何度も家に来たことがある男性だという。仕事の付き合いで、父親についてくる獣人男性を好きになってしまったけれど思いを伝えることも、父親に好きな男性がいることも伝えることができないでいたのだ。
だから、私はエイリーに言った。「勇気を出して伝えることも大事。真剣に話せばきっと伝わるわよ」と。エイリーは勇気を出して伝えたのだ。だから、婚約することができたのだ。
それなのに、言った本人である私はどうだろう。エイリーは勇気を出したのに、私は勇気を出せない。どうせ、認めてもらえないということがわかっているから。
違う。今言って、追い出されたらいやだからだ。もしもギルバーツさんが結婚していたら、彼女や好きな女性がいたら。追い出されてから真実を知ったら遅いのだ。告げる前に知っておけば、諦めもつく。きっと諦められないだろうけれど。
「彼も、私のことを気にしていたみたいなの。だから、付き合うようになってからパパに言ったの。もちろん反対されたわ。でもね、認めてくれないのなら出て行くって言ったら考えてくれたの」
「それで認めてもらって、婚約もできたんだね」
「うん!」
嬉しそうに笑顔で返事をしたエイリーに、幸せそうで安心した。エイリーの学校生活は正直言っていいものではなかった。だから、今幸せそうなエイリーを見て嬉しかった。
私もエイリーみたいに勇気を出せればいいのに。追い出されることが怖くて勇気すら出せない。それなのに、エイリーに勇気を出してなんて私が言ったのだ。
「今日、ロベリアちゃんに会えるとは思ってなかったんだ。パパがパーティーに行くって言うから、ついて来たの。もしかしたら会えるかなって思ったんだけど、本当に会えてびっくりしたよ」
会えたことが嬉しいようで、エイリーは笑顔だ。私も幸せにあることができればいい。そう思って私もエイリーに微笑んだ。
そして、ジュースを貰おうと考えていたけれど何となく国王へと視線を向けた。すると、そこにはギルバーツさんの姿がなかった。代わりに、他の国王騎士の獣人族男性がそこにいた。
ギルバーツさんは何処に行ったのだろうか。そう思っていると、どうやらエイリーは私が国王を見ていることに気がついたようだった。
「あれ? 国王騎士の男性交代したんだね。休憩かな?」
「休憩?」
「うん。大階段の右側通路に、休憩室があるってパパが言ってたよ。国王様にずっとついているのも大変だからこまめに休憩するんだって」
エイリーの言葉に私は通路へと視線を向けた。そこに行けば、もしかするとギルバーツさんに会えるかもしれない。
通路へ向かう人は誰もいない。もしかすると関係者以外は入ってはいけないのかもしれない。それでも、会える可能性があるのなら行ってみようと思った。
「……気になる人でもいた?」
その言葉に私は何も答えなかった。誰が聞いているか分からないのだ。しかし、エイリーにはわかってしまったようだ。
私の右肩を軽くたたいて笑顔を向けた。そして、通路を見て口を開いた。
「関係者以外も通っていいんだよ。だから、行ってきたらいいよ。何かあったらトイレを探してるとでもいえばいいんだしね」
「そうだよね。ありがとう、エイリー。行ってくるね」
そう言って私はなるべく目立たないように右側の通路へと向かった。誰にも声をかけられることもなく通路へと入って行くと、そこは長い通路だった。
扉もない通路を1人歩く。突き当りまで行くと、左に通路が続いていた。そこにはいくつか扉が見えた。もしかすると、その扉のどこかにギルバーツさんがいる部屋があるかもしれない。そう思いながら通路を進み続けた。
扉の前を通るときに耳を澄ませて、誰かの声が聞こえないかを注意する。しかし、1つ2つと扉の前を通ったけれど、声は聞こえなかった。そして、3つめの扉の前を通ろうとしたとき声が聞こえた。
「で、ギルバーツは結婚したい女性はいないのか?」
「俺ですか? 気になっている女性は昔からいるけれど、俺を好きになってくれる女性はいませんからね」
そう言って笑う声はギルバーツさんなのだろう。しかし、そう思ったと同時に私の体は勝手に動いてしまった。
右手でその扉を開いてしまったのだ。そして、それと同時に私は声を発してしまっていた。
「私は好きですがなにか?」
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